CASE1-3 「つまり……修復不能です」
「問題発生……って、マジっすか……?」
思わず(またかよ……!)と胸の中で毒づいたイクサは、激しい目眩を覚えながらも、必死で足を踏ん張って何とか持ち堪える。
気が遠くなりかけながら、スマラクトの指の先に視線を移すと、カウンターの上に一振りのダガーがぞんざいに置かれているのが目に入った。
古びた鞘拵だが、金の象嵌が施されており、その繊細な造形も悪くない。鍔元には小ぶりの黒い宝石が嵌め込まれていて、鈍い光を放っている。
確かに古びてはいるが、その佇まいからは、どことなく気品を感じる。……元は、王族か貴族が所持していたものなのだろうか。
――見る限りでは、特に問題と思えるような異常は見受けられないのだが……。
「コレが、どうかしたんですか?」
シーリカが、小首を傾げながら、ダガーを手に取り、スラリと抜き放った。
「うわぁ……!」
刀身を一目見て、思わず嘆きの声を漏らすシーリカ。
「……ど、どうしたの、シーリ……うわぁ……」
気になって、彼女の肩越しに覗き込んだイクサも、同じような驚きの声を上げた。
もちろん、武器の修理依頼で、様々な損傷を受けた刀剣を見てきているイクサやシーリカである。なまなかな破損では驚きはしない。
その二人が絶句したのは、抜き放たれて露わになった刃の状態が予想以上のものだったからだ。
「……これは、ひどい」
イクサは、シーリカの手からダガーを受け取ると、まじまじと刃を眺めた。
刃には無数の刃毀れがあり、まるで鋸の様になっている。刃毀れと細かなヒビからは、赤茶けた錆が浮き、おまけに刃身が微妙に曲がってしまっている。
「……多分、使用時に破損させた状態のままで水気のあるような場所に長時間放置した結果、腐食や錆が進行してしまった……って感じの痛み具合ですね。結構修理金額嵩みますよ~、これを修復するとなると……」
シーリカが、赤錆の浮いた刃にそっと指を当てながら言う。
「……あ、もしかして……」
イクサの頭に、ある推理が浮かんだ。
彼は、額に浮いた汗をハンカチでしきりに拭き続けるスマラクトの方に向き直ると、恐る恐る訊いてみる。
「スマラクトさん……ひょっとすると、『問題』って……コレをタダで仕上げろとか、そういうゴリ押し系の……?」
だが、スマラクトはイクサの言葉に対して、首を左右に振る。
「い……いえ。寧ろ逆でして……」
「逆? 逆って……」
「お客様は、『修理額が500万未満だったら、言い値で払う』とおっしゃっていました」
「ご……500万?」
イクサは思わず絶句した。
「500万エィンですか! あたしの年収よりも全然多いじゃないですか!」
「俺でも、そんなに貰えてないよ……」
「ワタクシの2倍近いです……」
「あ……お、おう……」
イクサとシーリカの胸に、(スマラクトさん、それだけしか貰ってないんだ……)という思いが浮かんだが、その感慨は胸の奥で圧し殺した。
――いずれにしても、破格の限度額設定である。500万エィン出せば、この店で販売している新品のダガーが、最高級のグレードでも十振りは軽く揃えられる。
「確かに業物だけど、そこまでしてでも直したいのか………」
「もしかすると、どこかの貴族の家宝か何かなのかもしれませんね。――ところでスマ先輩、どんな人が持ってきたんですか、このダガー?」
シーリカが尋ねると、スマラクトは、目を上に向けて、思い出しながら答える。
「ええと……その、ですね……マントで全身をスッポリ覆って、フードを目深に被ってたので、詳しい人相は……。あ、で、でも、男の方でした、声は」
(…………)
……怪しい、怪しすぎる。下手しなくとも、まるで強盗を連想させる出で立ちだ。
(……何で、そんな怪しさ満点の人相手に、疑念も抱かず接客できるんだ、スマラクトさん?)
