偽りは必然に
僕が目を覚ますと、再び見知らぬ天井が顔を現す。窓からはやさしい光とそのすき間から流れる風がカーテンを遊ばせていた。傍らには女性がうつ伏せに寝息をたてている。僕は、僕なりに、この状況を考えてみた。間違いなく僕は病院にいる。そして、なぜここにいるのか分からない。というよりは、むしろ記憶にない。この女性も昨日の人たちすらも全くわからない。頭には包帯。そして点滴。なんらかの事故でここにいる。と、まとめてみた。
「う、う~ん。あっ!航!気がついた?お母さんがわかる?大丈夫?」
(お母さん…なんだよな…。)「うん。大丈夫。心配かけたね。」思わず僕は口にしてしまった。
「は~、よかった。先生が心配かけるようなことを言うから。記憶がなくなったかと思ったんだよ。」
(記憶がない?ということなのか?)「ん~、自信はないけど…そうだったかも…。ハハッ。」
「いつも通りの航で良かった。」
(これがいつも通りか…。)「とにかく、大丈夫だから。」
「頭は痛くない?起きられる?お腹すいてない?」
「うん。まだ少し痛いけど、問題ないよ。ちょっとお腹すいたかな。」
「ちょっと待ってね。先生よんでくるから。」
つまり僕は、簡単に言うと記憶喪失であることが判明した。さて、どうしたものか…。意外と冷静な僕にも呆れた。
「航君。どうですか具合の方は。」
「はい。特にこれと言って具合が悪いところはありません。」
「そう…ですか。めまいなど、いつもと違った症状もないですか?」
「はい。おかげさまで。」
先生が脈拍をとったり瞳孔にライトを当てると…。
「フム。心配ないようだね。午後にはCT検査が控えているので、よろしくね。食事は摂っても構わないのですぐ用意します。後ほどお運びします。」
「よろしくお願いいたします。」
そう言って、先生は病室から出て行った。
「あっ、そうそう。お父さんがね、あなたの好きそうな本持ってきてくれたわよ。私は一度家に戻るけど、検査前にはまた来るからね。じゃあね。」
「うん。気をつけて。」
再び一人の世界が訪れる。自分はこれからどうしたら良いのか?どんな未来が待っているのか予想もつかなかった。自分にまた、まわりに嘘をついて偽りの人生を歩むことが、果たしてよいのだろうか?ずっとそんなことを考えていた。
検査も終わり、病室に戻ると一人の男性が待っていた。口調からして父親と判断できた。記憶のない中での会話は全く意味をなしておらず、唯々疲れるばかりで足枷をしている感じだった。
「さて、航の元気な姿も見れたし、お父さんはこれで帰るけど無理はするなよ。」
「無理も何もここじゃあ何もできないよ。それと、本…ありがとね。」
「また、何か必要なものがあれば言ってくれ。じゃあまたな。」
「うん。」
「私も買い物を済ませてから戻りますから。航。また明日ね。」
「そんなに毎日来なくても大丈夫だから。家で休んでいいよ。」
「ハイハイ。お気遣いありがとうございます。それじゃあまたね。」
今夜は三日月が雲間から顔を出していた。満月だったら少しは気も晴れただろうけど…まるで今の自分を見ているよう…。僕は三日月。満月にはなれない。最後には形さえも無くなってしまうのだろうか…。
僕の…嘘のストーリーは、今ここから始まる!