CASE1-4 「この件は、俺が預かるから」
魔晶石――。
それは、内包された“魔素”の働きによって、触れた者の雄氣を元素に変換し、火や風や雷などを巻き起こしたり、大気中の水分を抽出して大量の水を発生させたりと、人智を越える力を操る事が出来るようになる特殊な鉱石である。
魔晶石を杖や剣や鎧に嵌め込む事で、素養のある術士でなくとも元素術を操る事が可能となり、術士が使えば、元々の術の威力をさらに増す事が出来る。
もちろん、魔晶石はそこら辺に転がっているものではない。魔晶石の元となる鉱石は、ごくごく限られた地域の鉱山や洞穴からしか採掘できず、しかも、採掘量がとても少ない。
その為、かなりの希少性を有し、爪の先程しかない大きさの魔晶石でさえも、かなりの高額で取引されている。
つまり、元素武器や元素防具と呼ばれる、魔晶石が嵌め込まれた武器防具は、普通の武器に比べて、比較にならない価値を有しているのだ――。
「……ダメだ。亀裂が核にまで及んで、魔素が抜け切っている……。シーリカちゃんの言う通り……これは修復不能だ」
拡大鏡を使って、ダガーの鍔に嵌め込まれた魔晶石の状態を確認したイクサは、絶望的な声で結論を述べた。
「――はじめに言ってた“問題”って、これの事ですね? スマ先輩……」
シーリカの確認の言葉に、スマラクトは、額に湧いた大粒の汗を拭き拭き、おどおどと頷いた。
「あの……対応している時は、まさかこのダガーがエレメンタル・ダガーだとは思わなくて……。石が真っ黒だったんで、唯の黒真珠かなにかだとばっかり思ってまして……」
「――で、お客様が帰った後に調べたら、嵌め込まれた石が魔晶石だという事に気付いて、オロオロしてるところに、あたしたちが戻ってきた――って事ですか……」
スマラクトの釈明を聞いて、シーリカは大きく溜息を吐いた。
「もう……そこは、対応の段階でキチッと気付いて下さいよ」
「で……でも、受付の際もお客様に急かされて、きちんと確認できなかったというか何というか……」
「いや、関係無いですよ! 相手がどうだろうと、確認するところはちゃんとしてくれないと! でないと、今回みたいな事態に……ああ、もう!」
スマラクトの言い訳に、頭を抱えるイクサ。
「どうしよう……魔晶石を交換するしかないけど、ここまで大きな魔晶石だと、市場でも殆ど流通しないぞ……」
「もし、出回ってたとしても、メチャクチャ高いでしょうね……。ウチじゃほとんど取り扱わないので、魔晶石の末端価格がいくらくらいなのか、詳しくは分かりませんけど……」
シーリカが苦笑いする。もう、逆に笑うしかない。
納期もギリギリな上に、修理部品の手配も目処が立たない。おまけに、修理金額が、客の伝えてきた限度額を超えてしまう可能性すら考えられる。
であれば――。
「本当は、今からでも『無理です』って言って、修理依頼品をお返しするのが一番いいんだけど……」
「住所も名前もニセ物ですからね。お客様に返したくても返せない……二週間後まで」
「いやはや、詰みましたな。アハハハハ」
「「アンタが言うなっ!」」
他人事のように暢気に笑うスマラクトに向けた、イクサとシーリカの怒声がハモった。
「ひええ……すみませぇん」
と、身体を縮こまらせたスマラクトの事はもう放っておいて、ふたりは難しい顔でカウンター上のダガーを見やる。
「……ここはやっぱり――」
シーリカは、意を決した顔でイクサに提案する。
「……イクサ先輩。――この件は一度、ボスに報告した方が……」
「ほ、報告……。マイスさんに……?」
「他に誰が居ます?」
「う……」
イクサは、口ごもった。
――もちろん、この件が既に、自分の差配でどうにか出来る段階を遙かに超える領域に至った事は理解している。もう、上長である取締役に話を通さずに済む段階ではない。
しかし……、
(昼の件があってからのコレは……、絶対にまた怒られる……)
もちろん、初期対応でやらかしたのはスマラクトだ。しかし、スマラクトにカウンターを任せっぱなしにして休憩に入っていた自分の事も責められるだろうし、『部下の教育がなってない』と、責任者としての落ち度も追及されてしまうのではないか……?
