CASE3-2 「お先に失礼致しますゾ!」
ダイサリィ・アームズ&アーマーの忙しかった一日が終わり、やっと締め作業を終わらせたイクサが、石のように凝り固まった肩を揉みながら、大きく息を吐いた。
「はあ~、疲れたぁ……」
「今日も忙しかったですねぇ……」
思い切り身体を伸ばしながら、シーリカも頷いた。
「何だか、気のせいか……最近また、お客様の数が増えてきてないですか?」
「ああ……気のせいなんかじゃないよ。ボルディ・クワルテの一件に加えて、フリーヴォル伯爵が、ウチに新型レザーアーマーの大量発注をしたって話が出回っちゃったからね……」
「――でも、結局、その話は無くなったんですよね?」
「え? そ――そうなの?」
「まあ――ね」
と、ふたりの話に唐突に割り込んできたのは、バックヤードの扉から、ひょいっと顔を出したマイスだった。
「あ、お疲れ様です、ボス!」
「お疲れ~」
彼女も、ずっと机に張り付いて、書類仕事に追われていたのだろう。凝り固まった首をしんどそうに回しながら、待合のソファに深く腰を掛ける。
そして、苦笑を浮かべながら口を開いた。
「――でも、完全に白紙に戻ったわけでは無いけどね。取り敢えず、ウチの新型レザーアーマーを二十領、試験的に導入する――って形にしたわ」
「て、二十領! それも充分に大口契約じゃないですか?」
イクサは目を丸くしたが、マイスは、浮かない顔だ。
「……まあ、そうなんだけどね……。本当は百領受注って話だったんだから、五分の一になっちゃったのよね……。そう考えると……ねえ」
「ひゃ……百領ッ?」
思わず聞き返したシーリカの声は、驚きのあまり裏返った。
イクサは、あまりの大きな数字に、言葉を失った。
「ど……どうして、少なくなっちゃったんですか?」
「……先日の、ラシーヴァの件の影響よ」
マイスは、シーリカの問いに、苦々しげな表情を浮かべて答えた。
シーリカの表情が、僅かに強張る。まだ、あの一件は彼女の記憶の中に色濃く残っていて、思い出すだけで言いしれようもない恐怖を想起させてしまうようだ。
が、マイスは、そんなシーリカの表情の変化に気づかず、溜息を吐いて言葉を続けた。
「レザーアーマー百領の受注が決まりかけたタイミングで、あの一件が起こっちゃったからね……」
「――て、あの一件とレザーアーマーの受注……どういう関係が?」
イクサは、腑に落ちない表情で首を傾げる。
「関係……大アリよ」
マイスは、彼にそう答えると、戯けるように肩を竦めてみせた。
「ラシーヴァは近衛騎士でしょ? ――もう違うけど。彼がああいう騒ぎを起こした直後に、近衛騎士団を束ねるフリーヴォル伯爵が、事件の被害者であるウチからレザーアーマーを百領買うなんて話が決まったら、世間からはどういう事だと思われるかしら?」
「あ――! それは確実に、事件に対する賠償や迷惑料代わりだと思われちゃいますね、タイミング的に」
「そういう事」
マイスは苦笑して、ふたりにウインクをしてみせる。
「もちろん、そんな事は無いのよ。受注の話は、あの事件が起こる前……私が白獅子城に出張に行ってる時に出た話だしね。――でもね」
と、彼女は、再び苦い表情を浮かべて言った。
「そんな事を私がいくら言っても、全く聞き入れずに、妬み嫉みやっかむ人が居るのよ。……上の方にね……」
「うえ? 上って……?」
「……シーリカちゃんは知らないでもいい所よ」
「はあ……」
マイスから苦笑混じりにかけられた言葉に、釈然としない顔ながらも頷くシーリカ。マイスは言葉を続けた。
「なーんか、そういうのでグジグジ言われるのが面倒くさかったから、申し訳ないけど、私から受注をお断りしたの。……結局は、伯爵に押し切られて、二十領に縮小する形になったけど」
「……そうだったんですか」
マイスの話を聞いて、イクサは複雑な表情で首を振った。
「……俺にはよく分かりませんけど……色々と大変なんですね――上の方って」
「――ホントにメンドくさいし、厄介よ……。結局、二十領でもご不満だったみたいで、グダグダ陰口を言ってるみたいだし……」
彼女はそう言うと、一際大きな溜息を吐いた。
と――、
「ではでは皆様! お先に失礼致しますゾ!」
陽気な声をあげながら、バックヤードの扉を開けたのは、早くも私服に着替え終わり、荷物を抱えて帰る気満々いった風情のスマラクトだった。
三人は、いつもとは打って変わって、素早く帰宅準備を整えているスマラクトを前に、驚きの表情を隠せない。
それも致し方ないところはある。昨日までの彼は、閉店後の締め作業を終わらせた後も延々と居座り続け、シーリカやイクサ相手にとりとめも無い世間話を繰り返して、なかなか彼らを帰してくれない……そういう厄介なヤツだったのだ。
それなのに、今日はいつもと真逆の行動――訝しむなという方が無理だろう。
三人は怪訝な表情を浮かべ、互いの顔を見合わせた。
「あ……お……お疲れ様です、スマラクトさん。……て、今日は随分とお早いですね? ……どうしたんですか、突然……」
おずおずと彼に声をかけるイクサに、スマラクトはたじろいだ様子を見せる。
「あ……い、いや、その……。しゃ、『社会人ならば、オンオフをキッチリと切り替えて、メリハリのある生活を送るべし』……って、この前に書いてあった本に書いてあったような――いえ! 書いてあったので、ハイ!」
スマラクトは、視線を縦横無尽に走らせながら、どもりまくりつつ、
「――あ! こうしては居られません! こ、これにて失礼致しまするする~!」
と叫んで、三人に敬礼すると、慌てた様子で店を飛び出していった。
「…………」
残された三人は、彼が出ていって開きっぱなしになった扉を呆然と見て、それからもう一度互いの顔を見合わせて、同時に呟いた。
「「「怪しい……」」」




