BACK TO THE PAST3
「―――それで気が付いたらここにいたんだ」
デイヴは五個目のハンバーガーを頬張りながら、状況を説明していた。あの後、空腹を訴えて駄々をこね、老人宅でご馳走されることになったのだ。
「ほう、すると君はひょっとして既に死んでいるのではないかね?」
おかわりのハンバーガーを作りつつ老人はデイヴに言う。作るそばから胃袋に消えて行くので供給が全くおいついていない。
「科学者のクセにそんな非科学的な事言っちゃだめじゃないか。死んだらお腹がすくはずないんだから僕はまだ生きてる真っ最中だよ」
「それもそうじゃ。だとすれば、考えられることは一つじゃなあ」
「なんだい?」
二リットルのコーラを一瞬で飲み干し、再びハンバーガを手に取る。
「デイヴ君、ワシの計算が正しければ君は・・・・・・」
「どくた!どくた!ワタシモはんばーがーヲ食ベタイデス!」
老人の声を遮るように、人口音声を鳴らしながらお掃除ロボットが部屋に入ってきた。円盤状で、底部のローラーで自動走行しながらゴミを吸引していくタイプのものだ。
「あのな、お前は機械なんじゃから腹は減らんし食べる必要もないじゃろ」
「けち!ワタシハ世紀のテンサイえーあいトシテ、食事トイウモノヲ知リタイノデス!」
「ケチとはなんじゃケチとは!だいたいどうやって食べるんじゃ!」
その後しばらく言い合いが続いた。デイヴは両者の言い分を聞きながらハンバーガーを喰らい続けていたが、急に食べる手を止めて立ち上った。
「可哀想だ!」
そう叫ぶとデイヴは持っていたハンバーガーをお掃除ロボットの上に載せた。
「君にあげるよ。僕はご飯が食べられない悲しみは特盛バケツ丼よりもたっぷり知ってるつもりだ。だから、それはあげるね」
「本当デスカ!アア、アナタハ哀レナえーあいヲ救イニ導ク煌ク星デス!まいすたートオ呼ビシマス」
「何を言っとるんだこのポンコツは」
呆れる老人をよそにロボットは貰ったハンバーガーを乗せて部屋を出ていった。
デイヴが追いかけると、向かった先は様々な機械が設置されている老人の研究部屋だった。その部屋の最奥にデイヴの体積の三倍ほどの大きさの巨大なサーバーが佇んでいた。掃除ロボットはそのサーバーの前で停止していた。
「これは一体?」
「これがコイツの本体、私の人生をささげて生み出した最高傑作、自立思考型AIだ」
老人によれば先ほどの掃除ロボットを始め、この家にある機械はすべてこの巨大サーバーが操作しているという。
「より厳密に言うならば操作というよりは、憑依に近い。この掃除ロボやあのエアコンにAI自身が入りこんで動かしているんだよ。つまり、この家は丸ごとこのAIの身体ということだ」
「ソノ通リデス!私ハえーあいヲ超エタえーあい。今ハマダコノヨウナ姿デスガ、イツカ私ガあくせすデキル機会ガ世界中ニ溢レレバ、私ガ世界ソノモノトナッテ人ヲ守ルコトガデキルノデス!ソシテイツカ・・・私モ人ニナリタイ」
そういうと掃除ロボットの上に乗ったハンバーガーを様々なセンサーを操作して検査し始めた。
「なるほど。味を情報として記録するわけか」
「なんだか私もハンバーガーが食べたくなってきたよ」
老人とデイヴは再びキッチンに戻りハンバーガーを食べることにした。
「で、さっきの話の続きだが」
ハンバーガーを頬張りながら老人が切り出す。
「そうだった!そもそもここは一体どこなんですか?僕は今日中に帰ってチャーシュー麺を食べないといけないんです!」
「今日中に、か。可能でもあり、不可能でもあるな」
「どういうことですか⁉」
食い気味にデイヴが叫ぶ。
「まず、ここがどこかという話だが。ここはな、君の生まれ育った街、芽田保町だ」
思いもよらなかった回答に、デイヴは驚いた。あまりにも驚いてハンバーガーを二つも呑み込んでしまった。
「驚くのも無理はない。だが、これを見れば謎が解けるんじゃないかな?」
そういうと老人はカレンダーをデイヴに手渡した。なんの変哲もない、いたって普通の壁掛けカレンダーだ。しかし、よく見てみると一点、おかしなところがあった。カレンダーの左隅、月を示す10という数字の上には2112と書かれている。そう、そのカレンダーは2112年、つまり約200年後のものだったのだ。
「そう、君がいるのは、君がいた時代から200年後の芽田保町なんだよ」
「た、タイムトリップしたってこと・・・?」
ハンバーガーを飲み下し、信じられないという表情で老人に尋ねる。
「20世紀を代表する科学者にアルバート・アインシュタイン博士という人がいる。その彼が提唱した理論の一つが相対性理論というのだが」
相対性理論。詳しくは知らないがデイヴも名前は聞いたことがある。たしか、光と重力に関する理論だったはずだ。
「ものすごく簡単に色々差っ引いて言えば、重い物の近くでは時の流れが遅くなり、速く動く物も時間の流れが遅くなるという理論だよ。さらに付け加ええるならば、速く動けば動くほどその質量、つまりは重量が増加する」
「時の流れが遅くなるとどうなるの?」
コーラの蓋を開け、勢いよくのどに流し込むデイヴ。
「皆が電車に乗っている時に一人だけ降りて走るようなものだよ。相対的に周りの皆の進む速度が速くなるんだ」
「ど、どういうことなんだ・・・」
「ま、結論から言えば、君の体重はすごく重い。それに落下に加速が加わって質量が爆発的に増加したのだよ。重い物と速く動く物は時間がゆっくり流れる。君はその両方の条件を同時に満たしてしまい、時空が歪んで未来に来てしまったというわけさ」
デイヴは悲しんだ。自分が太っていることは嫌と言うほど自覚していたが、まさか時を越えてしまうほど太っていたとは思わなかった。
「僕はこれから一体どうすればいいんだ・・・」
「落ち込むことはない。太って未来に来てしまったんだ。その逆をすれば過去に戻れるはずだよ」
落ち込むデイヴを励ますように老人は言う。
「逆って?」
「もちろん、痩せて体重を落とすのさ!」