プロローグ1-2 「ご理解頂けたようで幸いです」
【お知らせ】
この世界での単位について説明致します。
長さの単位は
セイム、エイム、ケイムで表されます。
1セイムは1cm、1エイムは1m、1ケイムは1kmと同じ長さになります。
重さの単位は
ジイグ、ケイグ、ティン
1ジイグは1g、1ケイグは1kg、1ティンは1tと同じ重さになります。
貨幣単位は、エィン。
1エィンは1円と同じ価値です。
計算が面倒くさいので、現実の単位と同じにしました(笑)。
「……なるほど、状況は大体把握致しました」
巨漢の話を聞いたマイスは、小さく頷いた。
「――お客様にご不便をお掛けしてしまい、大変申し訳ございません」
彼女は謝罪の言葉を述べると、最高級の椅子にどっかりと腰を下ろした巨漢に向かって深々と頭を下げる。
その拍子に、彼女の耳にかかっていた金の後れ毛がはらりと落ちて、ゾクッとするほど色っぽい。
「お――おう! 分かれば良いんだよ! 姐ちゃん、さすがに責任者なだけあるな! さっきのボケカスより、よっぽど話が早えや!」
彼女のうなじを下劣な目で舐めるように凝視しながら、巨漢は上機嫌で言った。
そして、鼻息を荒くしながら身を乗り出し、威圧的な態度で言葉を継ぐ。
「――で、でよ! オレが被ったそのご不便に対して、お宅らはどんな落とし前を付けてくれるってんだよ? あ?」
「――落とし前、でございますか? ……何の事でしょう?」
だが――巨漢の脅迫めいた声を聞いたマイスは、彼の思惑とは裏腹に、怪訝な表情を浮かべながら小首を傾げるだけだった。
彼女のとぼけた態度に、巨漢の機嫌はたちまち急降下する。
「――あ? 落とし前だよ、お・と・し・ま・え! てめえらのクソみてえなミスのせいで、オレは危うく死にかけたんだ! 相応のカネなりブツなりの誠意を見せてもらえるんだろ? ――あ、それか……」
巨漢はジュルリと舌なめずりをすると、マイスのメリハリのきいた魅力的な身体を睨め回すように見ながら、下卑た声で言った。
「カネやブツじゃなくても――姐ちゃんが、オレと一晩付き合ってくれるなら、それで勘弁してやらない事も――」
「おっしゃっている意味が解りかねますわ、ゲリラル様」
「――!」
突然、名前を呼ばれて、巨漢――ゲリラルは目を見開いた。
「あれ? オレ、アンタに名乗ったっけか?」
「いえ、直接お名前は伺っておりません。ですが、あの剣の形状から、この修理カルテを特定いたしまして、お客様の情報も既に確認しております」
マイスはニコリと微笑んで、カウンターに刺さったままの大剣を指さし、次いで紐で綴じられたファイルを掲げて見せた。
彼女は、修理カルテをパラパラと捲りながら、涼やかな声で淡々と話し始める。
「――修理カルテによりますと、ゲリラル様がこちらの大剣を弊社にお預けになったのは、3月2日……。引き渡しが3月29日となっております。……それは確かでしょうか?」
「あ……ああ? 知らねえよ、細かい日付は! でも、大体そんぐらいだったと思うぜ! それが何だって――」
「ありがとうございます」
マイスは、ゲリラルの声を遮るように頭を下げ、淡々と言葉を継いだ。
「ちなみに――お引き渡しの際、カウンターの担当者より、使用上の注意をお伝えさせておりますよね?」
「だーかーらっ! それが何だって言うんだよ! 関係ねえだろ、んな事は――」
「関係、大ありでございますわ」
「――!」
苛立ち始めたゲリラルの怒鳴り声を、涼やかな――寧ろ、厳冬の湖の冷たさを感じさせる声で制するマイス。その迫力に圧されて、ゲリラルは思わず言葉を飲み込む。
一方のマイスはにこやかな表情を崩さず、修理カルテをゲリラルに向けて見せながら、静かな声で話を続ける。
「その『使用上の注意』とは、この様なものでした。――『当剣に施された真水晶被膜加工は、ドラゴンに対して抜群の威力を発揮しますが、アンデッド系の腐敗血や、“瘴氣”“幽氣”“尸氣”に対しては非常に弱いので、決してアンデッドに対しては使用しないで下さい』――と。……覚えていらっしゃいますか?」
「…………知らねえ! 忘れた!」
ゲリラルは、極めて不機嫌に吐き捨てた。が、その顔は、心なしか青ざめているように見える。
「確かに説明したはずです。――ここに、お客様のサインが記入されてますので」
マイスの白魚のような指が、修理カルテの『注意事項を確認しました』と書かれた欄に殴り書きされたサインを指し示す。
ゲリラルは彼女が示したサインを一瞥するが、すぐに目を逸らし、声を荒げた。
「――だったら何だよ! オレが言ってるのは、そんな事じゃ――!」
「そんな事ですわ」
額にじっとりと脂汗を浮かべているゲリラルの顔を、マイスは鋭い光を放つ紫瞳で見据える。
そして、静かに……そしてキッパリと言い切った。
「――お客様、この剣をアンデッド戦でご使用になりましたね?」
「――な、な、何で分か……いや、言い切れるんだよ、テメエ!」
ゲリラルは目を忙しなく泳がせながらも、なけなしの虚勢を張って怒鳴り散らし、カウンターを巨きな拳で力任せに殴りつける。
「あら、分かりますわよ?」
が、ゲリラルの狼藉を前にしても、マイスは涼しい顔だ。
彼女はカウンターに刺さった大剣を引き抜くと、その刃身を指で指し示しながら説明を続ける。
