第2話:蔓日日草
「……って事があってさ」
つい昨日に起こった奇妙な出来事を、要点だけ掻い摘んで説明する。聞き取りにくい機械アナウンスの後、快速列車が勢い良く通り過ぎ、暖かくて湿っぽい風が腕に触れた。
「それで? その後になんかあった?」
電車の通過音をガタンゴトンと表した人は、実に感受性が豊かなのだと分かるが、相手の声をかき消す豪快さを擬声語の中に交える事は出来なかったのだろうか。横から途切れ途切れに聞こえてきた単語を繋ぎ合わせ、何とか文を作り上げる。
「それでって、これで終わりだよ。んで、その後はひたすらに担任と掃除。後はヒマワリの植え替えぐらい」
「それ、オチとか無いじゃん」
「いや、オチとかじゃなくて、実話だし」
そう返しつつ、高身長の友人と目を合わせようと首を上げると、案の定もろに南西からの日の光を見てしまい、すぐに目を背ける。
背けた目を、そのまま誤魔化す様に線路先の陽炎に向けると、今度は白と青を基調とした電車と目が合った。少しだけ古臭いが、付き合いの長くなじみ深い車体。派手な音を鳴らして開いた扉から冷房の効いた空気が流れ込み、安堵に覆われる。嬉々として目を細めた。
ようやく照りつける太陽から解放され、晴れて自由の身だ。いや、また太陽の下に戻る羽目になるから、さながら仮釈放と言ったところか。不自然に人の少ない電車内。ふらりと、入り口近くの縦座席に2人分のスペースがあったので腰かけた。
「じゃあ、今から何かオチ作ってみて。面白いやつ」
隣に座る男は、よく分からない声をかけてきた。
「作る? いや、何が?」
「寝て起きたら全部夢だった、とか」
「あー、そういう。でも生憎ながら夢じゃないんだよ」
「例えばだよ、例えば。だって、夢オチは鉄板だろ? 陳腐だけど」
「夢オチ、別にいいじゃん、現実に一気に引き戻せれる絶望感と喪失感が味わえて。インセプションとかステイとか」
「うっわ。それすげーネタバレじゃん。ってか、例えばだって」
「……夢だったら良かったんだけどなあ」
あっさり席に座れて嬉しい反面、プラットホームにはたくさん人が居たのにと疑問に思っていれば、今話題のデザイナーの大規模な講和会が都心で開かれているそうだ。
今朝、上り線がいつも以上に混んでいたのもその所為だろうと推定する。オシャレやブランドには、からっきし疎い俺からすると、名前も顔も知らない女性デザイナーだったが、そこそこに有名らしく
〈海外で人気のカリスマが、ついに日本へと帰ってきた!〉
との赤いゴシック体の中吊り広告が嫌でも目に入った。
その人がデザインした証である、赤い花のロゴマークは、街中や学校などでも見覚えがあったので、噂通り流行の最先端を行くような人なのだろう。……別に俺はミーハーじゃないが、そんなに有名な人物が近くに来ているのなら、遠目から顔ぐらい見てきても良かったか、と安易に思ってみるも、会場付近ですら取り付く島も無く、呆然としている自分を想像して諦めた。
背もたれに寄りかかって車窓をボーっと眺めるのは、時間の経過を感じて感慨深いのだけれど、今は話し相手が居るのでそういう訳にもいかない。
「で?」ちょっと間を置かれてからの一言だったので、俺は一瞬、ほうけた顔になる。「そのオチの無い話は何だよ。その女の子は幽霊かなんか? それとも累の幻覚? ちゃんと細かいところまで話せって」
