四話
「さて、まずは貴様の部屋を決めねばならんな」
そう言いながらリリアは腰かけていたベッドから立ち上がる。
予想外のことを言われ、宗司は怪訝そうに聞き返した。
「部屋、ですか」
「うむ。気に入ったところで住めばよい」
「気に入るって言われても……」
戸惑いながら部屋を見渡す。宗司でもわかる高級な装飾が施されている。
燭台やら巨大ベッドやら金糸、極めつけはシャンデリアだ。とてもではないが、落ち着く空間とは言えない。庶民には分不相応すぎる。
「そんな部屋有りますかね?」
「むっ。この部屋だけ見て決めるでない。いくらでもあるからの」
宗司の台詞を聞いて、何を勘違いしたのかリリアの眉が吊り上がる。そして訂正する間もなくすたすたと部屋を出ていってしまう。
呆気にとられて見送ってしまった宗司だったが、慌ててついていくのであった。
* * * *
それからしばらくして、二人がリリアの部屋へと戻ってきた。宗司の住む部屋はもう決まったようである。しかしその割にはリリアの顔が微妙に険しかった。
彼女はベッドへと腰かけ、無言で宗司に椅子へと座るよう促す。気迫に押され、宗司はおとなしく従った。
着席したのを確認すると、不機嫌そうにリリアが愚痴りだした。
「全く、妾がせっかく使ってよいと言っておるのにわざわざボロ部屋を選びおって。いっそのこと外で暮らしたらどうじゃ」
「いくらなんでもあんなに豪華な部屋に住めるわけないじゃないですか。ああいう部屋は値慣れないですし、それに主人よりいい部屋に住む下僕がいます?」
「妾がいいと言っておるのじゃ。それに文句を言う者はおらん」
「だから俺がダメなんですよ」
その愚痴に真っ向から反論する宗司。流石に機嫌を悪くされる筋合いはないのだ。
ちなみに宗司が真っ先に案内されたのは、ここの隣の部屋だ。この部屋よりも広いというだけでなく、調度品がいわゆる貴金属などでできており、さらに言えばベッドは天蓋付き。
手始めに、とリリアは言っていたが宗司は豪華な部屋がいいとは言っていない。意気揚々と次の部屋へと行こうとする彼女を引き留めたのは言うまでもないだろう。
そして出鼻をくじかれたリリアが腹いせに案内した小さな部屋を宗司が気に入り今に至る。
リリアが若干不機嫌なのはそれが理由であった。
要するに拗ねているのである。
そのことについては宗司も察してはいるが、言えば最悪放り出されるので指摘しないでいた。
「貴様が決めた部屋じゃからな。後で文句など聞かんぞ」
「わかってます」
強めの語気で念押ししてくるリリア。もちろん、文句など言うつもりは微塵もなく、はっきりと返答する宗司。
そして不承不承という感じで彼女は態度を軟化させ、宗司へと質問を促した。
「ならばよい。それで貴様はさっきから何を訝しんでおるのじゃ?」
思わず宗司は舌を巻いた。確かに思うところはあったが、態度には出していないはずだ。それこそ聞くつもりはないぐらいには些細な疑問である。
まさかそれすらも見透かされるとは思っていなかった。
「なんか誰にも会ってないなーと少し不思議に思って」
正直に宗司は聞いた。
その質問に、リリアの方が首をかしげながら答えた。
「言わんかったか? この屋敷には妾と貴様以外はおらんぞ」
「は? 誰も?」
そのありえない答えに思わず素で聞き返す宗司。
先ほど少し屋敷を案内されて、ここの広さは身に染みている。誰もいないというのはあまりにも不自然だ。
こともなげにリリアは頷いた。
「本当に誰もおらんぞ。なんならもう少し回ってみるか?」
「いえ、結構です……」
不思議だ不思議だと思っていたが、それはあくまで彼女の雰囲気の感想に過ぎない。
ここへきて初めて宗司はリリアへ不信感を覚えた。
見て回ったところ、この屋敷には電化製品はおろか電気すら通っている様子はなかった。暗い廊下には古いランプのようなものなどが点在している、そんな文明とは程遠い印象を受ける屋敷だった。
つまるところ、一人暮らしとは言っても現代日本のそれとはわけが違う。宗司よりも年下に見えるリリアが一人というのはあまりにもおかしい。
そんな疑念が沸き上がり、無意識に宗司の態度が硬くなる。そのことはリリアも気づいていたが、彼女は何も言わず、ただ手元に本を引き寄せただけだった。
「失礼します」
とはいっても、これから世話になる人物だ。不信感こそあるが、それはまたおいおいでいいだろう。
宗司は追及することはなく、そっと部屋を出ていく。
「……貴様も話していない事があるだろう」
ドアを閉じる直前に投げかけられた言葉を、宗司はあえて聞かなかったことにした。
去って行く足音を聞きながら、リリアは小さく呟く。
「さてさて、なんとも奇妙な奴を拾ったものじゃ」
眉を顰め、しかしその口元には確かに笑みを浮かべていた。