三十五話
瓦礫の中からローゴと宗司が現れる。転移魔法によるものだ。いったいどういう仕組みなのか、勝手に瓦礫が魔法陣を構成していたらしい。転移が終わると、また一人でに散らばっていった。
転がっていく瓦礫に目を奪われ、宗司が驚きの声を上げる。
「え、なにあれ?」
「俺にもよくわからん」
だが、ローゴは首を横に振り、来た道を戻っていく。彼にもよくわかっていないようである。
釈然としない様子で宗司は先を行くローゴの後を追った。
すでに日はだいぶ暮れており、少し離れただけではぐれてしまいそうなほど暗い。暗さとあいまって、人気のない下級区はかなり薄気味悪かった。
(なるほど。アビトフェルさんが転移魔法を置くわけだ)
ただでさえ街はずれなうえこの不気味さだ。そうそう足を踏み入れるものなどいないだろう。
追われているアビトフェルにとってはちょうどいい立地だ。
最も、その条件を好むのは他にもいる。
「うおっ……と」
ローゴから少し離れて宗司が歩いていると、物陰から急に男が飛び出してきた。あわやぶつかりそうになるも、宗司は咄嗟に身をひねって衝突を回避する。
飛び出してきた男は体勢を崩しながらも転倒することは避けたようだ。なかなかの身のこなしである。
宗司は一言言ってやろうと不用心にも近づいてしまった。
「バカッ、そいつは」
振り返ったローゴが異変に気付いて警告を発したがもう遅い。
「寄越せ!!」
男は怒声を上げながら宗司につかみかかり、一瞬で財布を抜き取って走り去っていった。ついでに突き飛ばされ、宗司は壁に頭を打ち付けられた。
「――――ッ」
後頭部から脳髄に強く鈍い痛みが走る。危うく宗司は意識を持っていかれそうになるも、なんとか耐えた。すぐさまローゴが駆け寄ってきた。
「大丈夫か!?」
「なんとか……。それよりごめん、財布取られた」
「構わん……とは言えねえ額だけど、ここでお前を置いていくと奴らの思うつぼだ。今度は身柄ごと攫われかねん」
(また獲物扱いかよ……クソッたれ)
ローゴの説明を聞いて、心の中で悪態をつく宗司。なぜこう自分ばかり狙われるのか納得がいかない。
男が走り去っていった方を睨みつけ、ローゴはその正体に見当をつけた。
「多分酒場の奴だな。やけに大人しいと思ったら盗賊だったとはな」
「ってことは取り返せないのか?」
それは困る、と宗司は顔を青ざめる。あの財布、正確に言うと財布を入れていた袋の中には、ローゴから借りた金以外にもリリアから貰った魔法のメモ帳が入っているのだ。なくさないようにと、わざわざ財布と一緒に管理したのが仇になった。
メモのことはローゴも知っている。飛び起きようとする宗司を留める。
「待て。あいつは本物の盗賊だ。今更追いかけたって追いつけるかわからないし、それにまだ目眩がするだろ」
「けど……」
「今は休め」
実際問題、今から二人が追いかけたところで盗賊には追い付けないだろう。身体能力は宗司と同じくらいなのだが、いかんせん人を巻く技術に長けているのだ。スリに気づいてからローゴはずっと観察して、盗賊の男が熟練であることに気づいている。
(十中八九盗賊団の奴だろ)
だとすれば、初動ですぐに捕まえられなかった時点で取り返すのは難しい。恐らく既に仲間の下に帰っているとすれば、
(ソージには難しいだろうな)
リリアの実力は身に染みている。だが、それに対して宗司の実力はやはりいまいちと言わざるをえない。そもそもローゴがこうしてついてきているのもそれが理由である。
リリアが宗司に七聖地を教えた夜。ローゴは彼女に呼び出された。
「ソージは覚悟が甘い」
ローゴが席に座るや否や、開口一番リリアはそう言った。
「甘い、ね」
「貴様ももう気づいているだろう。ソージはこの世界の人間ではない、と」
「まあな」
「知らないことはしょうがないとは思う。妾の屋敷で世間を知るというのは難しかったからの。じゃが、秘密を守る意識というか、有体に言えば隠し事が下手じゃ。悪ぶっても根がいい奴なのじゃ」
(従者自慢に呼ばれたのか俺……)
話しているうちに話題があらぬ方向へとずれていく。ローゴが半ば呆れていることに気づいたのか、リリアは少し照れた様子で話を戻した。
「とりあえず危機意識が足らん。自分のためなら嘘をついてでも、という感覚がない。あれでは、例え襲われてもろくに反撃できずに終わるじゃろう。ともかく自衛がなっとらんのじゃ」
「確かにそうだな。あんたの従者だけあって能力は悪くないが」
「うむ。それで本題なのじゃが―――――」
(ソージを守ってくれ……と)
言外に「断るのなら……」と匂わせていた可愛らしいお願いである。案内以上に宗司に気を遣っていたのはそのためであった。
そして今回の盗難。宗司は何が何でも取り返そうとするだろう。リリアからの贈り物を取られているのだから。
相手は盗賊団である。リリアからのお願いがある以上、
(まあ、奴らには相手が悪かったと諦めてもらうか)
目の前の宗司にばれないよう、ひそかにローゴはため息をついた。




