CASE2-11 「それだけで終わりじゃあねえよなぁ?」
マイスが、豪奢なベッドの上で心を千々に乱れさせている頃……、
白獅子城から東へ九十ケイムほど離れた、王都ハルマイラの“ダイサリィ・アームズ&アーマー”の受付カウンターでは、イクサもまた落ち着き無い様子で、隣のカウンターをチラチラ窺い見ていた。
「ねーねー、シーリカちゃあん。今夜デートしようよ~」
先日、マイスが追い返した例の騎士が、今度は凹んだ鉄兜を持ち込んで、修理の依頼に来たのだ。修理の受付はすぐに終わったが、騎士はそのままカウンターの椅子にどっしりと尻を据え、かれこれ1時間以上も居座り続けている。
目的は明白。シーリカだ。
彼女は、馴れ馴れしく手を握ったり、髪の毛を触ろうとしてくる騎士の手を必死で躱しながら、困り顔で愛想笑いを浮かべるしか無い。
もちろん、イクサはすぐにでもふたりの間に割って入って、毅然とした態度で対応を代わってやりたいのだが、彼自身も動けない状況にあった。
彼は、怯えしょげ返るスマラクトの隣に立って、何度も目の前でふんぞり返る髭面の客に頭を下げていたからだ。
「だからさあ。アンタ、ホントに客の事をナメてんじゃねえのかっつー話なんだよっ!」
髭面の男は、ギョロ目を剥いて、スマラクトに向かって怒鳴りつける。
スマラクトは、ビクリと身体を震わせ、ぎこちなく頭をちょこんと下げる。
「……スミマセン……」
「だから、スミマセンってなんだよ! 普通、お客様に謝罪する時は、『申し訳ございません』なんじゃあねえのか? 謝る時の態度も、ふて腐れてんだかぶーたれてんだか知らねえけどよぉ! もうちょっと、相応しい態度ってモンがあるんじゃねえのか、ええ?」
「……モウシワケゴザイ――」
「お客様、弊社社員の至らない態度が、お客様のお気持ちを害してしまいまして、大変申し訳ございません! カウンター責任者の私から、深くお詫び申し上げます。 ――大変申し訳ございませんでした」
イクサはそう言って、厳つい髭面を朱に染めて、怒り心頭の眼前の客に対して、深々と一礼する。正直、触れたくはなかったが、傍らで棒立ちのままだったスマラクトの脂ぎった頭を鷲掴みして、強引に頭を下げさせた。
髭面の客は、フンと鼻を鳴らすと、脚をカウンターに投げ出して、居丈高に言った。
「頭下げるのは勝手だけどよぉ、それだけで終わりじゃあねえよなぁ? 誠意ってヤツを見せてもらわんと、コッチも腹の虫が治まらねえんだけどよぉ!」
(――やっぱり、そう来るよなぁ……)
イクサは、深々と頭を下げたまま、心の中で舌打ちをした。客の態度や外見からも、当然予想できた要求だった。
――事の発端は、髭面男の投げ出された脚の下敷きになっている、ボロボロの短剣だった。
髭面の男は、隣の騎士と殆ど同じタイミングで来店するや、スマラクトの座るカウンターの上にこの短剣を放り出して、
「コイツをタダで直せ」
と、いきなり無理難題を付けてきたのだ。
当然、スマラクトは「無理です」と断る。
すると、髭面男は「お前の態度が気に食わん!」と、烈火の如く怒り狂い、スマラクトでは当然のように彼の怒りを抑える事はできず、
「テメエじゃ話にならねえ! 責任者を出せ!」
と、お馴染みのクレーム追加攻撃コンボを叩き込まれ、あっさりと突破された彼に泣きつかれた結果、それまでシーリカの方を注視していたイクサが髭面男の方に引きずり込まれたという次第である。
イクサは、心の中で溜息を吐くと、沈痛な表情を浮かべつつ、髭面男に問い返す。
「――大変恐れ入りますが……、“誠意”とは、一体どういった事でございましょうか?」
「ああ? 分からねえのかよ、テメエ……! 責任者のクセによぉ!」
髭面男は苛立った様子で、カウンターに乗せた脚を浮かせて、ドンと踵を打ちつけた。隣のスマラクトの身体がビクリと震えるが、イクサは至って冷静だった。
「……大変恐れ入りますが、当方の不手際によって、お客様に不快な思いをさせてしまった事に対して、この様に深く謝罪をさせて頂く事が、精一杯の誠意でございます」
「だからよぉ! それじゃ治まらねえって、俺ぁ言ってんだよクソが!」
「では、どの様な“誠意”を、お客様はお望みなのでしょうか?」
「……だから、イチイチ言われねえと、そんな事も分からねえのかよ、ボケ! 察しろや――分かンだろ?」
「大変申し訳ございませんが……察しろとは、何をでございましょう?」
「……テメエも、俺をおちょくってんのか、アア?」
(……引っかからないか)
表面では、いかにも恐れ入ったという体で、再度頭を下げながら、内心では渋面を作る。