俺の顔を疑うように覗き込んできたのは、木戸誠弘。こいつとは昔からの幼馴染で、今年は学科が同じなため、さることながら同じクラスだ。こんがりと日焼けした肌がたくましく、顔面偏差が高いため、女子からの人気が高い。
「幽霊に、幻覚か。……そうかもしれない」
自分の比較的色白で、たくましさとは疎遠の腕を見下ろして答える。
幻覚かと問われたら否定しきれないような、風変わりな雰囲気を今一度思い出し、どうも気が気でない。
もっとも俺は、自分のミスを他人のせいにするのは憚られる質で、批判をする意図は無いのだが、謎の少女、春川愛美のせいで、昨日から気が引き締まらず、何かと散々だった。
段差も凹凸も無いフローリングで転んだり、練習で全然サーブが決まらなかったり。コーチに名前を呼ばれてもすぐに返事が出来なかったりもした。
それを見ていた同部の奴らに「何だよ。石田にもついに女が出来たか?」と揶揄われたが、女絡みなのは本当だし、ちょっと上から目線な態度にムカついて、中途半端に否定したら、「彼女ができたのか、マジか」と本気で驚かれた。……できてないから、虚しくなった。次からは止めよう。
ともかく俺は、彼女から与えられた情報が少なすぎるために、鬱蒼としたもどかしさに押しつぶされそうになってしまい、色々と焦っていたんだろう。
過去の経験から、俺は悩み事を一人で抱えすぎると、風船のごとく破裂する恐れがあるので、ある程度信頼できる、足を組んで隣に座っている、こいつ。誠弘に相談した所存だ。
もとより、浮かない顔をしていた俺を一番に心配してきてくれたのは誠弘だし、色々と情報を集めるためにも、顔が広いこいつの関与があれば、随分と助かりそうだと、高を括った。
「そこは否定しろよ」そんな期待の友人は、冗談か本気かを測りかねたような顔でツッコミを入れている。「お前、幻覚持ちでも幻聴持ちでも無いだろ?」俺が、柄にもなく幽霊論と幻覚論を肯定したからだな、これは。
俺が乗り気じゃないため、自分からおちょくっておきながら、律儀にフォローしている誠弘を見ると、何とも言えない気分になる。カオスな会話にならないためにも言葉のキャッチボールは適切に返さないといけないな。
「うん。霊感も無い。けど」
「けど?」
「どっちにしろ幻覚は見えたっつーか、何というか」
正確に言えば、幻覚だったら気が楽だったのに、だ。
「はあ、何言ってんだよ」口を尖らせ「大丈夫か、頭。幻覚見えたとか変な病気じゃないだろうな」配慮に欠ける一言を発した誠弘。心配してくれてるはずなのに、冗談めかしている。頭て。俺が気い狂ったみたいな言い方するなよ。
「変な病気って、何だ」病気に変も何もないだろ。「もっと他に言い方あったろうに。俺は至って健康体だぞ?」
根拠としては、ここ数年は病院と無縁である。両手を広げてヒラヒラと振れば、「そんなの分からないじゃねーか、肝臓とかは、体に異変が出てからだと手遅れ、とかが多いって言うからな」
やけに現実的な例えを出してきた。予想以上に心配されていて、なんだか調子が狂う。
「あ、そっち? 俺はてっきり精神科に行けってことだと思った」幻覚を全否定してくれるようなツッコミを期待していたのは、言わないでおこう。
「へえ、そう」俺の発言が冗談だと気付き、バツが悪そうな顔をする誠弘。「まあ、詳しいことは知らねーけど」
「いや、ほぼ全部言ったろ。というか、肝臓の話、何で知ってんの?」ドラマか何かの受け売りか?
