表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/114

CASE2-11 「それだけで終わりじゃあねえよなぁ?」

 マイスが、豪奢なベッドの上で心を千々に乱れさせている頃……、

 白獅子城から東へ九十ケイムほど離れた、王都ハルマイラの“ダイサリィ・アームズ&アーマー”の受付カウンターでは、イクサもまた落ち着き無い様子で、隣のカウンターをチラチラ窺い見ていた。


「ねーねー、シーリカちゃあん。今夜デートしようよ~」


 先日、マイスが追い返した例の騎士が、今度は凹んだ鉄兜を持ち込んで、修理の依頼に来たのだ。修理の受付はすぐに終わったが、騎士はそのままカウンターの椅子にどっしりと尻を据え、かれこれ1時間以上も居座り続けている。

 目的は明白。シーリカだ。

 彼女は、馴れ馴れしく手を握ったり、髪の毛を触ろうとしてくる騎士の手を必死で躱しながら、困り顔で愛想笑いを浮かべるしか無い。

 もちろん、イクサはすぐにでもふたりの間に割って入って、毅然とした態度で対応を代わってやりたいのだが、彼自身も動けない状況にあった。

 彼は、怯えしょげ返るスマラクトの隣に立って、何度も目の前でふんぞり返る髭面の客に頭を下げていたからだ。


「だからさあ。アンタ、ホントに客の事をナメてんじゃねえのかっつー話なんだよっ!」


 髭面の男は、ギョロ目を剥いて、スマラクトに向かって怒鳴りつける。

 スマラクトは、ビクリと身体を震わせ、ぎこちなく頭をちょこんと下げる。


「……スミマセン……」

「だから、スミマセンってなんだよ! 普通、お客様に謝罪する時は、『申し訳ございません』なんじゃあねえのか? 謝る時の態度も、ふて腐れてんだかぶーたれてんだか知らねえけどよぉ! もうちょっと、相応しい態度ってモンがあるんじゃねえのか、ええ?」

「……モウシワケゴザイ――」

「お客様、弊社社員の至らない態度が、お客様のお気持ちを害してしまいまして、大変申し訳ございません! カウンター責任者の私から、深くお詫び申し上げます。 ――大変申し訳ございませんでした」


 イクサはそう言って、厳つい髭面を朱に染めて、怒り心頭の眼前の客に対して、深々と一礼する。正直、触れたくはなかったが、傍らで棒立ちのままだったスマラクトの脂ぎった頭を鷲掴みして、強引に頭を下げさせた。

 髭面の客は、フンと鼻を鳴らすと、脚をカウンターに投げ出して、居丈高に言った。


「頭下げるのは勝手だけどよぉ、それだけで終わりじゃあねえよなぁ? ()()ってヤツを見せてもらわんと、コッチも腹の虫が治まらねえんだけどよぉ!」

(――やっぱり、そう来るよなぁ……)



 イクサは、深々と頭を下げたまま、心の中で舌打ちをした。客の態度や外見からも、当然予想できた要求だった。


 ――事の発端は、髭面男の投げ出された脚の下敷きになっている、ボロボロの短剣だった。

 髭面の男は、隣の騎士と殆ど同じタイミングで来店するや、スマラクトの座るカウンターの上にこの短剣を放り出して、


「コイツをタダで直せ」


 と、いきなり無理難題を付けてきたのだ。

 当然、スマラクトは「無理です」と断る。

 すると、髭面男は「お前の態度が気に食わん!」と、烈火の如く怒り狂い、スマラクトでは当然のように彼の怒りを抑える事はできず、


「テメエじゃ話にならねえ! 責任者を出せ!」


 と、お馴染みのクレーム追加攻撃コンボを叩き込まれ、あっさりと突破された彼に泣きつかれた結果、それまでシーリカの方を注視していたイクサが髭面男の方(コッチ)に引きずり込まれたという次第である。



 イクサは、心の中で溜息を吐くと、沈痛な表情を浮かべつつ、髭面男に問い返す。


「――大変恐れ入りますが……、“誠意”とは、一体どういった事でございましょうか?」

「ああ? 分からねえのかよ、テメエ……! 責任者のクセによぉ!」


 髭面男は苛立った様子で、カウンターに乗せた脚を浮かせて、ドンと踵を打ちつけた。隣のスマラクトの身体がビクリと震えるが、イクサは至って冷静だった。


「……大変恐れ入りますが、当方の不手際によって、お客様に不快な思いをさせてしまった事に対して、この様に深く謝罪をさせて頂く事が、精一杯の誠意でございます」

「だからよぉ! それじゃ治まらねえって、俺ぁ言ってんだよクソが!」

「では、どの様な“誠意”を、お客様はお望みなのでしょうか?」

「……だから、イチイチ言われねえと、そんな事も分からねえのかよ、ボケ! 察しろや――分かンだろ?」

「大変申し訳ございませんが……察しろとは、何をでございましょう?」

「……テメエも、俺をおちょくってんのか、アア?」

(……引っかからないか)


