三十四話
「さて、それじゃあ説明を続けよう。次は君の魔力の特質についてだ」
その前に、とアビトフェルは基本的なことを知っているか宗司に確認した。
「魔法を使うためにには術者本人の魔力が必要ってことはもちろん知ってるよね」
「さわり程度には」
「今はそれで十分だよ。とりあえず魔力っていうのは自然にあるものだけじゃなく人の内にもあるっていうことを知っていればいいから。それで人の中にある魔力っていうのは基本的に体から独立しているんだ」
「人の中にあるのに?」
「うん。すごい極端な話だけど、内臓ってあるでしょ。体の中にあるからって自在に操る事、できる?」
「無理です」
「イメージ的にはそういうことだよ。あるにはあるけど操れないし自発的に動かせない。だけど、内臓は体の一部だからこっちで何かしなくても働いてくれるよね。魔力は勝手には動かないよ。自分の中にあってもただあるだけだ」
「あ、なんとなくわかります」
言われて宗司は以前オークに襲われていたことを思い返した。確かにあの時死にかけたが、魔力が何かしたような感覚はなかった。
宗司は説明に納得して頷く。だが、アビトフェルは困ったように笑っていた。
「どんな体験したかは知らないけど、君は例外だよ。まあそれは置いておこう。この独立しているっていうのが重要でね、肉体と魔力に関係はないんだ。魔法は集中力が欲しいから疲れてるときや病気になっていると発動しない時もあるけど魔力は違う。勝手に魔力を吸う魔道具とかは、いくら肉体が本調子じゃなくても魔力さえあれば動いてくれる」
「待てアビト。その話、俺にとっても初耳なんだが?」
ローゴは菓子屑を払う手を止め、驚きの表情でアビトフェルを見る。宗司もそれにつられて疑わしげに視線を向けた。
二人から詰問するような視線を受けて、思い出したようにアビトフェルは手を打った。
「そうだったそうだった。まだ誰にも話してないんだった。けど、ちゃんと実験したし結果もそれを証明してるよ」
「どうやって実験したんだ」
「簡単な話さ。最初に僕の全魔力でしか動かせない魔道具を作るだろ? それを普通の日と風邪ひいた日に動かすだけさ。で、念のために知り合いにも同じことして同じ結果がとれたよ」
「マジかよ……」
さらりと言ってのけるアビトフェルに対して、絶句しながらもローゴはそれ以上追及しなかった。元より従来の常識を知らない宗司は、ローゴが彼の新説を受け入れるなら話を聞くだけである。
紅茶で軽くのどを潤して、アビトフェルは話を戻した。
「それで、普通は魔力は独立しているんだけど、ソージ君は違う。僕が見たことないぐらいに肉体と魔力が密接なんだ」
「それは、何か問題なんですか?」
「そんな心配そうな顔しなくても大丈夫。むしろ羨ましいぐらいだよ。肉体の損傷を魔力が、魔力の消費を肉体が、それぞれの形を変えて代用されるんだ」
目を輝かせてアビトフェルは力説する。
だが、何がすごいのか宗司にはよくわからなかった。ローゴを見ると、彼もまた理解できていない様で首をかしげていた。
ピンと来ていない二人を見て、アビトフェルはさらに饒舌になる。
「いいかい。普通なら肉体と魔力は別々だ。体が傷ついても魔力は減らないし、魔力が減ったって肉体が疲れるわけじゃない。けどソージ君はさっき言ったように互いに代用ができる特性を持っている。例えるなら魔力がある限り疲れない体と、肉体的負担と引き換えに限界を超えた魔法が使えるんだ」
「でもそういう魔法あるだろ。回復魔法とか代償魔法とか」
「わかってないなあ。魔法なんて無駄に頭使うし魔法陣を構成するだけでも魔力を使うんだ。効率が悪いったらありゃしない。だから普通は魔方陣を杖に仕込んだり、詠唱で極力消費を抑えるんだけど、ソージ君は魔力を変換したり肉体を代償にすることに関してその無駄を省けるんだ!!」
興奮のあまり声を上擦らせてアビトフェルは利便性を主張する。
その話を聞いて、宗司はあることを思い出していた。
