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CASE1-10 「“対価”って、何もお金だけじゃないのよ?」

挿絵(By みてみん)


【イラスト・たけピーチャンネル様】


 その日の営業は、比較的平穏に時間が過ぎた……スマラクト以外は。

 スマラクトは、マイスに相当キツく絞られたらしく(一昨日のエレメンタル・ダガーの件なのか、今朝の失言の件か、それとも両方か……)、昼前に解放された時には、朝とは別人の様にゲッソリと(やつ)れていた。

 何となく、彼のただでさえ薄い頭髪がますます薄くなった気がしないでもなかったが、それを本人に伝えるのはオーバーキルに過ぎると察し、イクサもシーリカも見ないふりをしてあげた。

 さすがに、背中に死神を1ダースほど背負って歩いているような顔のスマラクトをカウンターに置くわけにもいかなかったので、バックヤードで整理と片付けを任せ、カウンターをイクサとシーリカの二人で回す形になった。

 が、客が少ない日だったので、それ程混乱もせず、恙無(つつがな)く閉店まで漕ぎ着けることができたのは幸いだった。

 ――そう。()()()()()



 「――イクサ先輩。……ボスがお呼びです」


 取締役室に本日の日報を提出し、カウンターまで戻ってきたシーリカが告げた一言に、イクサの背筋に冷たいモノが走った。


「……な、何だろう……」


 途端に青ざめ、顔を引き攣らせるイクサ。

 そんな彼に思わず苦笑しながら、シーリカは言った。


「あ……そんなにご機嫌斜めな感じでは無かったので、そんなに怯えなくても大丈夫だと思いますけど」

「あ、そ、そう? ……でも、あの人は、外見からじゃ機嫌の良し悪しが分からないからなぁ……」


 イクサは、首筋に浮いた冷や汗を拭いながら、独りごちる。

 とはいえ、ボスからのお呼び出しを無視する訳にもいかない。さすがに、エレメンタル・ダガーの件以上のやらかしは犯していない……はずだ、多分。


「……やれやれ、じゃあ行ってくる。――骨は拾ってくれよ」

「うふふ。ご武運をお祈りします!」


 シーリカと軽口を叩き、笑い合う。魔晶石が見つからずに八方塞がりでお先真っ暗だった昨日の今頃とは、比べ物にならないほどに心が軽い。

 イクサは、計算の終わった帳簿を閉じて棚に戻すと、ゆっくりと立ち上がった。


「じゃ、あとの片付けは頼むね。話が長引くかもしれないから、先に上がっていいからね…………て、どうしました、スマラクトさん?」


 イクサは訝しげな表情を浮かべ、カウンターの隅で頭を抱えながらブルブルと震えているスマラクトに尋ねた。

 彼の問いかけに、スマラクトは「ヒィッ!」と裏返った悲鳴を上げ、ますます小さく身体を丸め、うなされているかのようにブツブツと呟く。


「……ぼ、ボ、ボス……す、す、スミマセン……。もうしません……もう言いません……ワタクシが悪うございました……こ、今後は心を入れ替えて……」

「ま……まあ、今日はゆっくりと休んで下さい、ね」


 スマラクトは、マイスに何を言われてこうなったのか……イクサは取締役室に行くのが大分怖くなった……。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「……失礼します、ボス」

「――ああ、イクサくん。入って入って」


 覚悟を決めて、取締役室の分厚いオーク材のドアをノックしたイクサに、いつもと変わらない様子のマイスの声がかけられた。


(声の調子だと、ご機嫌は悪くなさそうだけど……)


 油断は禁物。イクサは、緩みかけた気持ちと顔を引き締めて、室内に入る。


「……ご用件は、何でしょうか、ボス?」


 彼女の机の前で、背筋を伸ばすイクサ。

 マイスは、机の上にうず高く積まれた書類に目を走らせながら、イクサの問いに答える。


「んー、ちょっとね……()()()()()()()()()

「…………は?」


 マイスの言葉に、イクサは思わず固まった。目を白黒させながら、マイスの言葉を頭の中で反芻する。


「……付き合う? マイスさんと……俺が? 付き合う……? 付き合う……って、そ……()()()()意味の――?」

「……何勘違いしてるのよ」


 マイスは、顔を赤らめてオタオタしているイクサの顔をジト目で睨んだ。

 そして、わざとらしく大きな溜息を吐きながら言葉を継ぐ。


「――出張よ、しゅっ・ちょ・う!」

「へ――? あ、ああ〜、シュッチョーっすか! あーナルホドナルホド! あ、そ~いうイミですか~……あははは……は」


 自分の勘違いに、笑って誤魔化すイクサ。顔から火が出ているように熱い……。

 マイスは、再び溜息を吐くと、散らかった机の上に四つ折りにした地図を広げた。


「……時間が無いから、手短に話すわね。――出張先は、ここよ」


 彼女は、白魚のような細い指を伸ばして、地図の右下を指さした。

 イクサは身体を伸ばして、彼女の指さした地名を読み上げる。


「……えと、そこは、マイハラス……?」

「正確には、マイハラス郊外の森の中にある、半人族(ハーフヒューマー)の集落ね」

半人族(ハーフヒューマー)……ですか?」


 イクサはマイスの言葉に目を見開いた。


「……一体、半人族(ハーフヒューマー)の集落まで、何をしに行くんですか?」

「それはもちろん、()()()()()()

「こ……顧客の獲得ぅ?」


 イクサは驚愕のあまり、声を裏返らせた。マイスは、その様子を見て、してやったりと薄笑む。


「そ。情報によるとね……今、半人族の村は狂暴化したウールタイガーの群れによる襲撃を受けてて、とっても困っているらしいの」


 マイスは机の上に肘をついて、顎を乗せる。


「――そこに、私達がウールタイガー退治に有効な武器や罠セットを売り込みに行くのよ。そうしたらきっと、半人族の皆さんは喜んで飛びつくでしょ? これは大きなビジネスチャンスよ!」


 マイスは、そう捲し立てると、ウットリとした表情を浮かべた。

 だが、イクサの表情は晴れない。

 彼は、眉根を顰めながら言った。


「……でも、半人族を相手に商売なんて……」

「あら、関係なくない? 私達が提供するサービスに対価を支払ってくれるのなら、半人族だろうがエルフだろうが、……たとえ鬼神族であっても、私達にとっては皆均(みなひと)しく()()()よ」


 マイスはそう言うと、千の花が咲き誇ったような満面の笑みを浮かべた。……何故だろう。とても晴れやかで美しい笑顔なのに、そこはかとなくドス暗い闇が見えるのは……。


「で……でも! 半人族って、そんなにお金持ってないんじゃないですか? 森の中で自給自足の生活をしてて、人里へは殆ど下りてこない筈ですし……。彼らには、対価を払える金銭そのものが無いのでは……?」


 イクサは、頭に浮かんだ疑問をマイスにぶつけた。

 と、彼女は、ニヤリと北叟(ほくそ)笑んだ。


「……イクサくん、“対価”って、何もお金だけじゃないのよ?」

「……え?」

「……知ってる? 半人族の村に、『手に持つと蒼く光る石』が祀られているっていう――噂を」

「――蒼く光る……って――ま、まさか?」


 マイスの言葉を口中で反芻して、ハッと目を見開くイクサ。


「まさか……それって――魔晶石!」

「多分……ね」


 マイスは、イクサの言葉に小さく頷き、言葉を継いだ。


「――今回の"出張"の目的は、半人族に武器を売り込み、その対価として、彼らの持つ()()()()()()()を譲ってもらう事。――どう? 出張に付き合ってくれる気になったかしら?」

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