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CASE3-30 「流しの神徒・フールオと申します」

 その日の昼下がり。

 地味な外出着に着替えたリイドは、玄関でボンネットを目深に被った。

 彼女は、玄関脇に置いた手鏡を手にし、今一度、己の顔の出来を確認する。

 手鏡に映った、分厚い化粧を施し、赤毛の鬘を付けた彼女の顔には、本来の素顔の面影は見られない。派手派手しくも捉えどころの無い印象を周囲に与える。

 もちろん、それは計算ずく。

 敢えて化粧を厚くするのは、彼女本来の素顔を隠す為。『百面のリイド』の異名は、そのメイクの多彩さに由来する。


「さて……と」


 と、彼女は呟く。ドアノブに手をかけると、緊張を解すように小さく息を吐いた。

 彼女はこれから、再度アナークスR・Wに向かうのだ。再度、会長のゼファード・アナ―クスを相手に“ガルムの爪”の売却交渉を行う為に。

 当初考えていた、億単位の金額での売却は、正直諦めている。恐らく、あの日にアナークスが提示してきた二千八百万エィンという金額の方が、実価格に則しているのであろう。

 だが、売却金額の増額は交渉次第で可能だと、リイドは直感で確信していた。――ならば、可能な限り値段を吊り上げてやろう……リイドはそう考える。


(できれば、この件は今日で片を付けたいねぇ……)


 正直、いつまでも国宝級の聖遺物を手元に置いておくのは、気疲れが激しすぎる。しかも、純朴な中年男を騙して手に入れた盗品なのだ。

 いつ、アナークスの手の者に居場所を嗅ぎつけられたり、ダイサリィ・アームズ&アーマーや侯爵家の追及の手が及ぶかも分からない。

 その重圧に押し潰され、リイドはこの一週間ほど、満足に眠れていない。彼女はほとほと参ってしまっていたのだ。


(億単位のカネを手に入れるのは無理そうだけど……まあ、いいさ。三千万……いや、五千万エィンあれば、当分は遊んで暮らせるさね)


 ――充分だ。そう、彼女は、なかば強引にそう思い込む事にした。

 リイドは、気合を入れるように頬を軽く掌で叩くと、扉を開けて外に出た。


「うわっ……眩しい――」


 扉を開けた瞬間、昼の陽の光が彼女の網膜を襲う。

 リイドは目を眇め、手庇を作りながら辺りを見回した。

 裏通りにひっそりと建つ下宿の前の道は、昼下がりにも関わらず、人通りはまばらだ。

 彼女は振り返り、扉の鍵を閉める。

 と、その時――、


「……これこれ、そこのお嬢さんや」

「――ひっ!」


 突然、背後から声を掛けられ、リイドの心臓は跳ね上がった。

 慌てて振り返った彼女の前には、金糸で縁取りされた白い聖帽を被った、老年の神官が立っていた。彼の後ろには、薄いヴェールを顔の上に垂らした修道女がふたり、姿勢を正して控えている。