(腕切られてもすぐ治ったのはそれか……)
リリアに一回、メアリスに切られたときも腕の傷はすぐに塞がった。それに屋敷で働いていた時、疲労を覚えていなかった気がする。てっきり新しい生活に興奮していたからだと思っていたが違うようだ。
ちなみに宗司は今の今まで知らなかったが、リリアは契約を交わし血を口にした日からその特性に気づいていた。最も、彼女からしてみればやけに美味しくて回復効果の付く血というぐらいの認識でしかないのだが。
ちなみに、
「獲物が「好みの味じゃ」と言われて喜ぶかの?」
というのが彼女の言い分である。
とりあえず、宗司が今まで生きてこられたのはその特性あってこそなのは間違いないようだ。
宗司が話についてこれていることを確認し、アビトフェルはさらに続けた。
「ついでに君は感知にも優れるようになる。鍛えればすぐにでも僕よりも索敵が上手くなるよ」
「あ、それは教えてほしいです」
狙われている身からしたら、まさに欲していた能力だ。もろに宗司は食いついた。
「そうだろうそうだろう。では早速練習だ。せっかく親和性が高いんだから魔法なんて使わずに感知能力を」
「待て待て。先に解析したこと説明する方が先だろ。ソージが召喚者って話はどこ行ったんだ」
説明を放棄しかけたアビトフェルを慌てて制止し、ローゴは本題について問いかけた。
アビトフェルはわかりやすく体を硬直させてゆっくりと席に戻る。
カップに残っていた紅茶を飲み干し、そして淡々と告げた。
「召喚者については全く分かりませんでした」
「え」
「はあ?」
「だってしょうがないじゃないか。召喚者なんてそう滅多にこの世界にいるもんじゃないし、資料はないし、召喚魔法の研究は禁忌だったろ」
悪びれた様子もなく、アビトフェルは理由を述べる。最もローゴは別に責めるつもりはなく、宗司もまた同様であった。
むしろその情報がなくてもおつりが出るくらいには今までの話は有益なのだ。
「お前がわざと話を逸らした時点で分かってたけどな」
「じゃあ突っつかないでよ。……それで、今日の話はちゃんとソージ君の役に立ちそうかい?」
「はい。少なくとも目標は一つできました」
「うんうん。それじゃあ感知についてはまた今度教えてあげよう」
満足そうに頷いて、アビトフェルは指を鳴らす。すると、三人はテーブルごとエントランスに出現した。
「お帰りはあの扉からね」
「珍しいな。お前が直ぐに来客を帰すなんて」
「もう時間が時間だよ。すぐ暗くなるし、どうせ僕の転移魔法使って無許可で街に入ったんでしょ。なら怪しまれる前に帰らないと」
「ありがとうございます。また今度教えてもらいに来ますから」
いつの間に書き込んでいたのか、リリアから貰った本を閉じて宗司は席を立つ。頭の中は既に今日の夕飯の無いように切り替わっていた。
ローゴもそれに倣って荷物を拾い上げた。
その時、こそっとアビトフェルが耳打ちをした。
(ソージ君からは絶対に目を離さないほうがいい)
(なんだと?)
どういうことなのかとローゴは聞き返したが、アビトフェルはすでに離れて帰りを無言で促すだけだった。
腑に落ちないながらもローゴは言われたことを覚えておくことにした。
「それじゃあな」
「ではまた」
「じゃあねー」
* * * *
「ふぅ……」
二人が帰った後、ふらふらとアビトフェルは椅子に腰を下ろした。
久しぶりに人相手に話した、というのもあるが、今回は慣れないことをしたからである。
「対人能力ってどうやったら身につくんだろうな」
独り言を発しながら、一度消した宗司の魔力モデルをアビトフェルは再現していく。
完成したモデルを眉をひそめながら眺め、最後にため息をついて指を鳴らす。
彼の手元に一冊の本が現れ、宙に浮いたまま一人でにページが開かれた。
(魔力の核がないなんてなぁ……さてさて、どういうことなんだろうな)
そしてアビトフェルは『人族と魔族』と書かれた本を元の場所に戻すのだった。