「知識としてだよ。雑学はいくらあっても無駄にならないし、頭は切れてなんぼ」
「は、俺は知識量とIQの比例は認めないからな」
俺は、いつもこいつに主張している意見を繰り返す。日頃の努力と、環境によって変動してしまう実力を結びつけるのはどうかと思う。
「ちがうちがう。そういうの関係無しに、現実は知っておいた方が良いって事」面倒臭いな、と言いたげな顔だが、どこか親しみがあるので、批判されたようには感じない。
普段なら、俺の頑なな主張に「実力は努力でカバーできる」とポジティブな反論をしてくるのに、今日はやけに控えめだ。“現実”だってさ。どうしたんだ。
「霊感やら幽霊やら言ってたやつの発言か、それ。やけに冷たいってか、理論的」
「……いや?」俺が困った顔をしたもんだから、我に返ったんだろうな。「何言ってんだ。幽霊は居るって」取って付けたような口調に、俺は思わず笑ってしまう。
「うーん、でも夢みたいだったんだよ。話したのも実際には短い時間だし。何なら、今も夢見心地だ」本元に戻ろうと、俺が自信なさげに開口すれば、
「じゃあもう、幻覚と幻聴でいいだろ。真面目な顔して『相談がある』なんて言うから身構えたじゃんか」掌返しが強烈な、そっけない態度。
考えることを放棄したな、こいつ。いかにも興味が無いという様子で、ポケットからスマホを取り出し、操作し始めた。
「明日ってB日課だっけ、朝は早く登校しないと」なんて言ってる場合じゃないんだって。さっきとのテンションの落差。
「いやいや、俺にとっては明日の日程なんかより超重要だから」
誠弘に呆れ、慌ててスマホを手から取り上げる。校内での使用禁止にブーブー文句を言っていた誠弘だが、ここで使ってるのを見ると、器用に所持品検査を突破し、校内に持ち込んでいるようだ。目に入ったのはLINEのメッセージ画面。
「はー、じゃあお前、明日遅刻して来いよ?」
不貞腐れた、子供みたいで幼稚な顔。これを“可愛い”とかいう女子の心情が理解できない。
「そういう意味じゃねーよ。話を聞け、話を」ぶっちゃけ明日がB日課だという事は忘れていた為、誠弘の発言がなければ遅刻していたかもしれない。いや、今それは重要じゃないな。
「わあったよ。しゃーねえな」面倒臭さを一切隠さず、やれやれとこちらの方向を向いてきた。話を聞いてくれそうなので、スマホを返す。
「よし。それでいい」
「で、オレに聞きたいことって?」ふてぶてしくてまたもやイラっとするが、こちらは聞いてもらう立場なのでグッと堪えて口を開く。
「お前ならあり得ないと思うんだけどさ、俺の中学時代を誰かに言いふらしたりとかは」「してない」食い気味で否定された。
「やっぱり」ほぼほぼ予想していた答えだったが、確認したことで正確性は増す。
「何で?」
「春川さんが俺の中学時代を知ってたから。ほら、中3の自由研究。お前以外から、あの情報が洩れるとは思えない。同中って、俺とお前だけだろ?」
「自由研究ねー。……オレ、そんな事があったのさえ忘れてたわ」ヘラりと笑って、「でも、科学オタクは当たってんじゃねーの? 初対面の人からの声掛けがそれだったんだぜ」からかい交じりの口調。
「俺もだよ。完全に忘れてた」からかった事に対しては無視して、自由研究については共感。それに関しては、俺も本当に忘れていた。
「お前なあ」誠弘は、苦笑いの呆れ顔。そっちがからかっておいて呆れるとは、これ如何に。「真面目に調べてたじゃねーか、宿題でもないのにやってて、ちょっと引いたわ」
「あー、そうだっけ?」
「そう。一位が貰える天体望遠鏡が欲しい、って張り切ってたじゃんか」
「うんうん、天体望遠鏡、高く売れるなって」
「不純すぎるだろ」
「冗談だよ」俺がそう言うと、眉をひそめてきたので、鼻で笑って返す。
「累が審査員特別賞とったのは怖かった。その上、銀賞だろ? 何だよその隠された才能。知らなかったんだけど」
「あれ、それも覚えてんのか。意外」
俺でさえ忘れていたことを誠弘が覚えているとは。しかも、かなり正確だ。
「顕微鏡を貰ったんだった?」
「マジで何? 誠弘、俺のストーカー?」
