大纏
蘇は見た。
劉師がわずかに手を振ったように見えたその瞬間、
あのこうるさい犬から小さな断末魔の声が漏れた。
外見ではただ単に腕を振ったように見えたそれは、蘇の目には、犬の首が、大きな輪に巻き込まれるように、最小の半径で巻き取られ、そして首をねじ折られたのだ。
“人を咬む犬はな”と静かに佇む劉師であったが、
大陸の真の恐ろしい技の一面を初めてかいま見て、蘇は氷のように戦慄していた。
それ以降、蘇の目には、劉師との鍛錬の度に、旋転する輪がはっきりと見えるようになった。
大小さまざま、そして自由に現れる必殺の輪。
外見上あくまで優雅に回るように見え、それからはわずかな殺気さえも感じとれないが、ひとまず渦の軸心への巻き込みを加えると、あの犬のように、自らの骨髄を叩き折られるのが見えるようになった。
“劉師はアレをわざと見せたのでは、、、”
蘇がそう思うのは、自分以外の学生にはそれが見えていないからだ。
みな、真剣に聞いているが、同じくあの優雅な套路を
身に着けようとしているだけだ。
もともと功のあった、蟷螂の技から、八極の技を入れていくためには、開門が必要なのはわかっていた事だ。
蟷螂では、前方の九門の虚実に応じて、前方に対する直線の功が必要とされるのに対し、八極では、左右の横方向の振出つまり十字勁から入ることが多い。
しかし、劉師の技は、縦回転であり、今まで見知った八極とは全く異なるように思えた。
それをあえて自分の目に触れさせた。
大旋の中にわずかに入りこむ異形なるベクトルの小旋が、死へと巻き込む恐ろしさ秘めている。
ふと、若かりし頃からの師の流れを夢想する。
劉師は秘宗の功から始められた。その功に李大師爺の八極の功が加わりこのように
恐ろしく成ったのだ。
ならば我は、蟷螂の功から八極に移るべき物なのだ。
蘇はある決心をする。
九門から相克に至り、八極の門を開く、
我にはこの招式こそがこの門の要だ。
九門をまず知らねばならない。
そのためにはすべての蟷螂の開門を
網羅しなくてはいけない。
蟷螂は広い、我身がその道門をまだ知らなすぎるのだ。
様々な蟷螂を訪ね蟷螂すべてを解き明かす。
そして、そこに八極が加わることにより、はじめて劉師に追いつけるだろうと。
武の回廊が、続くは幸なり、我、時に至りて功を極めん。
蘇は蟷螂のたびに出ることに決めた。