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CASE3-35 「おい! 出かけるぞ、支度せい!」

 『アナークス・RW』の会長室の中で、スプリングの効いたソファで微睡(まどろ)んでいたゼファード・アナークス会長は、心地よい眠りを躊躇いがちなノックの音に妨げられた。


「……ん? 何じゃ!」


 目を擦りながら起き上がったアナークスは、ドアに向かって不機嫌そうな声で怒鳴った。


「あ――か、会長。その……お、お手紙が――」


 秘書のサファリナのくぐもった声が、ドアの向こうから聞こえてきた。

 部屋の中が薄暗くなっている事に気が付いたアナークスは、窓の方に視線を動かした。どのくらい眠っていたのだろうか。窓の外は、とっぷりと夜の帳が下りている。

 アナークスは、大きく伸びをすると、ローテーブルの上のゴブレットを揺らして呷った。そして、首をコキリと鳴らすと、再びドアに向かって荒げた声をぶつける。


「――入れ!」

「あ――はい!」


 大きなドアを開けて、銀盆を捧げ持ったサファリナが室内へと入ってきた。


「――誰からじゃ、手紙とは?」


 苛立たしげな様子を露わにして、アナークスは秘書に訊く。彼女は、戸惑った様子で頭を振った。


「実は……子どもが……」

「子どもぉ?」


 思いもかけない答えに、アナークスは眉を吊り上げ、顔を紅潮させる。主の機嫌がより悪くなったのを悟ったサファリナは、慌てて言葉を付け加える。


「あ、いえ――! て、店舗のカウンターに手紙を持ってきたのが、子どもだったとの事で……」

「……何で、子どもが?」

「さあ……あ、いえ!」


 アナークスの言葉に首を傾げた女秘書だったが、老人の眉間の皺が更に深さを増したのを見るや、顔を青ざめさせながら言葉を続ける。


「そ、その子どもは、単に通りがかっただけのようでして……。店の前で“若いお姉ちゃん”に呼び止められたそうです。そ――それで、この手紙を手渡されて、店の者に、会長にお渡しするよう伝えてほしいと頼まれたそうです、ハイ」

「……若い、お姉ちゃん――?」


 アナークスは、サファリナの言葉を反芻しながら、銀盆の上の粗末な封筒を手に取った。

 封筒の表には、『ゼファード・アナークス様』と、ぞんざいな字で宛名だけが書き殴られており、裏には『L』の一文字だけが記してあった。


「……L……L……リイ……。もしや――!」


 そう呟いたアナークスは、目を僅かに見開く。そして、サファリナからペーパーナイフを受け取ると、いそいそと手紙の封を切った。

 逸る気持ちを抑えて、封筒から質の悪い紙質の便箋を取り出し、折り目を伸ばす。

 そして、胸元の隠しから金縁の老眼鏡を取り出し、それを鼻にかけてから便箋に目を通した。


「……どれどれ――?」


 ――便箋には、こう書いてあった。



『――例の品の件について。


 熟考の結果、前回のお話でご提示頂いた金額にて、貴殿にお譲りする事にいたしました。

 本日二十三時に、ウノリム廃寺院にてお待ちしております。

 なお、例の品のお支払いは、手形や小切手ではなく、全額ガイリア金貨でお願い致します。

 お互いに良いお取引になりますよう――。


 かしこ』



 文面に目を通したアナークスの顔に、満面の笑みが浮かんだ。便箋から目を上げた彼は、意気揚々とサファリナに命じた。


「おい! 出かけるぞ、支度せい!」

「は、ハイ! ……で、ど……どちらまででしょうか?」


 突然の指示に、戸惑いの表情を見せるサファリナ。彼女の言葉に、気短なアナークスは、こめかみに青筋を浮かべる。


「何処でも良いじゃろ!」

「は、ハヒッ! も、申し訳ございませんッ!」

「……ああ、あと、経理部長に、大至急で金庫を開けてガイリア金貨を用意するように伝えよ!」

「は――ハイッ! ……あの、おいくら程を――?」


 女秘書の言葉に


「そりゃ、二千八百――いや……待て」


 アナークスは秘書に掌を向けて言葉を切ると、再び便箋に目を落とし、白鬚を撫でながら考え込む。


(……わざわざ、こんな手紙を送って寄越すという事は、向こうも切羽詰まっておるんじゃろう。大方、威勢の良い啖呵を切ったは良いが、“ガルムの爪”の買い手が付かんのじゃろうな……あんな滅茶苦茶な価格設定では当然じゃろうが……。ふむ――ならば)


 そして、アナークスは髭の下にほくそ笑みを浮かべ、秘書に向かって厳かに命じる。


「うむ。ガイリア金貨で一千万……いや、七百万エィン分で良い。早急に揃えさせろ」

「な――七百万エィンですかッ?」


 命ぜられたサファリナは仰天した。


「い――一体、そんな大金を、そんな深夜に……何の為に――」

「フン! キサマが気にする事ではない! 黙って、儂が言った事を忠実に実行せい!」

「は……い、いえ、ですが――」

「まだグダグダほざくようなら、クビにするぞ、タワケ!」


 訝しむ女秘書を怒鳴りつけるアナークス。彼の一喝に、サファリナはビクリと身体を震わせ、


「も……申し訳御座いません」


 と、深々と頭を下げた。


「で……では、早急に手配いたしま――」

「――ああ、あと、もうひとつ」


 アナ―クスは、そそくさと立ち去ろうとしたサファリナを呼び止めた。彼女は、目に怯えた光を浮かべながら振り返る。


「あ……はい。な、何でしょう?」

「うむ……」


 振り返ったサファリナに、ニヤリと薄笑みを浮かべた顔を向けるアナークス。


「警備課と取立課の腕っ節のいい連中を、数人見繕って呼んでこい」

「警備課……と、取立課――ですか? そ、それは――」


 一体どうして? ――と言いかけた女秘書を一睨みで黙らせたアナークスは、白髭を撫でながら言った。


「儂に重たい金貨を担がせて、真夜中にひとりで歩かせるつもりか?」

「あ……ああ~、そういう事ですか……」

「分かったら、サッサと動け!」

「は――はいぃっ!」


 と、サファリナを一喝で蹴散らし、会長室にひとり残ったアナークスは、口の端に薄笑みを貼り付けながら独りごちた。


「……それに――交渉次第によっては、ちいと荒事になるかもしれんからのぉ。女一人相手とはいえ、用心するに越した事はないわい。ふふふ……」

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