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救世の英雄は吸血姫に忠誠を誓う  作者: 丁太郎
二章 騒乱の始まり
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四十四話

怒涛

  少し時間を遡る。

 馬車の残骸から脱出した宗司は、一直線に暗闇の中を走っていた。いまだに腕は手錠で繋がれている。それゆえ、時折バランスを崩して盛大に転んでしまうが、宗司は気にした様子もなくひたすらに走っていく。

 当然、痕跡を気にする余裕などない。

 そうしてしばらく全力疾走を続けた宗司だったが、急にその足を止めた。履いていた靴を脱ぎ適当な木に引っ掛ける。自分は茂みに飛び込む、ゆっくりと元来た道を戻り始めた。


(頼むから騙されてくれよ……)


 今までわざと痕跡を残したのはこのためだった。

宗司は護送隊の襲撃犯の狙いを知らない。だが、犯人が圧倒的な力にもかかわらず、ちまちまとした殺戮を徹底的に行ったことを考えると、生き残った自分を見逃すはずがない。それこそいくら綺麗に逃亡しても、魔法か何かで炙り出されるのがオチだ。

 だからこそ宗司は敢えて痕跡を残した。それも自分が手錠を付けていて逃亡が困難だとあえて示すように。追跡が容易だと誤認してくれれば、わざわざ魔法は使わないだろう。

 そして、宗司は道を引き返したのだが、その狙いは二つ。

 一つは、馬車の残骸の中から手錠の鍵を探して外すこと。

 二つ目は、


(っ!! 来た!)


 地面を這いずる宗司の耳に、何者かの話声が届く。宗司は茂みに身を隠しながら、こっそりと声の主の方を伺った。

 こんな夜の森の中を人が、それも偶然にも宗司が通ったルートを辿るように出歩くことがあるだろうか。近づいてくるのは襲撃者で間違いない。

 宗司の二つ目の狙いとは、襲撃者が何者なのかを確認することであった。



「ったく、結構遠くまで逃げてやがる。なかなかしぶといな」

「狩りみたいなもんだ。悪かねえ。それに、勇者サマが必死になって逃げてると思うと……」

「「ザマぁねえな! ギャハハハハ」」


(…………なんなんだ、あいつら)


 護送隊を壊滅させたであろう二人組の姿を確認して、宗司は絶句した。

 それは相手がたった二人だからだとか、あまりにも言動が下卑ているとかそういう理由ではない。

 あまりにも魔力が異質であったからだ。

 リリアの洋館で魔力を知覚して以来、宗司はリリアの指導の下で訓練を続けて来た。まだ魔法を使うための本格的なものはまだだが、訓練のおかげで多少は魔力による個人の識別を可能にしている。自身の魔力やリリアの魔力、ローゴの魔力ぐらいならおおよそ判別できようになった。

 そして今。目の前を通った二人組からも魔力を感じたが、それは宗司の知る魔力とはとてつもなくかけ離れたように感じたのだ。


(なんで護送隊の魔力があいつらから感じられるんだ!?)


 少なくとも、彼らは宗司と同じ馬車に乗っていた兵士ではない。しかし、その兵士と同じような魔力を二人から感じたのだ。

 さらに、


(何人分かわからないぐらい……同化してやがる)


 まだ宗司の知覚能力では、個人単位で正確に魔力を推し量ることは難しい。それでもはっきりとわかる程、複数人分もの魔力が二人の中にあった。

 どう考えても異質だ。

 宗司の脳裏で警鐘がガンガンと鳴る。冷や汗が流れ落ち、呼吸も気づかないうちに荒くなっていた。



「ん?」


(しまった!)


 知らず知らず荒くなっていた呼吸を魔族が耳ざとく聞きつけた。慌てて宗司は息を止めるがもう遅い。

 魔族は訝し気に辺りを探り始めた。



「おい、どうした?」

「なんか居る気がしてな。魔法使って炙り出してやろうかと思ってよ」

「……あまり使いすぎるなよ」



 早くも魔族の手の平には魔法陣が映し出されている。それは、宗司が馬車の中で感じた魔法と全く同じものだ。どうやら言葉通り宗司を炙り出すつもりのようだ。


(まずいまずいまずいまずいっ)


 あの魔法に対抗しうる術は宗司にない。食らえば良くて致命傷といったところだろうか。

 かといって逃げようものなら、それこそ彼らに見つかってそのまま殺される。

 まさに万事休す。宗司は必死にこの状況を打開できないか思考をめぐらす。


(……一か八か逃げるしかない!)


 もはや手はそれしかなかった。相手が魔法を打つその瞬間に、一気に逃げる。上手くいけば、魔法の衝撃で気配を殺せるかもしれない。

 宗司はわずかに体を起こしてその瞬間に備える。緊張が高まり、気配を殺すのが息苦しく感じるほど、体は酸素を求める。

 魔族の魔法は、馬車に向けて放ったものとは比にならないほど膨大になり、そして―――







 遠くでズドン、と衝突音が聞こえた。



 魔族たちの行動は速かった。発動寸前だった魔法は掻き消え、すぐに音のした方へと向かう。宗司が恐る恐る顔をのぞかせるころには、僅かに魔力の残滓が漂うだけだった。

 しばらくの間、辺りを見渡し魔族たちが立ち去ったことを確認して、宗司は茂みから這い出た。

 どっと疲れが押し寄せ、長くため息をつく。



「……はああああ、マジでヤバかったああああああ」



 宗司はへなへなと座り込み額の汗をぬぐう。とてもではないが生きた心地がしなかった。

 本当ならさっさと逃げたほうがいいのだろうが、悲しいことに腰が抜けてしまってすぐに立ち上がれそうにない。とりあえず、体についた葉や土などをはたいて落とそうとした。



「……リリア?」



 不意に慣れた魔力の気配がした。

 そして、その魔力は先ほど衝突音がして、魔族たちが向かった先から感じられた。

 そのことに気づき、弾かれたように宗司は立ち上がる。手錠がちぎれたことにも気づかず、一目散に森の中を駆け抜ける。

 間違いなく、魔族達と戦闘になるだろう。リリアに限ってないとは思うが、相手は二人だ。

 脳裏をよぎる最悪の事態を絶対に起こさぬよう、宗司は一直線に走る。

 その道中。



「!? うおおおおおおりゃああああ!!!」



 前方から先ほどの魔族が吹っ飛んできた。突然のことに驚きながらも、的確に蹴り飛ばす。



「貴様アアアアアァァァァァ……」



 血の契約で強化された宗司の回し蹴り。吹っ飛んできた魔族はさらに速度を上げて森の奥へと消えていく。



「なんなんだ、一体……」

「ソージ! 無事だったのか!?」



 困惑する宗司の元に魔族を追ってきたローゴが現れた。

 すぐに宗司は頭を下げる。



「勝手な行動してすみませんでした!!」

「今はそんなことどうでもいい! 魔族は!?」

「さっきあっちに蹴り飛ばした」

「すぐに追うぞ!! 絶対に逃がすな!」

「わかった」



 ローゴの様子から宗司はなんとなく状況を理解する。

 分断できているのならば、手伝うべきはローゴの方だ。一対一でリリアが負けることは無いだろう。

 状況整理は後回しにして、宗司はローゴと共に魔族を追うことにした。

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