CASE2-23 「これで一安心、かな?」
「さてと……皆様はどうなさいますか?」
マイスは、パンパンと手を叩きながら、周囲を取り囲む騎士達を睥睨した。
騎士達の顔にはありありと動揺の色が浮かんでいる。
「……一応、貴方達の狼藉の件は、首謀者に身を以て償ってもらった感じなので、このまま大人しくお帰り頂けるのであれば、私としてはそれで構わないのですが……」
彼女は、穏やかな微笑みを湛えながら言う。だが、その笑顔には、向けられた者の背筋をキンキンに凍らせる、何ともいえない凄味が感じられた。
あちこちで、騎士達が生唾を飲み込む音が聞こえる。
と、ひとりの若い騎士が、腰に提げた剣の柄に手をかけて叫んだ。
「……お、おのれ! 女のクセに我々を舐め腐りおって! 近衛騎士の誇りを傷つけた罪、その地を以て償え――」
「……たわけ! 誇りを傷つけておるのは、完全武装で雁首を揃え、無辜の市民や女子相手に狼藉を働くうぬらの方じゃと言うておろうが!」
「……ぐ」
騎士達を一喝したバスタラーズは、右手を掲げ、手首に嵌めた腕輪の魔晶石を光らせる。
「それ以上、近衛騎士のツラを汚し続けるというのなら、このワシが直々に躾け直してくれようぞ! ホレ、かかってこんかいっ!」
「……!」
バスタラーズに睨み据えられ、騎士達はたじろぐ。
――と、その時、
道の向こうから、地鳴りのような音が響いてきた。
「……な、何だ……この音は――馬?」
狼狽したイクサの声の通り、地響きの正体は、騎馬に乗った精悍な騎士の一軍が石畳を駆けて近付いてくる音だった。
その数は、十騎やニ十騎どころではない。
イクサとマイスは、緊張と驚きが相俟った表情で、互いの顔を見合わせる。
だが、驚きの表情を浮かべたのは、ふたりだけではない。周囲の騎士達も、明らかに予想外の事態に、激しく狼狽していた。
そして、暗闇の向こうから次々と現れた騎馬の群れは、三人を取り囲む騎士の更に外側をビッシリと覆い囲むと、白い鎧を纏った騎士が、騎乗したまま一歩前に出た。
「貴様ら! そのまま動くな! 武器を捨てて、大人しく手を上げろ!」
威圧に満ちた白い鎧の騎士の声を受け、顔面を蒼白にして互いに見合わせるラシーヴァの部下達。だが、騎乗した騎士達が、全身から殺気を放ちながら、一斉に剣の柄に手をかけるのを見て、諦めた表情で次々と得物を手放した。
当然、マイスとバスタラーズも指示に従う。
辺りに、先程とは打って変わった、緊張が張り詰めた完全な静寂が訪れる。
イクサは、こっそりとマイスに近付き、不安そうな顔で尋ねた。
「……ま、マイスさん……俺たち、これからどうなっちゃうんでしょう……?」
マイスは、イクサの方へ振り返ると、苦笑いを浮かべながら小首を傾げる。
「さあ……ね。でも、少なくともあの騎馬隊は、ラシーヴァ側じゃない事は確かね。――私たち側でもないのかもしれないけど……」
「まあ、任せときんしゃい。いざとなったら、このワシが――!」
「ていうか……一体何者なんですか、バスタラーズ様は……?」
妙に自信満々に胸を叩くバスタラーズ老人に、訝しげな視線を向けるイクサ。
――と、その時、
道の向こうから、石畳を蹴る蹄の音と、ガラガラと回る車輪の音が聞こえてきた。
「……馬車?」
イクサの呟きの通り、夜闇の向こうから現れたのは、一両の馬車だった。
しかも、その白塗りの車体には豪奢な装飾が施されており、かなりの高貴な人物の物だという事が一目瞭然だ。
騎馬達が馬車の進路を開けるように道を開き、騎士たちは乗騎の上で一斉に畏まった。
そして、馬車を一目見たラシーヴァの部下達も、一斉に石畳の上に跪いた。――もっとも、彼らの方は、全員が絶望の表情を湛えながらであったが……。
「……ふう」
マイスは表情を緩ませ、それと同時に、大きな溜息を吐いた。
「やれやれ……これで一安心、かな?」
「え……?」
彼女の言葉の意味が解らず、強張った表情のまま首を傾げるイクサ。
と、蛇を咥える四翼の鷲を象った紋章が書かれた馬車の扉が、弾かれたように開き、
「だ――大丈夫かい、マイハニ――ッ!」
