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救世の英雄は吸血姫に忠誠を誓う  作者: 丁太郎
二章 騒乱の始まり
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三十六話


 セガン下級区裏通り。ここは治安が悪く、怪しげな店や空き家が目立つ通りである。その建物のうち、店主がいかがわしい店にドはまりして借金に追われ経営破綻した店があった。

 既に店主は田舎に帰っており、外装こそそのままだがただの空き家である。

 しかし、その建物の窓には分厚い布が掛けられており、今日もある男が人目を忍んでドアをくぐって行った。

 男は薄暗い店内を進み、更に奥の扉を開く。

 すると、小さな小部屋にはランプとそれを囲う数人の男がいた。



「首尾はどうだ?」



 入ってきた男に、一人が声を掛ける。

 男は返事をしながら輪に加わった。



「最高。あのガキ、たんまりと貯めこんでやがった。……ただ妙にやばそうな大男が近くにいてよ。一回邪魔されちまった」



 ランプに近づき、男の顔が照らされる。ローゴの想像通り、その男は下級区の酒場で財布を取ろうとしていた冒険者であった。

 痣が出来ている手の甲をさすり、男は忌々しそうに舌打ちする。

 愚痴を続けようとする男を遮るようにして、別の男が成果を催促した。



「でよ、」

「とりあえず盗ってきたものを出せ。話はそれからだ」

「ちっ……ほらよ」



 男はランプの近くに宗司から盗んだ袋を置く。それだけで硬貨のぶつかり合う音が重く響いた。その音に、男たちは下卑た笑みを浮かべる



「それだけありゃあ、活動資金には手を付けずに済む。奴らのからの報酬と合わせりゃぼろ儲けだぜ」



そう言って、男はにやけた顔でいそいそと袋を開き始めた。




*    *    *    *



 男たちが財布を確認している丁度そのころ。



「どうやら当たりのようだな」

「さすが剣聖様」



 建物のすぐ外では宗司とローゴが中の様子を伺っていた。

 中にいるのが件の盗賊であることを確認して、ローゴは早くも剣を抜いた。



「とっとと取り返すぞ」

「待て待て待て」



 慌てて宗司はローゴを止める。なぜ止められたのか分からず、ローゴは眉間にしわを寄せて振り返った。



「待つ? なんでだ?」

「なんでって、寝るまで待ってそれからこっそり取り返したほうが楽じゃんか」

「お前なぁ……」



 宗司の提案を聞いて、呆れたようにローゴがため息をつく。



「ああいうやつらは交代で見張りを立ててるからこっそり取り返すのは無理だ。それに夜になったら移動するかもしれないだろ。あと、俺は早く帰りたい」

「最後のが本音だろ」



 一見すると短絡的な行動のようだが、どうやら本当に最善策らしい。

 だが、宗司には宗司で気にかかっていることがあった。



「衛兵はどうする? 騒ぎ起こすとすぐに来るんじゃないのか?」

「んなもん夜に行ったって同じだろうが。ささっと襲ってすぐにとんずらすれば衛兵にばれることもねえ」

「言ってることが盗賊と変わんねえよ」



 面倒ごとを起こさないよう無難な作戦を考えたが、どうやら下策であったらしい。宗司は考え足らずだったことを反省する。

 そこにローゴが畳みかけた。



「そもそもお前、こっそり取り返してそれでいいのか? やられっぱなしだぞ」

「……そりゃあよくはないけど」

「……さっさと取り返さないとリリアから貰った手帳、捨てられるかもしれんぞ?」

「いいわけがない」



 いつもの。

 案の定宗司はあっさりと強攻に同意する。

 しかし、今まで慎重だった反動が出てしまった。


 宗司は立ち上がるや否や、壁を全力で殴りつけた。


 さほど頑丈でもない壁に大穴が開く。


(マジでか)


