CASE1-1 「君には、もう少し頑張ってもらいたいな~って思うのよね……」
(イラスト・ばにら。様)
エオギウス大陸の南部に栄えるガイリア王国。その首都が、ハルマイラだ。
人々に『エオギウスの宝石』と呼ばれ讃えられる、美しい都市である。
綺麗に舗装された道々にはキレイに剪定された緑が満ち、商業や生産業も盛んで、街の人々の顔には笑顔が絶えず、活気に満ち溢れている。
そして、ハルマイラの城下町の一角に店を構えているのが、武器防具修理工場『ダイサリィ・アームズ&アーマー』である。
通りの他の店に比べるとやや小ぶりで古びた店だが、店先の清掃は行き届き、外壁やガラス窓もキッチリと磨かれており、心地よい清潔感を、行き交う人々に印象づけていた。
もちろん、店の評判も上々で、丁寧な仕事ぶりと行き届いたアフターケアで、顧客である王国軍の騎士や冒険者達の支持も篤い。
だが、この小さな店の話題としてもっぱら取り上げられるのは、何と言っても、店舗と工房を取り仕切る見目麗しき店主の事についてだった。
その名は――マイス・L・ダイサリィ。
彼女を目の当たりにした男達は、まず、彼女の人並み外れた美貌に心を奪われる。
雪のように白い肌。まるで優しく照らす朝日の光のような、緩やかに波打つプラチナブロンドの髪。すらりとのびた鼻梁。きらきらと生気に満ち溢れた輝きを放つ紫色の瞳。瑞々しい弾力を感じさせる、ぷっくりとした唇……。
奇跡的に整ったバランスで構成された容貌は、まるで神が作りたもうた彫刻が地上に落ちて、気まぐれに生を得たのでは無いか……と錯覚を抱かせるほどだった。
数多の大富豪や貴族や王族から熱烈な求婚を受けた――という噂もある。ただの町娘ならば、真っ赤な嘘だと一笑に付される程度の根も葉もない噂だったが、噂の主がマイスだとなると、途端に信憑性を帯びるのであった――。
――そんな彼女の輝くばかりの美貌は、昼下がりの長閑な陽の光が差し込む『ダイサリィ・アームズ&アーマー』のオフィスで、この上なく曇っていた。
彼女は、樫の木製のデスクに両肘をつき、組み合わせた両手に形の良い顎を軽く乗せて、机の向こう側で直立不動の若い男をジト目で見据えている。
「……だからさ、イクサくん」
「は……はい!」
静かに吐き出された呼びかけに、イクサと呼ばれた若い男は、その身体をビクリと震わせた。
「――確かに、アイザイクさんが突然引退したからっていう店の都合で、急遽カウンター責任者になってもらった事には感謝してるし、満足なノウハウも伝えきれていないのに、大変な部署に就かせてしまった事に対しては申し訳ないとも思っているのだけれど……」
そう言うと、彼女は大きな溜息を吐いた。
「……君には、もう少し頑張ってもらいたいな~って思うのよね……」
「す、すみません。……俺も、仕事……頑張っている、つもりでは……あるんですけど」
落ち着かない様子で青灰色の髪の毛をいじりながら、イクサは小さな声で抗弁する。
マイスは、彼の言葉にピクリと眉を上げ、一呼吸置くと小さく頷いた。
「――ええ、そうね。仕事はいっつも丁寧だし、書類整理もきっちりしてくれてるし、毎日、お店の前の掃き掃除や拭き掃除も怠けないでやってくれてるものね。私も、それは偉いと思ってるし、頑張ってるのも見て知っているわ。――でもね」
彼女は一度言葉を切ると、その深紫色の目で、イクサのはしばみ色の目をジーっと見つめた。氷龍の息吹も斯くやというマイスの視線の冷たさに、イクサの顔から滝のような冷や汗が流れる。
「私が言いたいのは、そういう“いち従業員”としての仕事だけじゃなくって、“カウンター責任者”としての仕事の方も頑張ってほしいな、って事なの」
「あ……は……はい……」
身を小さく小さく屈めるイクサに、マイスは溜息を吐き、更に言葉を続ける。
「バッサリ言っちゃうけど――あんな簡単に突破されないでくれる?」
もはや返す言葉も無く、無言で頷くだけのイクサ。
