CASE3-23 「見事な仕事ぶりじゃ……!」
それから十分後。
サファリアに連れられて会長室に入ってきたのは、短く切り揃えた赤毛と派手な化粧をした女だった。確かに……先ほどサファリアが言っていたように、その厚化粧のせいか、若いようにも、それなりに歳を取っているようにも見える。
彼女は、赤い布で覆われた棒状の何かを、後生大事に抱えていた。
女を部屋に通したサファリアは、扉の前で一礼すると、
「それでは、お茶をお持ち致します」
と告げて、退室しようとするが、赤毛の女が呼び止めた。
「あら、お茶は要りませんわ。お構いなく。――これから会長さんと、少し込み入ったお話をさせて頂きますから」
「はあ……しかし……」
にこやかな笑みを浮かべた女の言葉に、戸惑いの表情を浮かべる秘書だったが、
「――よい。儂が呼ぶまで、この部屋に入ってくるな」
というアナークスの言葉にハッとすると、深々と頭を下げる。
「――畏まりました」
そう言うと、秘書はそそくさと扉を閉めて、足早に立ち去っていった。
広い会長室に、アナークスと赤毛の女だけが残る。
「――ま、立ったままでも何なので、まずはお掛け頂こうか」
アナークスは、そう言いながら、応接用ソファを指し示した。
彼女は、小さく頷くと、棒状の何かをしっかりと抱えたまま、ソファに深々と腰を下ろす。
そして、先程までの淑女然とした態度が嘘のように、尊大そうに脚を組んだ。
アナークスも、それまで腰掛けていた執務机のチェアから、ローテーブルを挟んだ向かいのソファへと移動する。
「……随分、時間がかかったの?」
と、ソファに座るや否や、不躾な言葉を投げつけてきたアナークスの顔をジロリと睨んだ赤毛の女は、吐き捨てるように答えた。
「まあね。今回の標的に選んだオッサンが、思った以上に奥手なカタブツでさ……。籠絡するのに、予定以上の時間がかかっちまったのさ。――でも、依頼した時に、アンタは特に期限を切っていなかったじゃないか? それなのに、時間がかかったと責められるのは癪だねェ」
「あ――いや、決して責めている訳では無い。誤解せんで頂こう」
不機嫌になる彼女に、慌てて弁解するアナークス。そして彼は、逸る気持ちを隠しきれぬ様子で、彼女の抱えるものを指さす。
「で――それが……?」
「……うふふ、気になるかい? アタシの持ってきた、コレが」
赤毛の女は、下卑た笑いを浮かべると、赤い布の端を捲ってみせた。布の下から、黒い地金に複雑な金象眼の装飾が施された剣の鞘が覗く。
「お……おおっ!」
その見事な意匠に、アナークスの口から感嘆の声が漏れる。
「さすが……『百面のリイド』! 見事な仕事ぶりじゃ……!」
彼は、得意げな顔をしている女に賛辞を述べると、その皺に塗れた手を伸ばした。
「さあ……もっと近くで検めたい……。その剣――“ガルムの爪”を、篤と見せてくれ!」
「……ああ、構わないさ。じっっくりと眺めるといいさ」
赤毛の女――リイドは、ニヤリと粘っこい笑みを浮かべると、あっさりと彼に赤い布ごとそれを手渡した。
アナークスは、はっしとそれを掴むと、興奮で息を荒くしながら赤布を引き剥がす。
と、同時に、リイドが吹き出した。
「――剣の鞘だけで良ければね! クフッ……キャハハハハハッ!」
「……これは、何の冗談かの……リイドよ?」
ソファの上で笑い転げるリイドを、噛み殺さんばかりの剣幕で睨みつけるアナークス。彼の手には、歴史を感じさせる、どっしりとした作りの剣の鞘だけがあった。
リイドは、そんな彼を尻目に、暫く腹を抱えて爆笑していた。そして、ようやく笑い飽きると、目尻に浮かべた涙を指先で払って、ニヤニヤ嘲笑いながら言った。
「あーっ、面白かったぁ! 剣の鞘だけを掴まされたと知ったアンタの顔……サイコーにウケる!」
「儂を愚弄するか、このアマァッ!」
顔を真っ赤にして、憤然と立ち上がるアナークス。だが、リイドの余裕の態度は変わらない。彼女は、歯を剥き出して嗤うと、脚を組み直してふんぞり返った。
「あー、いいのかなぁ? アタシのご機嫌を損ねちゃったら、“ガルムの爪”の刀身は一生手に入らないわよぉ?」
「ぐ……ぐむぅっ……!」
彼女の言葉の効果は覿面だった。アナークスは、真っ赤な顔を真っ青に変えて、力無くソファに沈んだ。
そして、手元の鞘をじっと見ながら、小さい声で彼女に尋ねる。
「刀身は……“ガルムの爪”の刀身は……何処にある?」
「そう問われて、『はい、アソコです』なんて、馬鹿正直に喋るとでも思ってるのかい?――アタシも一応詐欺師の端くれだからねェ……。金を受け取る前に、独りでクライアントの元に出向いて、ムザムザとブツを強奪されるような、迂闊な轍は踏まないのさ」
そう言いながら、リイドはローテーブルの上に載った葉巻入れを勝手に開けて、細巻きの葉巻を一本取り出した。
「――もちろん、刀身もあるわよ。但し、アタシ以外には分からない、手を出せないような場所に、ね」
「……」
「アタシは、別に刀剣だ骨董品だに興味は無いからね。キチンと充分な金さえ貰えたら、喜んでアンタに渡すわよ」
「……」
「――と、いう事で」
そう言いながら、リイドは細巻き葉巻の端を噛み切り、傍らの燭台の蝋燭から火を点けると、美味そうに一ふかしする。
そして、紫煙を上げる細巻き葉巻をアナークスに向けて、せせら笑いを浮かべて言葉を継いだ。
「ここはひとつ、商人らしくいこうじゃあないか。――さて、アンタはこの“ガルムの爪”、いくらで買うのかい?」




