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六話

 現代の日本ではよく咀嚼しなければ飲み込めないような硬い物を食べる機会はほとんどない。



「まさか肉も食えぬような軟弱ものとは意外じゃな。そんなことでは生きていけぬぞ?」



 隣に座ったリリアが、呆れたように宗司を見ている。その当の本人は今も保存食と格闘していた。

 食料庫からずっとこの調子で噛み続け、見かねたリリアが一度落ち着くように促したのだ。

 食べ慣れていないとはいえ、品の無いところを見られてしまったことで、宗司の顔は真っ赤になっていた。焦れば焦る程、肉は弾力を増したように宗司の歯を受け止め、そのことが更に苛立ちを生んだ。

 その必死な様子に流石に哀れみを覚えたのか、リリアが少しだけフォローに回った。



「まあ本当は調理するのが前提のものじゃからな。慣れぬのならしょうがないとは思うぞ」


(辛い……っ)



 しかし、その優しさは今の宗司には逆効果である。もう情けないやら恥ずかしいやらで一杯になっていた。

 コツをつかんで完食するころには、リリアは既に本を読んでいた。



「ようやく食べ切ったか」

「いや、もう本当に見苦しいとこみせてすみません」

「それがな、途中で気づいていたが筋が混ざっておったな。運が悪い奴じゃ」

「選んだのリリアじゃないですか」

「わざとではない。油は綺麗にしておくのじゃぞ。手を洗うところはあっちじゃ」

「はいはい」



 干し肉から出た油が机などにつかないよう、注意して立ち上がり手洗い場へと向かう。



「…………」



 使い方がわからない。排水溝はあるが、蛇口やそれっぽいものがないのだ。




「これどうやって使うんです?」

「……やれやれ。貴様は本当に手のかかるやつじゃの」



 またもあきれた様子でリリアが近づいてくる。

 そして、



「え?」



 宗司は信じられないようなものを見た。



 何もないところから水が出ているのである。



「ほれ、さっさと手を洗わんか」

「は、はい」



 宗司としては正直、こんな得体のしれない水に触れたくはないが、ぐずぐずして怒られるのも嫌なため手早く油脂を流す。

 宗司が洗い終わると同時に水の出現が止まった。



「……今のは?」

「水道を知らぬのか? 近づいて水を出すよう念じれば流れてくるぞ」

「そんなことを聞いているわけじゃない。なんで何もないところから水が出て、しかもなんですか、念じれば出るとかなんなんですかそれは」

「待て待て。何を興奮しておるのじゃ」



 畳みかけるように疑問を口にする宗司を、リリアが冷静になるよう制止をかける。まだ疑念が尽きない宗司だったが、自然と心が落ち着きを取り戻した。



「一旦、こっちにこい。腰を据えて話そうではないか」

「……わかりました」



 渋々先ほどまでいた席に座り、宗司は改めて切り出した。



「さっきの水はどうやってでているんですか?」

「? 魔法じゃ。それ以外に無かろう?」

「魔法? 魔法って……あの魔法?」

「いや、まあ正確には水を作る魔法を閉じ込めた魔道具じゃがな」

「だから……そもそも魔法って……。なんですか、魔法って」

「貴様が何を聞きたいか知らぬが、妾にはそれぐらいしか答えられんぞ。詳しく知りたければ学者にでも聞け」


(魔法って……ある、のか?)


 あまりのリリアの自然な様子に、危うく宗司が流されそうになる。慌てて思い直して、努めて冷静にこの状況を振り返る。


(……電気ガスに関しては昨日少し確認した。それが使われている様子はなかった。水道もないと考えるのが自然だけど、さっきはちゃんと調節(・・)された水流が出た。元からあの勢いかもしれないけど、そもそも蛇口がないのにどこから水が流れてた?)


 宗司はしっかりと虚空から水が出たのを確認している。恐らくそれは錯覚ではない。

 ならばあの現象は何だったのか。


(魔法なわけが…………)


 まだ現実的な理由を考えようとする宗司の脳裏に、ある景色が浮かんだ。

 昨日、目覚めてすぐの出来事である。


(傷の再生……)


 リリアによって深く切り裂かれた右腕が、あっという間に塞がっていくのを宗司はしっかりと見ていた。その後すぐに混乱して忘れていたが、あの様子はまさに魔法のような出来事だろう。


 魔法が存在している。


 この事実は何を示しているのかわからないほど、宗司は間抜けではなかった。

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