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救世の英雄は吸血姫に忠誠を誓う  作者: 丁太郎
二章 騒乱の始まり
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四十一話

 吸血姫のリリアにとって、夜というのは最も己の力を振るうことができる時間帯である。

 夜の帳を取り込み増大したその力は、まさに闇の王と形容するのが相応しいだろう。

 わずか数分にして馬車が何時間もかけて移動した距離を走破して、彼女はクラド近郊についた。



「まだソージの気配を感じぬか」



 意識を集中させて眷属の力を探るも、あたりにそれらしき反応はない。

 仕方なしに彼女は再び宙へと舞い上がり、クラドを中心に大きく旋回する。その途中、森にほど近い街道沿いで、燃えている馬車を発見した。



「あそこか」



 あれがセガンからの護送隊だろう。そう確信して、彼女はその明かりへ向かっていく。

 異常事態が起きたことはすぐに分かった。



「これは……」



 見るも無残な光景を目の当たりにして、彼女は立ちすくんだ。

 ボロボロに破壊された馬車に、無造作に転がる死体。明かりこそあるものの、その周囲に人影はなく、ただ静寂の中で馬車が焼ける音が響くのみであった。

 リリアはあたりを見渡して状況を整理する。


(やけに死体の数が多い……しかも同じ制服の兵士ばかりじゃ。こやつらがソージを運び、ここまで来て何かに襲われ、そして全滅した……)


 頭の中で思考をめぐらすも、一体何が起きたか彼女にはまるで理解できなかった。

 ただ一つ言えるのは、襲撃したものが何であれ、その存在は護送隊を歯牙にもかけなかったということである。食い荒らされたような形跡がない事から動物などではないだろう。かと言って野盗が襲ったとは考えにくい。

 そんなことを考えていると、リリアの脳裏にある二人が浮かび上がった。


(まさか……いや、そんなはずはない!! 魔族は聖結界の中では満足に動けぬはずじゃ! それはメアリスとて例外ではない! 隊を丸々殲滅できるはずがない!)


 本来であれば魔族はこの白土大陸をおおう結界を超えて中に入ることはできない。なんらかの方法があって侵入することができたとしても、結界内ではその能力は抑制されるはずである。

 そもそも魔族がどんな手段をとっているかわからないが、それが容易でないことは間違いない。魔族が大挙して押し寄せてない事がその証拠だ。

 リリアは頭を振って浮かび上がった想定をかき消した。


(それこそ野盗共が護送隊を襲うような話と同義ではないか……)


 だが、それでも胸には一抹の不安が残る。その不安は辺りを調べれば調べるほど強くなっていく。

 兵たちが反撃したような様子はなく、一方的な攻撃が色濃く残り、そのなにかの圧倒的な力がより浮き彫りになる。

 まるで彼女の推測を裏付けるように、戦いの跡はその凄惨さを物語っていた。

 リリアは悔しそうに唇をかみしめる。


(せめて生き残りが居れば何が起きたか問い質せたものを……!)


 その時であった。

 リリアのすぐ近くに魔力の塊が落下したのだ。

 仄かに白く光るその球体から尋常ではない魔力量を察知し、リリアはすぐに槍を構えた。

 すると、中から声がした。



「俺だ……いてぇな全く」



 ローゴの声だった。顔をしかめながら、球の表面を破ってその姿を現した。



「貴様……なんじゃそれは?」



 予想だにしない登場に、リリアは訝し気に問いただす。

 ローゴはどう説明したものか少し考え、



「ちょいと知り合いに頼んだ」



 すべて端折った。

 もちろん面倒だからであるが、リリアがその説明で納得するわけが無い。

 眉をしかめて無言で圧力をかける。

 ローゴは魔石を取り出した。



「あんたが早すぎるからこいつの誘導が無くなってよ、しょうがないから知り合いに頼んで飛ばしてもらったんだよ」

「どうやって?」

「あー……いや、俺も詳しくは知らねえけど、クラドに照準を定めて打ち上げたらあとは魔石の誘導で無事につくとかなんとか。まあご覧の通りだ」

「大砲にでも込められたのか?」

「多分そうじゃねえの」



 要領を得ない説明だが、ローゴ自身本当に何をされたのか理解していないのだから仕方がない。

 ローゴの言う知り合いとはアビトフェルの事だ。

 魔石の誘導を失い、どうにかできないかと相談しに行けばあれよあれよの間に空に打ち上げられていたのだ。しかもアビトフェルはローゴを砲弾に押し込むまで一切説明をせず、発射数秒の間に結果だけを伝えたのだから、ローゴが説明できるはずがない。

 もっとも、リリアは別にローゴが隠し事するような言い方をしたから問いただしただけであり、方法を知りたいわけではない。既に興味を失い、辺りを警戒していた。

 それにつられてローゴも辺りを見る。



「……ひどいな」

「貴様から見て何が起きたか分かるか?」

「死体の様子から見て人為的な物で間違いはないと思うが……」

「そうじゃろうな。妾もそう思う」



 やはり自分の考えは間違っていない、とリリアは確信してある魔法を紡ぎ始めた。

 それは血の契約を辿り、宗司へと彼女の力を分け与える魔法である。これでもしもの場合でも宗司は戦うことができるだろう。

 そして、槍を強く握り魔法で白銀に染め上げる。



「……構えろ、ローゴ」



「……おいおいおい、まさかとは思ったが本当にお姫様のご到着じゃねえか」

「そんなに男が欲しい年頃なんだろ。言ってやるな」



 暗闇から下卑た男達の声。その正体に気づいて、リリアは忌々し気に舌打ちをした。

 二人から放たれる得体のしれない禍々しい魔力を感じ、ローゴは戸惑ったように彼女に問いかけた。



「一体何者だ、あいつら」

「魔族じゃ。それもとびっきり性質の悪い者どもよ」


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