CASE3-10 「――うん。いい出来映えね」
とっぷりと夜が更けた街の片隅――ダイサリィ・アームズ&アーマーの取締役室には、まだ煌々と灯りが灯っている。
部屋の中央に据え置かれた大きなデスクを囲むように、作業着姿の工房の職人達が緊張の面持ちで立っていた。
そんな彼らを前に、部屋の主であるマイスが真剣な表情をして、静かに座っている。
いつもは書類が山と積まれて、煩雑な様相を呈している彼女のデスクの上は珍しく片付けられており、赤いビロードの布に包まれた細長い物だけが置かれていた。
彼女は、気を落ち着かせるように呼吸を整えると、傍らに置かれた白手袋を嵌め、ゆっくりと包みを開く。
包みの中から現れたのは、一振りの長剣。――そう、ショットマイール侯爵家から修復を依頼されていた、かの家に代々伝わる家宝にして稀少な聖遺物のひとつである“ガルムの爪”だ。
彼女は長剣の柄をしっかりと握り締めると、ゆっくりと抜き放つ。古風な作りの鞘から、仄かに赤みを帯びた刃身が顔を出した。
「……」
彼女は、拡大鏡を手に取ると、怜悧な光を放つ赤い刃の表面を仔細に観察し始める。
「……」
その間、部屋にいる者たちは咳ひとつ発せず、文字通り息を呑んで、彼女の挙措ひとつひとつに注目する。
――どれほどの時間が経っただろうか。緊張と期待と不安に満ちた空気の中で、無言のままマイスが長剣を鞘に納め、ゆっくりとビロードの布の上に置いた。
そして、顔を上げると、ニコリと微笑む。
「――うん。いい出来映えね。これなら、侯爵様にもご満足頂けるんじゃないかしら? 皆……ご苦労様でした」
ほうっ……と、固唾を呑んで彼女の挙措を見守っていた工房の職人達は一斉に安堵の息を吐き、互いの顔を見合わせてハイタッチや握手を交わしながら、その喜びを分かち合った。
その様子を見ながら、マイスもまた顔を綻ばせる。
「あとは……飾り紐の新調が済めば、納品できそうね。ハアトネスツさん」
マイスは、ひとりだけ仏頂面を崩さない小柄な髭面の老人に向かって話しかけた。
老人――工房長補佐にして、今回の“ガルムの爪”修復責任者であるハアトネスツは、額に巻いたバンダナを外し、禿頭に浮いた汗を拭いながら小さく頷く。
「ああ。そっちは、デパペーペ商会に発注してる。……そうだな、ギャンガラル?」
「あ、はい! いかんせん、大昔の技術で編まれた紐なんで、質感を再現するのにちいと苦戦しているそうですけど、二・三日中には出来上がるって回答をもらってます。入荷次第、すぐに取り付けして――出来上がりです!」
ハアトネスツから、説明を振られ、慌てながら答えるギャンガラル。その言葉を聞いたマイスは、満足そうな笑みを浮かべる。
「じゃあ、遅くても四・五日後には、侯爵家にお渡しできそうね。――みんな、本当にご苦労様。正直、ここまで見事に仕上げてくれるとは思わなかったわ。流石ね」
「ふん……。 今回の“ガルムの爪”の修復は、この前のあれに比べれば、随分と楽なもんだったわい」
ぶっきらぼうに言い捨てるハアトネスツだったが、髭に埋もれた口の端が僅かに上がっているのが分かった。――無愛想で無口で、滅多に表情を変える事の無い、職人気質の権化の様な彼にしては随分と珍しい事で、それだけ今回の仕事の出来と上司の賛辞が嬉しかったようだ。
マイスも、ニッコリと笑って頷く。
「うん。“ボルディ・クワルテ”の時も、随分と大変だったわね。あの時も、工房の方には随分と無理をさせてしまって――ごめんなさいね」
「あ――いえ! トンデモナイッス!」
マイスの言葉に、ハアトネスツ以外の職人連中は、慌てて頭を振った。
「ま、確かに大変でしたが、却って燃えましたから、楽しかったですよ!」
「そうそう! 『やってやろうじゃねえか!』ってな。それに、あの案件のおかげで、俺たち自身のスキルも、随分と上がったしな」
「ああ。納期短縮の為に、新しい修復術を編み出してみたりとかな。――でもさ、刃面の研磨にアレを使うって、冷静に考えたらヤバいな……」
「――確かに! そもそも、どうしてアレを使う気になったんだろうな……。あの辺の記憶が無くて、自分でも分からねえ!」
「あるある!」
盛り上がる職人達の様子を優しい微笑みを浮かべながら見ていたマイスは、デスクの上のガルムの爪をビロードの布に包み直すと、手袋を外しながら言った。
「じゃあ、このガルムの爪は、飾り紐が届くまで店舗の収納庫に置いておくわね。あそこなら、鍵もあるから安全でしょう」
「そうッスね。飾り紐の取り付けだけなら、工房でなくても出来る作業っすからね。工房に戻すより、このまま店舗に置いておいて、飾り紐の取り付けをし次第、すぐに侯爵家へ納品できるようにした方がいいと思います」
ギャンガラルの言葉に、大きく頷き、マイスは立ち上がった。
「じゃあ……みんな、本当にお疲れ様! 今日はもう遅いから、上がってちょうだい。――あと、最後に」
そう言って、一度言葉を切ったマイスは、魅力的な最高の笑顔を職人達に向け、言葉を継いだ。
「――みんな、最高の職人よ。武器防具修理工場・ダイサリィ・アームズ&アーマーの長として、私は、貴方達を誇りに思います。……本当に、ありがとうね」