『あんな』とはもちろん、先程のゲリラルの言いがかりの件である。
「イクサくん……キミ、責任者だよね? あんな脳筋が捻くりだした頭の悪いイチャモンに、何を押し切られかかってるのよ? ――君も一目見て、あの大剣がゾンビ相手に使われたって事は判ったよね?」
マイスの言葉に、小さく頷くイクサ。
「さすがに判ってたよね。――良かった。もし、そんな事も判らないようだったら、即座にカウンターから引っ込めようと思ってたから……」
安堵の溜息を吐くも、すぐさま厳しい表情に戻し、更に言葉を続けようとするマイスだったが、その前にイクサが口を開いた。
「で、でも、あの方は最初っから喧嘩腰で……こちらが説明しようとしても興奮して捲し立てられてしまって……」
「喧嘩腰? そりゃそうでしょ、アイツは最初っから喧嘩する気で来てるんだから」
「ぐ…………」
自分の抗弁を、バッサリと切り捨てられ、イクサは言葉に詰まる。
マイスは、眉間に皺を寄せて、こめかみを指で押さえながら言葉を続ける。
「クレーマーなんて輩は、みんなそんなモンなのよ。彼らの望みは、単純にお金かもしれないし、店を屈服させて悦に浸ろうなんて嗜虐心かもしれないし、自分のミスを認めたくないあまりの責任転嫁・自己肯定手段なのかもしれない。――だから、アイツみたいに、最初っから過剰な程に攻撃的な事が多いわ。――たまに、冷静を装って理詰めで追い込んでくる頭脳派もいるけどね……」
「……あはは」
「あははじゃないが」
「……すみません」
真顔で睨まれ、更に身体を縮こまらせるイクサ。
マイスは、ジト目で彼を見据えながら、ゴホンと咳払いをして話を続ける。
「――もちろん、こちら側の落ち度が元の真っ当な苦情の事もあるから、最初から決めつけて対応を変えるのは良くないけど、大体は、お客様の話を伺ってれば判断がつくわ。貴方に頑張ってほしいのは、そこら辺の初期判断。これが一つ」
「一つ……」
って事は、まだあるのか……イクサは心中で辟易する。
「……貴方、『まだあるのかよ、かったるいなぁ』って思ったでしょ、今」
「……すみません」
心の内を見透かされたイクサは観念して、深々と頭を下げる。
「そうやって、素直に謝れるっていうのは悪くはないんだけどねぇ……」
マイスは、困った顔でチェアに深く腰掛ける。
「二つ目は、正にそれ。イクサくんは、思ってる事が簡単に顔に出すぎなのよ。『嫌だな~』とか『面倒くさいな~』とか『怖いな~』っていう心の声が、表情で相手にダダ漏れなのよね。だから、向こうにつけ込まれる」
「……はあ」
「今、『分かってますよ、それくらい』って思ったでしょう?」
「…………はい」
「好意的に考えれば、心根が素直だって事なんだろうけど……。クレーム対応に限らず、全ての交渉事に於いてはマイナスにしかならないわよ。たとえ、腸が煮えくりかえってても、痛いところを衝かれて焦っていても、上辺では微笑みを絶やさずにいられるようにしないとね」
(確かに、マイスさんは、上手いよなぁ、そこら辺……)
「……今度は、『マイスさんは、作り笑いが上手いよなぁ』って思ったでしょ、イクサくん」
マイスは頬を膨らませ、上目遣いでイクサを睨む。――怒った顔も綺麗だなぁ……と思いかけて、その怒りの矛先が自分に向いている事に気が付いたイクサは、ワタワタと焦る。
「い? いえ! 違います! ……いや、大体合ってるけど、微妙なニュアンスが、ちょっと違――」
「もうっ! そろそろ切り上げようと思ったけど、貴方がそんな失礼な事を思ってるんだったら、ミッチリと『責任者の心構え』ってヤツを教え込んであげるわ! 覚悟しなさいっ!」
「い……いや、誤解ですってばぁ~!」
イクサの必死の弁解も虚しく、マイスの説教は、日が傾くまで続くのだった――。
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