――それならば。
「…………いや、コレは俺が何とかしてみる。マイスさんに報告するのは、その後にしよう……」
「え……?」
「この件は、俺が預かるから。……俺が、責任を持って対応する。――ふたりは、もうこの件には関わらなくていいから、安心して。――その代わり、マイスさんには黙っててね」
「――!」
思いもかけないイクサの言葉に、シーリカはメガネの奥の目を大きく見開き、スマラクトは安堵の表情を浮かべた。
「い……いえ、ダメですよ、それは。イクサ先輩がどうしようとしているのかは分かりませんけど……ちゃんと、事前にボスに報告しておいた方が――」
「いやいや! 逆に困る。ダイジョーブダイジョーブ! ちゃんと、いい手は思いついた! マイスさんが絡んだら、うまくいかなくなっちゃうから! 頼むから、内緒にしておいて――!」
――嘘である。
彼の頭には、“いい手”など全く浮かんでいない。ただただ、マイスの耳に入るのは避けたい……そんな浅はかな考えで、彼は口からでまかせを並べて、この場を言い凌ごうとしているだけなのだ。
「で……でも……」
だが、シーリカは納得いかないという顔で口ごもる。ひょっとすると、イクサの頭の中を見透かしたのかもしれない。
が、
「し……シーリカくん……! 主任がこうまで言って下さってるんだから、ここはお言葉の通りにお任せしよう。うん、それがいいよ、うん!」
スマラクトは、全力で彼女を引き止める。当然だ。今回の件がマイスの耳に入れば、スマラクトこそ無事では済まない。そんな窮地で、労せずして全責任を上長が引っ被ってくれると言っているのだ。
この千載一遇の好機を見逃す手はない。
「スマ先輩! それはいくら何でも――!」
と、シーリカが声を荒げた、正にその瞬間――、
ガチャリと音を立てて、バックヤードの扉のノブが回された。
「!」
三人は、ギクリと身体をびくつかせ、イクサは咄嗟にカウンターの上のエレメンタル・ダガーを引き出しに突っ込んだ。
「――みんな~、お疲れ~……て、どうしたの?」
扉を開けてカウンターに入ってきたのは、マイスだった。雁首揃えて青い顔をしている三人を見て、怪訝な表情を浮かべる。
「……ひょっとして、またトラブル?」
「あ……あの、ボス! 実は――」
「い……いえいえ! 全くそんな事は無いデスよ~! た、ただ、くだらない世間話をしてたダケです、ハイッ!」
胡乱な顔で訊いたマイスに、口を開こうとしたシーリカを手で制して、イクサは過剰に陽気な声で口を挟んだ。
「ね……ねえ、そうだよねぇ、スマラクトさん、シーリカちゃんっ!」
ふたりの方へ向き直って、必死で目配せしてサインを送る。
「あ、はい! 全然、クレームがどうのとか関係無い話でアリマス!」
「…………はい」
口角泡を飛ばしながら言い募るスマラクトと、躊躇しながらぎこちなく頷くシーリカ。
「……ふーん。あっそう――」
マイスは、三人のリアクションに首を傾げながらも、それ以上追及しては来なかった。
「まあ、ならいいけど。もう、閉店時間だから、早く締め作業を終わらせて、早く上がってね」
そう三人に言い残すと、彼女は首をコキリと鳴らしながら、扉の向こうに戻っていく。
そして、最後に振り返り、三人にニコリと微笑いかけた。
「じゃ、また明日。お疲れ様」
「お、お疲れ様でーす」
三人は引き攣った笑顔で彼女に笑い返すと、そのまま直立不動で見送り、軋んだ音を立てて扉が閉まったのを確認すると、
「はあぁ~っ」
と、安堵の溜息を吐いて、その場にへたり込んだ。
冷や汗を拭いながら、イクサは呟く。
「はあ~。……な、何とか凌げた……」
と。
――否。
彼はまだ分かっていない。
今の彼の決断と行動が、更に己の首を締めた事を……!
【イラスト・たけピーチャンネル様】