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拳鬼たち  作者: 村崎野 賀茂
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1三軆式

木漏れ日が、頬にわずかな温かみを伝える。

静かに糸のように呼気が伸びていき、吸気が折り返して

帰ってくる。

遠くで鳥がさえずり、頭頂に立つ意識がわずかに揺れ

それを戻すように、周りに意識を溶けていく。

双つの手腕に浮かせた球気が静かに滑っては、また帰り、

地心から反ってくる引力を、股関節が柔らかく受けとめ、

脊椎がそれを溶かし昇る。

羽翼たくように広げた意識が、両掌まで拡がり、遥か遠い大地に流れおちていく。

掌を返し前衛に導くと、遠い地平から気が帰還してくる。

一本の滝から、豪しい戟曝となって、一気に眉間を通りすぎ、

懐に飛び込み入ってくる、そして呼気と共に、丹が熱気で満ち、あたかも火山口の如く静かに燃える。

丹から一本の意識を、頭頂に引くのと同時に右螺子を

眉間に摺り上げ、内肘より左螺子が引き継ぎ天を突き

雷声と共に、前空を切り裂く巨大な劈となる。

巨大な劈は、梱歩と共に天より地心に受け止めさせ、

熱い気は再び地にほとばしり、人のみがそこに残っている。

この瞬間、自らは世界と一つとなるのだ。

同じく、より小さい動作で、丹に気を導きつつ、

左螺子を内より巻きあげつつ、左旋し左梱歩、右裸子にて切り裂く。

右旋、左旋、と旋を切りながら、ジグザグに三角歩で詰めていく。

転身、丹に収め、最短距離にて旋し、劈。、

左右の掌を地平に鎮め、丹を静に収める。


その数日前、、、

“良いか、車よ、形意の真意とは如何にや?”

先行していた李師が問う。

収式のまま、車が閉じた目を上げる。

“形意は剛球の如し”

崩拳が空を裂き、車の歩が地を撃つ。

“ふむ、それは恐ろしそうじゃの”

“恐ろしそうでなく、”恐ろしい”でごさいましょう”

“しかして、”恐ろしい“が最上かと?”

“最強でござる。”

さも当然かと車は身を沈め、左砲錘。

不満そうに回身しつつ、高く右踢。破裂音を立てる。

李師との間合いは、いつの間にか自然にはずされている。

“なるほどのう、”

と呟くと、ふわりと間合いを詰めてくる老獪な李師。

脚の落ちるのに合わせ、ふわっと両掌をかぶせる、

虎形だ。

こいつの恐ろしいのは、正しく虎の威と同じで、

こちらの動きを巧妙に止められてしまう事。

そしてその刹那に致命打を喰らう

車が朝陽で突き返すと、目の前の李師が消えていた。

一沫の不安、白蛇吐心を吐き、防ぎつつ探ると

わずかに右45度に李師!

既に前後の足が入れ替わり、そのまま打開を喰らう。

動作はゆっくりであるが、威力は狂猛

車はそのまま壁に、ふっ飛ばされてしまった。

“焦りはもちろんじゃが、神には至っておらんの”

李師の言葉に、車の口元がゆがむ。

敗因はわかっている。

今振り返ってみれば、すべてをいなされ、そして返された。

入出洞ヒットアンドウェーだ。

“三軆式かの”

髭を撫でながら、李師はよっこらせと腰を伸ばす。

しばらくして車はのそり立ち上がると、

一人站套に耽けるのだった。


3日後、車は森一番の大木の前に居た。

早朝から站套を始めて、太陽はすでに頂近くになり始めている。

“最上、、、”

あれからその言葉の意味を追い続け、立ち続けている。

“クワァッー”遠くで、鳥が鳴くが、車の心は揺れもしない。

揺れもしないが、だが、もやもや は続いたままだ。


ふと、あの時の師を思い出す。

出入洞を受けて焦りはあったのかもしれない、

しかし李師の言った神とは何か、そして何が至らぬのか、

それが一向に府に落ちない。

ふと、大木の根元に一輪の花を見つけ、精神が緩む。

きっとこの樹の上の団栗が落ちたものだろうかね、と

小さく口元を緩ませる。

“この小さな苗が、いずれこのような大木になるんだなぁ”

そんな印象を目前に想起する。

(いずれ俺もこのようになれるか?)

そんな事を想いながら、自らの手で意識の木を、大きく大きく、高く、高く伸ばしていくことにする。

森の中を、青い風が走り抜けていく。

生命あふれる若い枝をふやし、濃い葉が生い茂り、黙々と幹は太くなり、大木に成長していく。

そして、やがて穂先は天を衝く。

両掌が、穂を育て上げたとき、上空から俯瞰する目、そして

突如地平の自分に叩き落ちる。

“いやぁっ!”

その瞬間、雷声、そして巨大な劈が落ち、そして梱が

地を穿った。

残った声を静かに吐きながら、軆に走る電流の感覚がまだ続いている。

なんだ今のは、、

三軆式、、、、それは天地人を貫き、神となす

その意味を初めて理解したのだ。

形意、すなわち意の規模スケールに開眼した瞬間であった。


翌日、車は李師の目前にいた。

車の三軆式を一目見るなり、“ふん”とそっぼを向いて

以降二度と、手合せすることがなくなった。


後に軍閥の将軍の前にて、その技を請われ、

套路の歩の度に、床のレンガを叩き割ったという

伝説が残っている。


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