「な……なんだい、アンタら? ――坊主なんか、呼んだ覚えは無いよ!」


 三人の出で立ちに一瞬気圧されたリイドだったが、すぐに気を取り直すと、居丈高に凄んだ。

 が、三人の神職者に、怯んだ様子は無い。先頭の老神官は、帽子の庇に手を添えてちょこんと頭を下げると、穏やかな声で言った。


「ホッホッホッ。突然、失礼を致します。私は、この辺りを定期的に巡回しております、流しの神徒・フールオと申します。――ちなみに、このふたりは私の弟子ですじゃ」


 彼の言葉を受けて、後ろに控えていたふたりの修道女が、無言のままペコリと会釈する。

 そんな彼女たちは無視したリイドは、不機嫌な表情を隠しもせずに、フールオと名乗った老神官に詰め寄った。


「……で! 流しの神官風情が、アタシに何の用だいッ?」

「ホッホッホッ。それですじゃ」


 フールオは、リイドの言葉に対し、白髭を撫で付けながら頷いた。

 そして、急に深刻そうな表情を浮かべると、顔をリイドに近付け、声のトーンを落として言った。


「……実は、この家の中から、並々ならぬ妖気が漏れ出ておりましてな……。ついさっき通りがかった時に、いたく気になってしまいまして……」

「……よ、妖気?」


 リイドは、老神官の言葉に内心ギクリとして、思わず背後を振り返る。

 フールオは、彼女のその仕草を見逃さなかった。

 彼は、その目を鋭くし、リイドに問い質す。


「……その様子、何やら心当たりがあるようですな」

「え……? いや、ち、違う……!」

「いやいや! 皆まで申されるな! さては、もう不穏な事象が起こり始めておるのですな!」


 そう、声のトーンを上げると、老神官はリイドの目の下を指差した。


「その証は、そこまで念入りに化粧を施しても隠し切れていない、目の下のクマ! 夜な夜な(うな)されて、まんじりとも出来ておられぬのでしょう!」

「あぁ? いや、違うって! コレは――」

「いやいや! 信じたくないのもよく分かりますぞ! ですが、これは明らかに、この家の中に潜む良くないモノが、貴女の精神を蝕んでおる兆しなのです!」


 老神官は、顔を真っ赤にして捲し立てる。そして、キッと目尻を吊り上げて、彼女の背後の扉を指差した。


「――という事で、これから我々に、この家の除霊をさせて頂きたいのですじゃ。このままにしておいては、妖気が強まるばかりで、いずれはこの家に留まらず、周囲へも悪い影響を及ぼす様になってしまいます!」

「ちょ! 声が大きい!」


 リイドは、キョロキョロと周りを見回しながら、慌てて唇の前に人差し指を立てる。が、興奮したフールオ神官の舌は止まらない。


「良いのですかっ? この禍々しい妖気を今のまま放置しては、この街区に住む民全員が不幸に見舞われてしまうのですぞ!」

「で――出鱈目ばっかり、お云いでないよ! このインチキ神官が!」


 堪忍袋の緒が切れたリイドは、詰め寄るフールオを思い切り突き飛ばした。


「おっ……とっ……とっ……う!」


 突き飛ばされた老神官は、タタラを踏みながらよろけた後、ドスンと音を立てて尻餅をついた。


「ああ……お師様、大丈夫ですか!」


 慌てて老神官の元に走り寄るふたりの修道女。老神官は腰を強く打ったようで、そのしわくちゃの顔を顰めるが、助け起こそうとするふたりの手を振り払った。


「うぬ……何と乱暴な! さては、既に妖気に侵されはじめておるのじゃな! ならば、それではこの場で破邪の儀式を行い、悪しき妖気を退けようぞ! ふたりとも、用意せい!」

「「はい、お師様!」」


 フールオの言葉に、大きく頷いた修道女たちは、背中に背負った鞄から、ジャラジャラと音を立てて、様々な物を取り出し始めた。

 簡易的な組み立て式の祭壇や、蒼い秘石がぶら下がった首飾りや、銀の聖杖……。ふたりはテキパキと儀式の用意を整え始める――公道上で。


「ちょ、ちょいと……! 止めな! そんな所で――!」


 リイドはオロオロしながら三人を咎めるが、彼らはその手を止めない。老神官は、首飾りや腕輪を身に着け、何やらブツブツと(まじな)いの言葉を唱え始めた。

 と、その騒ぎを聞きつけた近所の住人が窓から顔を出し、神官たちとリイドは衆人に注目され始める。


(やだ! これじゃ……!)


 リイドは、周囲の喧騒が高まりつつあるのを感じて、焦り始めた。せっかく、人の目に留まらぬようにと、息を潜めるようにしてひっそりと過ごしていたというのに、こんな騒ぎを起こしてしまっては、その苦労も水の泡。

 噂になっては、彼女を探す者たちの注意を引く端緒になり兼ねない。

 とにかく、これ以上住民の興味を引く事の無い様に、一刻も早く、彼ら共々ここから離れなければ……!

 顔色を失ったリイドは、三人の前に躍り出ると、苦い顔をしながら怒鳴る。


「分かった――分かったよ! 浄化だか破邪だか知らないけど、やるんだったら、こんな道の上じゃなくって、ウチの中でやって頂戴!」

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