「ちげえよ、自意識過剰め。オレ、お前に実験手伝わされたんだからな?」こちらをピシッと指さされた。黒い瞳からの真っ直ぐな視線にスッと背筋が伸びる。
「えーと、その節はどうも? お世話になりました」
半年ほど前の記憶がぼんやりとフラッシュバック。そう言えばそうだった、な。
「『どうも』じゃねーよ?」
「珍しくキレのあるツッコミじゃん」
「冬休みに、何かよく分かんない薬を渡されて、『この花の毒とこの花の毒は相殺するから大丈夫。飲んでみて!』って言われたオレの気持ちを考えてみろ? 狂気以外の何物でもないわ」
やけに早口で捲し立てられた。よっぽど嫌な思い出だったようだ。
あー、あれか。思い出した思い出した。あの時の誠弘の反応は最高だった。
暇つぶしに家に押しかけ、ペットボトルに入れた炭酸飲料を渡せば、顔を引きつらせて「正気か?」って。笑い出しそうになるのを堪えたものだ。
結局、飲んでくれなかったのは唯一の心残りだ。
それが何気に悔しくて、未だにネタバラシはしていない。
まだ信じてるのか、こいつ。
「あれは、ちょっとしたユーモアだから」笑いをこっそりかみ殺す。
「いやいやいや、オレが『何かの実験でもしてんの?』ってやっとの思いで聞いたら、『自由研究!』って笑顔で言って来た奴が! しかもテーマが“植物の人への害”だった恐怖といったら」
「惜しいなー。テーマは“危険植物と人体に及ぼす影響”だった」
「どっちでも良いわ」
こちらの会話が聞こえていたらしく、向かいの中学生が肩を揺らしてクスリと笑った。分厚い眼鏡のレンズ越しに目が合うが、すぐに逸らされてしまう。
それを見た誠弘が少し落ち着きを取り戻す。
「誠弘、あくまで“影響”で、害があると決まったわけじゃないから」
「はー、累の自由研究見てないし、詳しくは知らないから何も言えないわ。ったく、お前は冗談か分からないから怖い」
手をヒラヒラと振って、言うには今更過ぎる事を言われた。反応が面白いからついついからかいたくなるんだよな。こういうのって。
「面白いなあ、誠弘」
「そりゃあ、どうも」
礼の言葉も、その顔が萎びていたら、全く意味が無いんだな。
「あ、もしかして」俺はふと、頭によぎった考えを明示する。「春川さんの話も、冗談だと思ってたりする?」そうなると、こいつの面倒臭そうな態度にも納得だが、本来の目的からひどく脱線しているな。これは決して思い出に浸る会ではない。
「うえ、違えの?」目を見て首を傾げられた。うん、違えな。
「ああ。あの話は本当」
「オチの無い変な話が?」
「うん。初対面の人に“科学オタク君”とか言われた話が本当なんですよ」
「まじかー」信じられない、といった目でこっちを見てくる。
「まじまじ。それこそ幽霊とか幻覚じゃあ無い限り」
しょうがない。あんな話、俺だって信じないだろうし。
「だから、真面目に“相談”。俺だってよく分かってない」
正した口調に切り替えれば、無理やり納得させたとの表現がピッタリ当てはまる顔。きっとこいつは、自分の脳を騙そうとしている最中だろう。
「え、お、おう。そうか」
「俺が嘘を吐く必要はないだろ? 階段で知らない女の子に声かけられて、掃除に遅刻したって、誰が信じるんだよ」
日頃の行いって大事なんだな。今まさに実感した。
「いや、逆に、信じないだろうと思って言ったのかよ」
「事実、信じてないじゃん」
「確かに」
「だろ?」
「その人、春川愛美? だっけ」まだしぶい顔をしているが、俺がゆっくり頷けば、考え事をするような表情へと変わった。
冗談だと思って聞いていた割には、ちゃんと覚えているんだよな。聞く耳を持っている。ようやくまともに話ができそうだ。
「春川愛美……、肩ぐらいの髪、同級生……」
ブツブツと何か呟いているのが、断片的に耳へ入る。
「なあ、累。他に、その人の何か特徴とかは?」
「めっちゃ目立ちそうな性格してるのに、俺が一度も見た事ない」
「特徴じゃないな、それ」
記憶の引き出しを隅々までチェックしてる音が聞こえてきそうだ。ゴトゴト、ガタガタ。誠弘は集中すると、手首に触れる癖がある。今は左手首を握っていて、時折左手の指を曲げたり伸ばしたり。
