CASE3-34 「ぶっちゃけるとね」
「……さてと、私たちも引き上げましょうか。貴女もご同行下さいね」
マイスはそう言うと、後ろ手に縛られたままのリイドに微笑みかけた。声をかけられたリイドは、マイスの整った顔をジロリと睨みつける。
「ふん……同行? 連行じゃないのかい?」
「連行? どちらへ?」
リイドの皮肉混じりの問いかけに、更なる問いかけで返すマイス。想定外のその言葉に、虚を衝かれたリイドは狼狽える。
「そ――そりゃもちろん、衛兵隊詰め所とか……」
「衛兵隊詰め所? どうして?」
彼女の答えに、更に首を傾げるマイス。リイドは、そのとぼけた態度に思わず激昂し、声を荒げる。
「どうしてって、そりゃ……アタシは、スマスマを騙して“ガルムの爪”を盗んだ犯人じゃないのさ! 窃盗の下手人として――」
「ああ、そういえば、言い忘れていたわね」
マイスは、興奮しきりのリイドの言葉を途中で遮り、静かに微笑んだ。
「ぶっちゃけるとね。法律的な意味では、犯人じゃないのよ、貴女」
「は――? 犯人じゃ……ない……?」
「そう」
リイドは言葉の意味が解らず、目をぱちくりとさせた。そんな、狐につままれたような表情を浮かべる女詐欺師の様子を見たマイスは、してやったりという顔で種明かしをする。
「だって――私たちは今回の窃盗の件を、衛兵隊には届けていないからね。要するに、立件されてないの。“ガルムの爪”が盗まれた事件は、公的には存在してないのよ」
「え……ええ……? どうして……?」
唖然とした顔でリイドが口にした問いに、マイスは澄ました顔で答える。
「そりゃもちろん、立件して、この事件が公の物になってしまったら、傷が付いちゃうからね。ダイサリィ・アームズ&アーマーの看板にも、侯爵家の威厳にも、――何より“ガルムの爪”の箔にね」
「……」
「と、いう訳で……、今の貴女は、ただの一般市民。――“善良な”とは、呼べそうもないけどね」
そう言いながら、マイスはリイドの後ろに回り、両手を縛っていた紐を解いた。
「下手に暴れられてケガでもされちゃ大変だと思っての事だけど、両手を縛ってしまってごめんなさいね」
そう言って深々と一礼したマイスは、顔を上げるや、先程の問いかけを繰り返す。
「……で、改めてお伺いしますけど……ご同行頂けますか、リイドさん?」
「――嫌だと言ったら?」
自由になった手首を擦りながら、リイドはジロリとマイスを睨んだ。その言葉に、マイスは苦笑を浮かべる。
「そう言われると困るわね。ただの一般市民の貴女に、同行を強制する事は出来ないから……」
「ふん……じゃあ、アタシはこれで……」
「……でも、そうしたら一番困るのは――他ならぬ貴女よ、リイドさん」
そう言うと、マイスの深紫色の瞳が鋭い光を放つ。
「……う」
「この街のどこかに――今回の件で貴女が知っている事や、貴女の存在自体を疎ましく思う人が居るのではないかしら? そんな人たちを相手取って、果たして切り抜けられるのかしら、貴女一人だけで?」
「……」
彼女の言葉に、無言のまま青ざめるリイド。マイスは、厳しい顔で彼女の顔を見つめていたが、つと表情を和らげると、静かに口を開いた。
「……でも、リイドさん。一緒に来てもらえば、私たちが貴女を全力で匿ってあげられるわ。ひとりのままでいるよりは、ずっと安心出来るはずよ」
「そうじゃな。それが良い」
マイスの言葉に、バスタラーズも頷いた。
「こんな可憐な手弱女の様な外見とは裏腹に、そのお嬢さんはかなり腕が立つぞい。男顔負けのえげつない攻撃も厭わんしのぉ~。護衛としてはうってつけじゃ」
「……バスタラーズ様? 何か、言葉の端に、そこはかとない棘を感じたんですけど……」
「いやぁ~、気のせいじゃろ」
「……」
「あ、それに! お……俺もいますし!」
「いやあ……。正直、お前さんじゃあ、護衛としては心許ないのぉ……」
「う……」
男としての矜恃を以て、高く手を挙げたのはイクサだったが、バスタラーズの容赦ない言葉にたちまち打ちのめされる。
「あ、そ――それに!」
と、修道女姿のままのシーリカが、メガネを輝かせて高く手を挙げた。
「それに――お店に帰れば、あたしが美味しいお茶を入れて差し上げます! 一回だけで良いんで、飲んでみて下さい、あたしの淹れた紅茶を!」
「……」
「――決まりね!」
リイドの答えを聞く前に、マイスは満面の笑みを浮かべて、ポンと手を叩いた。
「是非とも、おいでなさいな。シーリカちゃんが淹れた紅茶は、本当に美味しいのよ! ウチでゆっくりお茶した後に、それからどうするか決めてもいいんじゃないかしら。――どう?」
「……分かったよ」
皆の勧めに対し、リイドは仏頂面で頷き、立ち上がってスカートの皺を伸ばした。そして、小さな溜息を吐くと、マイスに背中を押されるまま、部屋の玄関に向かって歩を進める。
――と、扉のノブに手をかけた彼女は振り返った。そして、背後に立つマイスの顔をジッと見つめる。
そして、やや伏し目がちになると、か細い声で問いかけた。
「ところで……あ、あの人は……来てないのかい……?」
「――あの人?」
彼女の問いかけに、マイスは首を傾げたが、すぐに察しが付いた。
「……ああ。スマラクトさん、かしら?」
「……」
マイスの言葉に、リイドは無言で小さく頷く。
「スマ先輩は……」
マイスの代わりに口を開いたのは、シーリカだった。彼女は表情を曇らせて答える。
「――スマ先輩は……ここには来ていません」
「……そう……かい。ま、そりゃそうか。……自分を手酷く裏切った女の顔なんて、二度と見たくもないだろうから……ね」
「……いえ、あの――それは……!」
リイドの言葉に対して、大きな声を上げるシーリカだったが、彼女は口の端を歪ませると、粗末な玄関の扉を開けた。
そして、清々しい笑みを浮かべながら言い捨てた。
「アタシも良かったよ! また、あのしょぼくれたオッサンの冴えないツラを拝まなくて済んでさ! あー、せいせいする!」
そう叫んで、不敵に嘲笑うリイドの目の端から、一粒の滴が零れ落ちた。




