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拳鬼たち  作者: 村崎野 賀茂
2/25

2虎僕

腹の底まで冷える牢の中、男の白い息は、ゆっくりと

ゆっくりと、流れ消えていく。

手枷の固さはいつしか感じなくなり、その音だけが

動作を伝えてくるようになる。

“カシャン、カシャン、、、カシャン、カシャン”

金属音だけが、牢内に軽く響く。

男の名は郭、府内の酒店で、狼藉を働くものを殺め

こうして投獄されている。

単なる他人のもめごと、放っておいてもよかったのだが、

その日はうまい酒が飲みたくて、ついつい挑発してしまった。

まぁ、わざとだがな。

それで相手をたたきのめして、今ここにいるわけだが、

まぁ、そんなことは大したことじゃない。

問題は、今何をするか、それが今一番必要なことだ。

手と足には木枷がつけられ、かつ、錘がついている。

そんな中で、我にできる事、それを行うのみという事、

それが自らの意思を保つ、唯一無二な方法となる。


“お前さんのやったあいつら、結構悪さがひどくてね。”

看守の男が火鉢に当たりながら言う

どうやら、チンピラらしかったが、所詮半端な奴らだ、

こちらの挑発に乗ってきたのは、より威勢を張るためか、

女に強さを誇示して口説く為か、まぁどうせそのような浅慮であろう。

こちらに引き付けたところで、一撃でケリがついた。

まぁ、そんなことは大したことじゃない、別にほめられた事でもない。

 口元だけ緩めて返し、そのまま套路を続ける。

今自分が行っているのは、虎形拳と呼ぶもの。

形意には、その心象に多くの生を取り入れているが、

たとえば熊、熊傍ゆうぼうと呼ぶ心象は、

大きく体躯を拡大する意識により、技が小さく固まること

を戒めているものだ。

大きく大らかな動きはすべてを吸収し、そして制圧する。

対する敵は、それに飲み込まれ、固まってしまう。

虎形の場合、それは正しく獲物に襲いかかる心象、

襲われる獲物は、その威で動きをすべて止められてしまう。


両掌が伏すたびに、梱歩が重く響く。

枷の重みを感じなくなった頃、次は腕の重みを感じ出す。

腕の重みを感じなくなった頃、肩胸の重みを感じ出す。

上半身の重みを感じなくなれば、下半身の重みを感じ出す。

そしてすべての重みを感じなくなったとき、

天の重さを感じるようになる頃、

いつしか3年の時が経っていた。


牢から放たれたあとは、ひどく眩しく感じた。

枷の外れた手足は、それほど動くわけではないが、

重さはほぼ感じない。

むしろ天の重さが、いつもついて回っているようだ。

ふわふわと歩いているような感じで、堰の上を歩いていると、

ばらばらとやってくる人影が近づいてくるのがわかった。

“おい郭!、忘れたわけじゃあるめぇな!”

見たことある顔がちらほら、どうやらあの時のお仲間らしい。

長く牢でなまった体だ、遊んでやりな!

ざざざっと郭を男たちが取り囲んだ。

この状況においても郭はふわふわと天に吊られ、そして天の重みに揺れていた。

“何笑っていやがる!”

ふらふらとにやついている態度に苛立ち、男たちが吠える。

右に立つ男が一番に襲いかかった。

“ヤロー!”

右こぶしを肩まで引いて殴りかかる。

郭は右目で一瞬だけ追うと、ふわりと揺れて、その男に

吸い込まれていく。

あと少しでぶつかる、がその時、右熊掌が相手の顔面を

ひっぱたいていた。

甲高い衝撃音と共に、水路の真ん中まで男は飛ばされていった。

男たちは一瞬だけひるむが、更に襲いかかる。

次は左の男。青竜刀を右袈裟に叩きつけてきた。

郭はふたたび、ふわりと揺れたかと思うと、

先程よりさらに深く間合いを詰める。

左前腕が相手の持ち手の中に柔に入りこむと、刀は、

郭の背後の空を切る。

間合いを詰めた分、相手の顔の自分の横に顔がある超接近した間合いだ。

と、その瞬間、郭の右熊掌が、死角から相手のこめかみを襲う。

弾かれたように、地に叩きつけられ、男は刀を持った

手を突き出しながら、泡をふいて痙攣している。

郭はゆっくりと前を向き直り、再び天に身をゆだねる。

体からこわばりが、ひとつふたつと消えて、また緩みだす。

“くっ”

鉈を持った男がじりじりと近づいてくる。

おそらくこいつが最後だろう、得物を持っているのは

ただ一人、コイツを片付ければ雑魚しかいない。

右肩に鉈を担ぎ、間合いを詰めてくる。

ふわりふわりと郭もつめる。

おりゃあと男が叫びながら

鉈が振り下ろされた瞬間、わずかに郭が左にふわりと傾き

鉈にほんの少しだけ乗った刹那、両掌が男の顔面を打ち上げた。

本当に一瞬だが、鉈に触れられたその時、男は完全に動きを止められていた。

そしてその直後、防ぎようのない両掌が顔面をおそったのである。

男は1丈半ほど飛ばされ、動かなくなった。

郭の予想通り、残りは雲の子散らすように退散していった。


後ほど虎僕子と名付けられるこの技は、

その動作でなく、その技を出すために天に吊られ、天の重み

を感じる浮船のような状態であることが、もっとも大事な事である。

単純な筋力に頼っていては、そのような力はでない。

身体をある一定状態におき、その状態変化すなわち、

インパクトにより凄まじい威力を発揮する。

これこそが本物の勁なのである。


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