 突拍子もない行動に思わず目を丸くするローゴ。

 だが、あながち宗司の行動は間違いでもない。

 中では盗賊たちが意表を突かれ、混乱していた。武器を構えているものは一人のみだ。

 残念ながら、本人としてはこのことを意識していたわけではないのだが。

 これ幸いと言わんばかりに、宗司はまっすぐ盗られた袋へと向かっていった。

 少し遅れてローゴが唯一剣を構えた盗賊に襲い掛かる。



「おい!! ぼさっとしてんじゃねえぞ!」



 ローゴが切りかかるよりも早く、盗賊の男が仲間に指示を出す。直後、ローゴが瞬く間に剣を打ち据える。鋭い金属音が響いたすぐあとに、鈍く重たい音が続いた。ローゴが前蹴りで男をぶっ飛ばしたのだ。宙を舞った男の体が、部屋の隅にあった机へと叩きつけられ束ねられた紙が散らばる。男はぐったりとしたまま動かない。気を失ったようだ。

 早くも一人無力化に成功したが、残りの四人も既に態勢を整えてしまっていた。

 その構えからローゴが戦力を分析する。


(手練れだな、こいつら)


 意表を突いたにもかかわらず、対応できるものがいた。戸惑いもすぐに消え、仲間が倒されても冷静さは失っていない。少なくともただのならず者ではないことは確かだろう。四対一で慢心する様子もない。

 しかし、そんなことはささいな話である。一瞬で見極めを終え、ローゴは地面を蹴った。

 咄嗟に飛び退いた盗賊を蹴り飛ばし、隣の者は顔面を張り倒し、立て続けに切りかかってきた一人目をよけると、二人目の腕をつかんで一人目に投げつける。

 そして、あっという間に制圧してしまった。



「……え?」



 そのあまりの速さに、宗司は介入することも出来ずただ唖然としていた。

 ローゴは軽く埃を払い落とすと、おどけた様子で肩をすくめる。



「なんだなんだ。そこまで驚くようなことじゃないだろうが」

「いや、なんかもう、別人みたいだ。え、本当にこの間リリアにボロ負けした人ですか?」

「お前んとこのお嬢と比べんなよ……」



 とんでもない人物と比較されていたことに剣聖は肩を落とした。

 とはいえ、宗司は割と本気でローゴの実力に驚いていた。なにせ彼の動きは強化された宗司の動体視力でも追いつく事が出来ず、突っ込んでいった盗賊達が瞬く間に自滅したようにしか見えなかったのだ。むしろ、辛うじて動きの流れを捉えることができたからこそ、ローゴが制圧したと理解したのだ。


(虎の威を借る狐の気分だな……)


 宗司が倒れている盗賊たちを眺めてそんな感想を抱く。もっとも、虎の威というのであれば既に宗司は猛虎の威を借りまくっているのだから今更ではある。

 少し情けなく思いながら、宗司は袋の中身を確認した。そこにリリアから貰った手帳が入っていることと、一応財布が中身とともに無事であること確かめる。

 宗司の表情から取り返せたことを確認して、ローゴは逃げる様促した。



「それじゃあとっととずらかるぞ」

「あいよ」



 あっという間の制圧劇ではあったが、余裕はない。実際、宗司が壁を粉砕した時点で異常事態として通報されてしまっていた。

 ローゴは人目がないか確認し、念のためにフードを被って廃屋を後にした。

 宗司も袋を大事にしまってから後に続こうとする。



「ん? リリア?」



 部屋にはローゴが吹きとばした紙がまだ舞っていた。

 その中に、自分の主人の名前を見つけてしまい、怪訝に思った宗司はそれを手に取る。

 ほとんど読めないが、やはりリリアの名前が記されていた。そして隣にはこの世界の文字で吸血鬼と書かれているのも見つけた。偶然名前が一緒、ということはないだろう。



「もしかしてここらの書類ってリリアとなんか関係あるのか?」



 盗賊のアジトにあった書類だ。なにか重要なことがあるとは思えないが、それでも念のために宗司は書類を集めることにした。

 幸い、枚数はさほどでもなく、すぐに宗司は紙をまとめて懐にしまった。



「ローゴの家でじっくり読むか……」



 穴から外へ出る。ローゴがどこに行ったのかとあたりを見渡して、



「あ」

「おい! ここで何してんだお前!」



 こうして逃げ遅れた宗司は駆けつけた衛兵に捕まってしまった。






「なにやってんだ……」



 隣の屋根ではローゴが身を隠しながら頭を抱えていた。



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