煌びやかな礼装を纏った黒髪の美男子が、血相を変えて飛び出してきた。
「ま……街で、近衛騎士が暴れているとの報せを受けて、慌てて手勢を纏めて駆けつけたのだが……。まさか、キミの店だったと――って、な……何だい、その姿は?」
漆黒の長髪を振り乱し、転びそうな勢いで一目散にマイスの元へと駈け寄った美男子は、彼女の格好を見て、目を見開き絶句する。
そんな男に、マイスは苦笑いを浮かべながら軽く頭を下げた。
「二時間ぶり……くらいでしょうか、フリーヴォル伯爵様。――こんばんは。良い夜ですわね」
「い……いや、そんな挨拶はいいから! ……ああ、何て事だ! よりによって、我が麾下の近衛騎士が、キミにこんな仕打ちを――」
「こりゃっ! フリーヴォルの小倅ッ! 貴様、陛下から近衛騎士団を任されておる身であろうに、部下の躾けがなっとらんぞ!」
マイスを前にオロオロと狼狽するフリーヴォル伯爵を大喝したのは、バスタラーズ老人だった。
万雷が落ちたかのような激しい怒声を浴び、反射的に背筋を伸ばしたフリーヴォル伯爵は、老人の顔を恐る恐る見るや、その端正な顔に驚愕の表情を浮かべた。
「こ――こ、これは、ドゥナー卿! な……なぜ、ここにッ?」
「たわけ! ワシャ、もうその名前は捨てたと言うただろうが! 今は、タダの隠居ジジイのバスタラーズじゃ!」
「は……はっ! 失礼いたしましたッ!」
「まったく! ワシがお主にあの書状を送ってから、何日経ったと思っておるんじゃ! トップのお前の顔を立てて、処遇を任せようと待っておったら、このラシーヴァが暴走する方が早かったわい! どんな些末な事にも、最速で対処する――それが組織を纏める者の務めじゃと常々言っておるのに、まるで身についておらん! そんな事だから、自分のすぐ下にこんな碌でもない奴が生えても気付かんのじゃ!」
「は……はっ! 大変申し訳ございませんッ!」
力も金も権力も容姿も兼ね備えた完璧超人のフリーヴォル伯爵が、親に叱られる小僧のように縮こまり、バスタラーズに対して、ひたすら頭を下げている。――それは、実に滑稽で奇妙な光景だった。
が、ラシーヴァの部下達は、そんな滑稽な光景を目の前に、それどころでは無いと顔面を蒼白……いや、それすら通り越した土気色にして、ガクガクと身体を震わせていた。
「お……おい! い、今……ドゥナー卿って……言ったか?」
「ドゥナー卿って……“ガシラータの悪夢”の……?」
「“風塵の鬼神”じゃなかったっけか……? サルタールの大会戦で、ひとりで敵の一個騎士中隊を壊滅させたって……」
「え……じ、実在していたのか……? て、てっきり、騎士伝説か、与太話かなんかだと……」
「……そんな人を相手にしていたのか……俺たちは……」
「あ……オワタ……」
若い騎士を中心に、あちこちでそんなヒソヒソ声が漏れ聞こえてくる。
そして、顔を青ざめさせているのは、彼も同様だった。
「……俺も聞いた事がありますよ……“ガシラータの悪夢”ドゥナー卿……! ど、どうしよう……ひょっとして俺、とんでもない人に、物凄く失礼な対応をしていたのかも……」
「いや……ただ者じゃないとは思ったけど、まさか、そこまでの大物だったとはね……」
さすがのマイスも、その表情を僅かに引き攣らせる。
そんな周囲の空気もお構いなしに、バスタラーズは舌鋒鋭く怒鳴り散らした。
「ええいっ! まったく、近衛騎士ともあろう者どもが、雁首揃えて情けない! 貴様ら全員そこに座れぃ! このワシが、直々にそのひん曲がった心根を叩き直してくれるわ!」
「あ……あの……ドゥナー卿……。ボク……私も、でしょうか?」
そう、恐る恐る尋ねるフリーヴォル伯爵の頭を杖で小突いたバスタラーズ老人は、顔を朱に染めて怒鳴りつけた。
「だからっ! ワシャ、バスタラーズじゃと言うとるじゃろうがぁ!」
「し――失礼いたしました!」
さしものフリーヴォル伯爵も、この小柄な老人の前ではすっかり形無し。
結局その後、ドゥナー卿……もとい、バスタラーズ老人による、近衛騎士団全員を地べたに正座させての路上公開説教は、深夜零時の鐘の音が鳴るまで続いたのだった――。




