四十三話
「オラァ!!」
雄たけびとともに魔族が突貫してくる。腕が振りかぶられるが、その手には何も握られていない。素手で戦うのだろう。リリアは間合いに入られないよう少し後退しながらその拳に狙いを定め、殴り掛かられるその瞬間、鋭く槍を突き出した。
槍と拳。本来であればこの時点で勝負は決していたはずだ。しかし、魔族の拳は刺し貫かれることなく、まるで金属同士が衝突したような高音とともに弾かれるだけだった。
その弾かれた一瞬のうちにリリアは大きく距離をとる。
(やはり『硬化』か。それもなかなかの強度じゃの)
硬化。その名の通り、魔力によって物質を硬化する魔法である。先ほどの金属音はこれによるものだ。
これで武器の差は埋められる。それどころか、
(ふむ、槍を突き立てるのもままならぬか)
魔族の拳は完璧に銀槍を弾いて見せた。後退する際にもリリアはくまなく観察していたが、その拳には皮が破れるどころか血が滲んだ様子すら確認できなかった。
つまり相手の魔族は熟達した『硬化』の使い手であり、その硬度はリリアの槍すら防ぐということになる。
対してリリアには相手の攻撃を防ぐ術はない。ヴァンパイア故、人間よりは体が頑丈だがそれだけである。鉄塊のような拳の一撃は防ぐべくもない。
さてどうしてくれようか、とリリアに考える間を与えず、すぐに魔族は距離を詰めて来た。
「これで終わりだッ!!」
見事な体捌きで槍の間合いに入り、魔族の男はリリアに殴り掛かる。それを彼女は柄を持って防ごうとした。
再び、ガキンと金属音が響く。
「チッ」
今度は魔族の男が距離をとった。その顔には激しい怒りが浮かびあがっている。
そして、握らされた黒槍を叩き折った。
「どうやって気づきやがったテメェ」
「ふん、ヴァンパイアの眼をもってすれば簡単な事じゃ。いかな暗闇とはいえ妾には貴様の拳がはっきりと見えた、ただそれだけのこと。……しかし、まさか魔族が反魔法、それも魔石にこめて使うとは思わなかったがの」
飄々とした態度とは裏腹に、リリアは注意深く魔族の指に光るリングを見ていた。
一見何の変哲もないシンプルな、というか無骨な造形の指輪だ。しかし、よく観察すると手のひら側に非常に小さな魔石が埋め込まれている。その魔石に込められているのが反魔法、魔力の動きを乱して魔法を使えなくする魔法である。
魔族に掴まれ指輪を使われれば、一時的にリリアの魔法は解除され窮地に陥っていただろう。
それが相手の狙いであり、殴ろうとする動きは彼女を掴むためのフェイントに過ぎなかった。腕の振りと直前に開かれた手に対し、咄嗟に黒槍を射出して回避できたのはリリアにとっても奇跡的な反応だった。
決して悟られないように不敵な笑みを浮かべながら、リリアは内心ではかなり肝を冷やしていた。
(あ、危なかった……。じゃが、これでようやく魔族が結界内にいる理由に納得がいったわ)
本来魔族が持つことがないであろう品と魔法。リリアが事情を推し量るのには十分すぎる材料だ。
リリアは間違いない、と己の推測に確信を持つ。
しかしそのことについて相手を問いただしている時間はない。大事なのは、その理由によって宗司の救出がより急務になったということである。
(……ソージのやつめ、戻ったら本気で噛みついてやろうかの)
余計な面倒ごとを増やした従僕に半ば呆れつつ、リリアはその身に溢れる魔力を全て槍に注ぎ込んだ。
より硬く、より鋭く。月女神の祝福を受けた槍は、込められた魔力に呼応してその輝きを強くしていく。
傍目に分かるほど力を増幅させていくリリア。それを止めようと魔族が三度襲い掛かる。
「させるかよ!!」
「遅いわっ!」
狙いを絞られぬよう弧を描くように迫りくる魔族。先ほどよりも早くなっているが、今のリリアには関係ない。研ぎ澄まされた穂先は、過たず男を貫いた。
刃は深々と肩に突き刺さり、鮮血が夜闇に飛び散る。どさり、と魔族の男は膝をついた。
「グ……テメェ……わざと肩を……」
「動きを封じるにはこれが楽じゃからな。殺しても良いが……貴様を下手に殺すと後が厄介というのは聞いておる。のう、ハイドラ?」
ハイドラと呼ばれた魔族の男は悔しそうに顔を歪める。こうもあっさり奥の手を封じられるとは思わなかったようだ。
そんなハイドラをリリアは槍ごと近くにあった大木に縫い付ける。苦悶の声にも一切耳を貸すことなく、リリアは容赦なく手足に槍を突き刺した。
「絶対にぶっ殺してやるからなテメエ……!!」
「それはそれは興味深い話じゃが、妾には貴様を倒しきることよりも優先することがあるからの。恨み言は後で情報とともに聞いてやる」
最後に魔法で鎖を作り出し幾重にも巻き付け、リリアは今度こそ宗司を回収するために空へと飛び立って行った。