「この刃全体に浮いた赤黒い腐食痕は、真水晶被膜加工がアンデッドの幽氣に晒されて出来るものです。――それに、この蜘蛛の巣のような放射状の亀裂は、アンデッド……恐らく食人鬼の牙に噛みつかれたものでしょう。――他にも5点ほど、この剣がアンデッド系に対して使用された証拠をご提示できますが――続けますか?」
「…………」
ゲリラルの沈黙が、事の真相をこの上なく雄弁に物語っていた。
マイスは、「結構」と微笑むと、淡々と結論を述べる。
「――という事を踏まえまして、今回発生した大剣の破損に関しては、お客様の“使用上の過失”となります。よって、お客様の被られた損失を、当社が補填する義務は負いかねますので――」
そう告げると、マイスはツカツカと店の入り口に向かい、そのドアを大きく開け放った。
そして、項垂れるゲリラルに向かって満面の営業スマイルを向け、トドメを刺しにかかる。
「どうぞ、お引き取り下さいませ」
「い……いや、待て、姐ちゃん! テメエ、さっきオレに謝ったじゃねえか! 『ご不便をお掛けして、誠に申し訳ございません』って――!」
「――ええ、確かに申しました」
ゲリラルの言葉に、あっさりと頷くマイス。ゲリラルは拍子抜けしながらも、身を乗り出して叫ぶ。
「な――なら!」
「……ですが」
マイスは、そう続けると、満面の営業スマイルを彼に向けた。
「それは、『弊社従業員が、ゲリラル様の、自分の過失を棚上げした図々しいイチャモンの意図にも気付けないノータリンで、お客様に無駄な時間と期待をかけさせてしまって』申し訳ございません、という意味で申し上げただけですわ」
「な……な――?」
「――という事で、どうぞお引き取りを」
「……ふ……ふ……」
ゲリラルは、マイスの言葉にフルフルと背中を震わせる。
そして――、
「ふ――ざけるなあぁっ!」
こめかみに青筋を立てて、やおら立ち上がり、それまで座っていた椅子を掴み上げると、マイスの方に向かって思いっきり投げつけた。
が、マイスは無駄の無い動きで、飛んでくる椅子を優雅に避けた。
椅子は、彼女の背後の壁に衝突し、粉々に砕け散る。
マイスは、背後を振り返ると、溜息を吐きながらゲリラルに言った。
「……あらあら。この椅子、高いんですよ。壁も凹んでしまったし……弁償、して頂けますよね、ゲリラル様?」
「うるせえっ! テメエが悪いんだろうが! グダグダ言ってねえで、とっととオレに誠意を示しやがれぇっ!」
マイスの挑発的な言葉を聞いて更に逆上したゲリラルは、腰のベルトに挟んでいた肉厚のナイフを抜き、マイスに向かって襲いかかる。
が、彼の手に煌めく銀の光を見留めても、マイスの顔には柔らかな微笑が張り付いたままだ。ただ一言、
「――抜きましたね」
と呟いた彼女は、僅かに脚を曲げ、腕を前に構えた。
「くたばれ、クソアマアアアアァッ!」
腰溜めにナイフを構えて、マイスの腹を抉ろうと迫るゲリラル。
ナイフが自らの腹に届く直前、マイスは右足を軸にして、身体をくるりと一回転させた。
ゲリラルの必殺のナイフは、虚しく空を切る。
「お……おおおおっ!」
攻撃を躱されてバランスを崩すゲリラルの胴を、マイスは後ろ手に抱えた。
そして、「よいしょっと」と声をあげながら、そのまま自分の全体重を掛けてのしかかる。
たまらず、バランスを崩し、俯せのまま受け身も取れずに床に叩きつけられるゲリラル。その拍子に顔面も勢いよく床にぶつけ、鼻の骨が折れた。
「痛でででぇっ!」
夥しい鼻血が噴き出し、ゲリラルは一瞬気を失いかけた。――が、首に冷たい感触を感じて我に返ると、その顔はサーッと青ざめる。
「フフ……分かります? ゲリラル様の首に巻き付いているモノ……」
楽しそうに弾んだ声で、マイスはゲリラルの耳元に囁きかける。美女に背後から抱きつかれるという、男としては実に羨ましい状況だが、今のゲリラルにとっては、とても喜べる事態では無い。
ゲリラルは、呻くように言った。
「な……何だ……何をしやが――」
「これはですねえ。アルムール鋼を超細糸状に延ばして、それを撚り合わせて作った、極細にして最硬の鋼の紐なんですよ。――これで締め上げれば、人の首なんて、ケーキを切るよりも簡単に切り落とせちゃうんです」
「ひ、ひ――! や、やめ……やめ……!」
「――とはいっても、まだ、臨床試験は済んでないんですよね……」
そう言うと、マイスはゲリラルの耳に口を近づけ、吐息のような幽かな声で囁いた。
「――貴方の首で、臨床試験してみても……いいですか?」
「……や、止めろッ……いえっ! や、止めて下さいっ! お……オレが悪かった! 悪かったです! ゴメンなさい、ホント……本当にごめんなさあああああい!」
遂に、子供のようにガタガタ震えて泣き出したゲリラル。
「――ご理解頂けたようで幸いです、ゲリラル様」
マイスは、彼の言葉を聞くとニッコリと笑って、鋼の紐を彼の首から外し、スックと立ち上がった。
そして、泣きじゃくるゲリラルに向かって、最高の笑顔を向けて言った。
「あ、先程損壊されました椅子と壁の修理代金――あと、『業務妨害損害賠償』に関しましては、後ほど請求書をお届け致しますので、お早めのお支払いを宜しくお願い致しますわ♪」
是非とも、忌憚の無いご意見、評価を宜しくお願い致します!
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