 表面では、いかにも恐れ入ったという体で、再度頭を下げながら、内心では渋面を作る。

 髭面男が一言、「誠意ってのは、カネの事に決まってんだろ!」か「誠意を持って、最初に俺が言った通りに、タダで直せや!」と口走ってくれれば、駆け引きの天秤はこちらに傾く。

 カネを要求すれば、脅迫だとして衛兵やギルド自警団に通報できるし、タダで直せという要求の方なら、明らかに過剰要求なので、これも毅然と突っぱね続けるだけだ。双方折れずに、最終的に裁判沙汰になったとしても、負ける事はあり得ない。

 もちろん、髭面男が焦れてキレて暴れ回ったら、それこそ器物損壊と暴行の現行犯だ。

 イクサは、髭面男が退いてくれないのならば、何とかそっちの方向へ誘導したいところなのだが、髭面男もそこら辺は心得ているのか、()()()()()()()()()()のか、迂闊な行動には移らない。

 何とか、()()()()()()“カネ”か“無料修理”の言質を取ろうと、言外に仄めかすばかりだ。

 ――万が一、こちらから話を振ってしまうと、髭面男の要求は“脅迫”でも“過剰要求”でもない、ダイサリィ・アームズ&アーマー側からの“提案”となってしまう。

 だから、絶対に口走ってはならない。あくまで“分からない”としらを切り続けるのが、今回の状況の最適解――。

 だが、こちらの対応が長引けば長引くほど――、

 シーリカの方の状況は、悪くなる一方だった。


「いいじゃあん、シーリカちゃ~ん! 一回だけで良いからさ! 美味しいスペアリブを出す肉料理屋を知ってるからさぁ♪ もし疲れたら、2階の部屋で休憩もできるんだよ~ウフフ」

「で……ですから、お客様……そういうのはちょっと……」

「だから~、オレの事は、お客様じゃなくて、ラシーヴァって、名前で呼んでよ。シーリカちゃんとオレの仲じゃん!」


 そう言うと、騎士――ラシーヴァは、そのニキビ面でニヤニヤと笑ってみせた。――傍目で見ても気味が悪い笑みだった。

 シーリカは顔を青ざめさせ、弱々しい愛想笑いを浮かべながらも、断固とした様子で首を横に振った。


「――()()()、申し訳ないですけど……本当にムリなんで……ゴメンなさい」

「ええ~? つれない事言わないでよ~、シーリカちゃあん!」


 シーリカは、一瞬だけ横のイクサの方へと顔を向けた。その蒼い瞳が、少しだけ潤んでいる。


(ヤバい――シーリカちゃん、もう限界だ!)

「――お客様、大変申し訳ございませんが、少しだけ失礼させていた――」

「ああん? 俺の話はまだ終わってねえぞ! 何を逃げようとしてるんだゴラァッ!」

「いえ……決して、逃げようという訳では――」


 イクサは見た。

 激昂する髭面男に言葉を返そうとした時、――髭面男とラシーヴァが一瞬、視線を合わせてニヤリと笑みを交わしたのを。

 その瞬間、彼は悟った。


(コイツら――グルだ!)


 髭面男が適当なクレーム……最早イチャモンをつけて、イクサとスマラクトを引きつけている間に、シーリカに張り付いたラシーヴァが彼女を口説き落とす――そういう計画だったのだ、最初から!

 恐らく、ラシーヴァの計画における最大の障害になりうるマイスが、現在出張中で不在だという情報も事前に掴んだ上での決行だろう。

 思わず、イクサの表情が険しくなる。が、それも、髭面男の思惑通り――!


「あん? 今度はテメエか? 何だ、そのツラはよぉ! それが、お客様に向けるツラだってのかぁ、アアッ!」

「……いえ、とんでもございません……申し訳……ございません……」


 イクサは、再び深く頭を下げるが、腸は煮えくりかえっていた。

 (お前らのどこがお客様だ!)と叫び出したくなる衝動を、“ダイサリィ・アームズ&アーマー”のカウンター責任者としての義務感で無理矢理押さえつける。

 一方の髭面男は、ここぞとばかりに笠に着て、イクサを責め立てようとする。


「だからよぉ! 申し訳ございませんじゃあ、もう済まねえんだよ! どう落とし前付けるってんだぁ、アア?」


 そして、その隣でシーリカを口説き落とそうと舌なめずりをするラシーヴァ。


「いいじゃんいいじゃん! 取って食う訳じゃないんだからさあ! ――あんまりつれないと、オレにも考えがあるよん?」


 ふたりにそれぞれ責め立てられて、防戦一方のイクサとシーリカ(とスマラクト)。イクサの心の中が、焦燥と怒りと憂慮でグチャグチャになり始める。


(……ヤバい。このままの流れは……! ――だったら)


 もう自棄だ! こうなったら、自分のクビをかけてでも――!

 と、覚悟を決めたイクサが、目の前の髭面男に、自爆覚悟の奥の手を叩きつけようと口を開く――その寸前、


 カラン カラン――


 入り口の扉が開き、取り付けられた鈴が涼やかな音を立てる。

 そして、嗄れた老人の声がフロアに響いた。


「――バスタラーズじゃ。シーリカさんを頼む」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