「3組……。文理科はあんまり関わりが無いからなー」
モヤモヤ、グルグル。ガタガタゴトン。頭の中の引き出しは全部チェックし終わったみたいだ。漂っていた視線が止まる。
「いや、知らない。誰だ、その人」
こちらを向いてゆっくりとかぶりを振られた。知らないものは仕方がない。こいつに聞けば何かわかるだろうと思った俺が浅はかだったか。
ガタンと重い音が響いて、御豊季駅に電車が停まる。向かいに座っていた中学生はそこで降り、入れ替わりで人が多く入ってきた。
「お前の知らない奴が、校内に居るんだな。てっきり全員を把握してるもんだと」
空気がどこか硬くなってしまった気がして、軽口をたたく。実際には知らない人ぐらい居るだろうが、イメージとしてはそのぐらい誠弘はアクティブだ。特に女子。大体知ってる。
「いやー、マジで知らない。本当に同じ学年?」困らせるつもりは無かったが、困った顔。そんなに真摯に受け止められるとは。
「うん。青い刺繍だった。同じ学年だ、って思ったから間違いない」
「春川。うーん、苗字も思い当たる節がないな。兄弟とかも居なそう」
誠弘がこの反応だという事は、中学が春川さんと同じだった可能性は完全に消えた、と言っても過言では無いだろう。
「そうかー、俺の幻覚説が濃厚になったな」軽く笑って肩をすくめる。「それか、春川さんがお前にさえ認知されないような影の薄さだったか。いや、それは無いな、あの存在感の強さは大層だぞ」
そんな自問自答をしてる俺を見て、誠弘は「病院行けば?」なんて真顔で言ってくる。おい、待て。強引に幻覚にしようとするな。その話は終わったはずだ。「幻覚なら精神科も良いんじゃ」
「行かねえよ」
「じゃあ明日、累は精神科へ受診しに行くってことで。決定!」
この部分だけ聞くと、TPOをわきまえない上に、嬉々として精神科と発言する変人だ。小さい子どもがこっちを指さしてるから止めろ。危うく通報されかねない。
「お前一人で行ってこい」
【次は、時瀬下~。時瀬下~。お降りの際は、お忘れ物の無いよう……】
そんな話をしていれば、低音の車内アナウンスが流れる。車内もかなり混んできており、ぞろぞろと大勢の学校や会社帰りの人たちが乗り込んできた。
「あ、オレここで降りるわ。んじゃあな、累」
ふと何かを思い立ち、カバンを肩にかけ立ち上がる誠弘。
「そっか、小父さんの手伝い?」
「そ。行ってくるわ」
誠弘の父親は自営業の飲食店をやっており、特に日曜の夜は、人手が足りないからと店の手伝いを頼まれているそうだ。そのおかげでこいつは料理の腕も良い。
完璧人間が。
「そうだ。オレも、春川愛美って人の事、俺も色々調べておくよ。卒アルとか見てみたり、ほら、東妥中学校? だっけ。その中学のホームページとかに進学した人とかの記載、無いかな。個人名は無くてもさ」
誠弘はそう言い残して、電車から颯爽と降りて行った。的確で、アドバイスとしてはとても相応しい意見に、何で最初から言わないんだと不満に思ったが、なんだかんだで、協力はしてくれるようだ。
誠弘のスポーツバックにつけてあるストラップが、駅のホームから吹いてきた生暖かい風で揺れる。
誠弘と入れ違いで入ってきたスーツ姿の中年男性が、さっきまで誠弘がいた座席に腰を下ろした。
落ち着きが無いとも言える、いつものざわついた車内の雰囲気に情緒を感じながら、改めて今日起こった出来事を、頭の中で整頓。
春川愛美については、俺の淡い期待も綺麗な白紙に戻ってしまった。
絵柄の無いジグゾーパズルを前に、どこから手を付けようものかと試行錯誤する時と似ている。無論、そんなパズルをやった事など一度も無いのだが。
「春川……。どっかで、聞いたことあるような気がするんだけどな」
そんな小さい俺の呟きは、ドアが閉まる重い音と、赤ん坊の甲高い泣き声でかき消されてしまった。
瞼が重い。ドッと疲れが這いあがってくる。あー、我ながら、俺の好奇心は恐ろしい。色々と、楽しくなってきた。
*
第2話:蔓日日草
○蔓日日草の花言葉
・楽しき思い出
・幼なじみ