髭面男が一言、「誠意ってのは、カネの事に決まってんだろ!」か「誠意を持って、最初に俺が言った通りに、タダで直せや!」と口走ってくれれば、駆け引きの天秤はこちらに傾く。
カネを要求すれば、脅迫だとして衛兵やギルド自警団に通報できるし、タダで直せという要求の方なら、明らかに過剰要求なので、これも毅然と突っぱね続けるだけだ。双方折れずに、最終的に裁判沙汰になったとしても、負ける事はあり得ない。
もちろん、髭面男が焦れてキレて暴れ回ったら、それこそ器物損壊と暴行の現行犯だ。
イクサは、髭面男が退いてくれないのならば、何とかそっちの方向へ誘導したいところなのだが、髭面男もそこら辺は心得ているのか、クレーム慣れしているのか、迂闊な行動には移らない。
何とか、こちら側から“カネ”か“無料修理”の言質を取ろうと、言外に仄めかすばかりだ。
――万が一、こちらから話を振ってしまうと、髭面男の要求は“脅迫”でも“過剰要求”でもない、ダイサリィ・アームズ&アーマー側からの“提案”となってしまう。
だから、絶対に口走ってはならない。あくまで“分からない”としらを切り続けるのが、今回の状況の最適解――。
だが、こちらの対応が長引けば長引くほど――、
シーリカの方の状況は、悪くなる一方だった。
「いいじゃあん、シーリカちゃ~ん! 一回だけで良いからさ! 美味しいスペアリブを出す肉料理屋を知ってるからさぁ♪ もし疲れたら、2階の部屋で休憩もできるんだよ~ウフフ」
「で……ですから、お客様……そういうのはちょっと……」
「だから~、オレの事は、お客様じゃなくて、ラシーヴァって、名前で呼んでよ。シーリカちゃんとオレの仲じゃん!」
そう言うと、騎士――ラシーヴァは、そのニキビ面でニヤニヤと笑ってみせた。――傍目で見ても気味が悪い笑みだった。
シーリカは顔を青ざめさせ、弱々しい愛想笑いを浮かべながらも、断固とした様子で首を横に振った。
「――お客様、申し訳ないですけど……本当にムリなんで……ゴメンなさい」
「ええ~? つれない事言わないでよ~、シーリカちゃあん!」
シーリカは、一瞬だけ横のイクサの方へと顔を向けた。その蒼い瞳が、少しだけ潤んでいる。
(ヤバい――シーリカちゃん、もう限界だ!)
「――お客様、大変申し訳ございませんが、少しだけ失礼させていた――」
「ああん? 俺の話はまだ終わってねえぞ! 何を逃げようとしてるんだゴラァッ!」
「いえ……決して、逃げようという訳では――」
イクサは見た。
激昂する髭面男に言葉を返そうとした時、――髭面男とラシーヴァが一瞬、視線を合わせてニヤリと笑みを交わしたのを。
その瞬間、彼は悟った。
(コイツら――グルだ!)
髭面男が適当なクレーム……最早イチャモンをつけて、イクサとスマラクトを引きつけている間に、シーリカに張り付いたラシーヴァが彼女を口説き落とす――そういう計画だったのだ、最初から!
恐らく、ラシーヴァの計画における最大の障害になりうるマイスが、現在出張中で不在だという情報も事前に掴んだ上での決行だろう。
思わず、イクサの表情が険しくなる。が、それも、髭面男の思惑通り――!
「あん? 今度はテメエか? 何だ、そのツラはよぉ! それが、お客様に向けるツラだってのかぁ、アアッ!」
「……いえ、とんでもございません……申し訳……ございません……」
イクサは、再び深く頭を下げるが、腸は煮えくりかえっていた。
(お前らのどこがお客様だ!)と叫び出したくなる衝動を、“ダイサリィ・アームズ&アーマー”のカウンター責任者としての義務感で無理矢理押さえつける。
一方の髭面男は、ここぞとばかりに笠に着て、イクサを責め立てようとする。
「だからよぉ! 申し訳ございませんじゃあ、もう済まねえんだよ! どう落とし前付けるってんだぁ、アア?」
そして、その隣でシーリカを口説き落とそうと舌なめずりをするラシーヴァ。
「いいじゃんいいじゃん! 取って食う訳じゃないんだからさあ! ――あんまりつれないと、オレにも考えがあるよん?」
ふたりにそれぞれ責め立てられて、防戦一方のイクサとシーリカ(とスマラクト)。イクサの心の中が、焦燥と怒りと憂慮でグチャグチャになり始める。
(……ヤバい。このままの流れは……! ――だったら)
もう自棄だ! こうなったら、自分のクビをかけてでも――!
と、覚悟を決めたイクサが、目の前の髭面男に、自爆覚悟の奥の手を叩きつけようと口を開く――その寸前、
カラン カラン――
入り口の扉が開き、取り付けられた鈴が涼やかな音を立てる。
そして、嗄れた老人の声がフロアに響いた。
「――バスタラーズじゃ。シーリカさんを頼む」