イクサは、呆れるというより、寧ろ感心してしまう。
と、スマラクトは、脂ぎった顔をパッと輝かせた。
「あ! ですが、修理カルテにご記入して頂いたので、お名前と住所は分かります!」
「あ、そうか。それなら……」
名前と住所が分かれば、依頼人の素性も分かる……と、イクサとシーリカは安堵したが、渡された修理カルテに目を通すと、深く絶望した。
「……あの、スマラクトさん……。コレ、氏名が“ジョン・ドゥ”ってなってるんですけど……」
「……しかも、住所に“北アトフメタ区9丁目”って書いてありますけど、北アトフメタ区って、5丁目までしか無い筈ですよ……」
「…………あ」
「「あ、じゃないよっ!」」
シーリカとイクサのツッコミが見事にハモった。
スマラクトは、困った顔をして、ポリポリと頭を掻いた。
「い……いやー、気付きませんでした。困ったお客様だなぁ……」
「困るのは、アンタの対応の方だよ!」
「そーです! 何、こんなあからさまに怪しい依頼を受けちゃってるんですか、スマ先輩!」
「……スミマセン」
二人に詰められ、しょげ返って項垂れるスマラクト。
イクサとシーリカは、困惑した顔を見合わせる。
「というか、名前も偽名で、住所も嘘……完了の連絡はどうすればいいんだろ?」
「あ、それは大丈夫です! お客様は、『二週間後に取りに来るから、それまでに必ず仕上げておいてくれ』と言い残してお帰りに……て、あれ、どうしたんですか、ふたりとも?」
「……何でアンタの言う『大丈夫』は、悉く大丈夫じゃないんだよ……」
イクサは頭を抱えながら嘆く。
「二週間って……メチャクチャ短いよ。工房総動員しても、ギリギリじゃん……」
「ま、まあ、ワタクシもギリギリだなぁとは思ったんですが、せっかくの大口契約だと思いまして……」
「いや、事前に相談して下さいよ、そういう事は」
「はあ……でも、その時には主任もシーリカくんも居なかったので……」
「あ…………」
そうだった。ついさっきまで、イクサとシーリカは一緒に休憩に入っていて、カウンターに居たのはスマラクトひとりだった……。
とはいえ、二週間で修復を完了させる事はタイトだが、強行軍で進めれば絶対に不可能な内容でも無い。工房のおやっさんからはまた小言を言われるだろうが、ここは頭を下げて……。
「――スマ先輩、イクサ先輩……これ、二週間じゃ絶対に無理ですよ」
「え……?」
頭をフル回転させて、スケジュールの組み立てを考えるイクサの耳に、シーリカの暗澹たる声が届き、彼は背筋を凍らせながら振り返った。
すると、シーリカが縋る様な目をして、ダガーの鍔に嵌め込まれた黒い宝石を指差す。
「これ……魔晶石です。――つまり、これはただのダガーではなくて、“元素短剣”だって事です……」
「……そ、それが?」
イクサは、平静を装って聴き直しつつも、己の背中にツーッと冷や汗が一筋流れるのを感じていた。
――エレメンタルダガーといえど、単なる修復で済むのなら、普通のダガーと納期は然程変わらない――アレさえ無事であれば。
が、シーリカが、『絶対に無理』と断言するという事は……。
「――多分、イクサ先輩も察しがつくと思いますけど……」
シーリカは、青ざめた顔で、ダガーをランプの光に翳す。嵌め込まれた黒い石が光を受けて、蒼い光を放った。
話の先を察して、絶望に満ちた顔になるイクサと、冷や汗を滝の様に流しながらそっぽを向くスマラクトを前に、シーリカは暗い声で結論を告げた。
「この魔晶石、瑕疵が入って、魔素が殆ど抜けちゃってます。つまり……修復不能です」
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