CASE3-33 「みんな、いい演技だったでしょ?」
「……ふむ」
「どうかしら、ハアトネスツさん……?」
荒れ果てた部屋の中で、片目に拡大鏡を嵌め、“ガルムの爪”を柄尻から切っ先までじっくりと検めるハアトネスツの一挙手一投足を、固唾を呑んで見守るマイス達。彼は、マイスの問いかけにも気付かぬ程に集中して、“ガルムの爪”を矯めつ眇めつして観察していたが、
「……ふうー」
遂に、大きな息を吐くと、その顔を上げた。
その場に居る全員が、ゴクリと唾を飲む。
ハアトネスツは、厳しい顔で取り囲む者たちの顔をグルリと見回すと――グッと、親指を立ててみせた。
「――大丈夫じゃ。煤まみれにはなっておるが、傷などは付いておらん。洗浄クリーニングを施せば、侯爵家に納品出来るぞ」
「お――オオオオオオオッ~!」
ハアトネスツの言葉に、居並ぶダイサリィ・アームズ&アーマー所属の社員達は、緊張の糸が切れ、雄叫びのような歓喜の声を上げた。
「マイズざあああん! よがっだでずうううぅぅぅっ!」
修道女の変装のまま、大粒の涙を零しながら抱きついてくるシーリカの頭を撫でながら、マイスも安堵の笑みを浮かべる。
「――じゃあ、急いで工房に戻りましょう。せっかくみんなで苦労して取り戻したのに、侯爵家に切られた期限に間に合わなくなるわ」
「「「イエス、マム!」」」
マイスの言葉に一斉に敬礼し、きびきびと撤収作業にかかる社員達。ハアトネスツは、鞘に納めた“ガルムの爪”に付いた煤を軽く落とし、固く布を巻きつけると、慎重な手つきで収納ケースに納めた。
――と。
「ヒョッヒョッヒョ。どうやら、上手くいったようじゃの、マイスさんや」
部下達の作業を見守るマイスに声をかけたのは、フールオと名乗っていた神官姿の老人だ。マイスは振り返ると、ニコリと微笑んで、深々と頭を下げる。
「――ご協力、本当に有り難うございました。とっても助かりましたわ、バスタラーズ様」
「フォッフォッフォ! 何の何の!」
神官の帽子を脱いで、ポリポリと額を掻きながら、フールオ――バスタラーズは破顔一笑した。
「懇意にしておる馴染みの店の――いや、シーリカさんのピンチとあらば、いつでも喜んで駆けつけるぞい! フォッフォッフォ!」
「あ――ありがどうございまずう、バズダラーズざまぁ!」
「ヒョ――フォッフォッフォオ!」
胸を張るバスタラーズに向かって、涙でクシャクシャにした顔で礼を言うシーリカ。彼女の感謝の言葉に、バスタラーズは真っ赤になりながら、その顔をだらしなく緩ませる。
「いや、しかし、最初に話を聞いた時は戸惑ったがの。神官の芝居というのも、なかなか楽しかったわい。フォッフォッフォ」
「本当にお上手でしたわ。おかげ様で、作戦が上手くいきました」
マイスがそう言うと、その横で、煤に塗れて真っ黒になったイクサも頷いた。
「本当は、俺が神官役の予定だったんですけど……俺は、カルナさんと一度顔を合わせていたので、顔バレするリスクがあったんですよね……」
「……というか、私は貴方の演技力の方が心配だったのよねぇ。――絶対、嘘つくの下手そうだもの、イクサくん」
「――ちょ、マイスさん、酷い……!」
「うふふ。――冗談よ」
痛烈な一言に、涙目になるイクサを前に、クスクスと笑うマイス。――と、
「……何で、分かったの?」
怨みがましい響きを含んだ、か細い声が上がり、マイス達は声の方に振り向いた。
そこには、後ろ手に縛られた赤毛の女が、ベッドに座らされている。
マイスは微笑みを浮かべたまま、小首を傾げてみせた。
「……何の事ですか、カルナさん……いえ、リイドさんでしたっけ?」
「何で――何で分かったのさ? アタシが……ここに居るって?」
擦れた声でそう尋ねながら、憎しみの籠もった目で彼女を睨みつけるリイド。
彼女の剥き出しの敵意に、イクサとバスタラーズは、マイスを庇うように立ち塞がった。しかし、マイスはふたりの肩に手を置くと、ズイッと一歩前に進み出る。
「ひとつ、忠告しておくわ、リイドさん」
彼女は、涼やかな声でそう言うと、その懐から、畳んだハンカチを取り出した。
「……?」
「他人に見られたくない物を燃やす時は、キチンと燃え尽きたのを見届けないと……ね」
「え……? あ! そ――それは……!」
マイスが開いたハンカチを見たリイドは、思わず絶句した。
ハンカチに包まれていたのは、端が焼け焦げた、粗末な紙の切れ端だった。
「多分、物件探しの時に住所を書いたメモを隠滅しようと、暖炉の火で燃やしたんでしょうけど。その時、住所の一部が燃え残ってしまったのね」
「……そ、そんな……」
愕然とするリイドを前に、マイスは穏やかな口調で、淡々と言葉を継ぐ。
「貴女が以前住んでいた下宿の暖炉から見つけたメモの焼け残りを足掛かりに、不動産屋を虱潰しに訪ね歩いて、つい最近に女の借り手がついたっていう物件を割り出したの。――それが、ここ」
「……」
マイスの言葉を聞きながら、リイドは無言のまま、強く唇を噛んだ。マイスは、そんな彼女の顔をジッと見据えながら、言葉を続ける。
「――さて。という事で、犯人の居場所は特定しました。……でも、大事なのは、犯人を捕まえる事じゃない。何よりも重要な事は、盗まれた“ガルムの爪”の在処を特定する事」
「……」
「貴女の留守中に、この家に忍び込んで捜索する事も考えたけど……。慎重な貴女が、家捜しや空き巣を警戒して、“ガルムの爪”を見つかりづらい場所に隠している事は容易に想像できたわ。闇雲に室内を探しても、見つかるとは限らない。――いえ、寧ろ逆に、家を荒らした事で、私たちが貴女を見付けた事を悟られるリスクの方がずっと高い。……正直、ちょっと分の悪い賭けよね」
「……」
「だから、教えてもらう事にしたの。――貴女にね」
「……アタシに?」
マイスの言葉の意味が解らず、怪訝な表情を浮かべるリイドに、マイスは「そう」と言って、微笑んでみせた。
「貴女が、身の危険を感じて、自ら進んで“ガルムの爪”を隠し場所から取り出さざるを得ない状況に追い込む――それで」
「! ……だから、こんな下手な三文芝居を打って……!」
ようやく、話が見えたリイドは、カッと目を見開き、マイスの顔を凝視した。マイスは、彼女の反応に満足そうに頷いた。
「その通り。――でも、三文芝居はひどいわ。みんな、いい演技だったでしょ? 詐欺師の貴女が、まんまと騙されるくらいにね」
「……チッ!」
彼女の皮肉たっぷりの言葉に、リイドは悔しげに唇を噛むのだった。




