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救世の英雄は吸血姫に忠誠を誓う  作者: 丁太郎
二章 騒乱の始まり
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三十三話

 宗司はおとなしく椅子に座り、この世界に来た経緯を話すことにした。

 だが。


(気づいたら森、だからな……)


 起きた出来事について話そうとしても、宗司自身、何がどうなってこのヴァルラヘイムに来ることになったのか全くわかっていない。辛うじて魔族が何かしたという情報を得たぐらいである。

 森を抜けるときに自分のことについてリリアに尋ねたこともあったが、その時彼女からは


「お主が何者じゃろうと、今は妾の(しもべ)である。そうじゃろ?」


 と言われてはぐらかされていた。

 宗司は今か今かと話しをするのを待っているアビトフェルを見て、正直に告げた。



「アビトフェルさん」

「なんだい?」

「実は……俺自身、なにがどうして違う世界に来たのかわかってないんです。どうしてそうなったのかも知らないし、今の自分についても」

「そうか……そうだろうね」



 宗司の告白に落胆するわけでもなく、まるで最初から分かっていたかのようにアビトフェルは頷いた。

 そしてローゴの方に視線を移す。



「君の判断は間違ってなかったよ。これは僕に相談するのが正解だ」



 アビトフェルにそう言われ、ローゴはなにか返事をするわけでもなく、すまし顔でお茶を飲んだ。

 再びアビトフェルは宗司の方へ向き直る。



「さて、ソージ君。一つ君に頼みたいことがある」

「頼みですか」

「ああ。君の魔力について調べさせてもらいたい」



 いかにも面倒そうな頼みだ。宗司は「まじかよ」と思いつつ、一応その魔力を調べる方法とやらを聞いてみることにした。



「俺の魔力について調べるって……それってどんな感じで調べられるんですか?」

「やり方はいろいろあるよ。そうだな、今回は僕が君に魔力を通して、気になる所を上げていく方法にしようか」


(リリアがちょくちょく俺を調べてた時に使ってた方法と一緒かな?)


 そうであれば既にどのようなものかは経験している。特に宗司が何かする必要はなく、時間もかからない。それにこの調査は自分のためにもなる。断る理由はない。

 宗司は二つ返事で頼みを受けることにした。



「いいですよ。わかりました」

「よし、それじゃあ君は椅子に座ったままで、よいしょっと」



 そう言ってアビトフェルは身を乗り出して、宗司の額に手のひらを当てた。

 魔力探査(マジック・エコー)。宗司の思っていた通り、リリアが調査するときに使っていた方法と同じものである。

 ただ違う点は、調べる側がアビトフェルだということだ。

 宗司がこれからどれだけかかるか、と考える間もなくアビトフェルは手を放した。



「それじゃすぐに解析するから。少しだけ待ってて」

「え? もう終わり?」



 比喩でなく、本当に一瞬手を当てられただけで、アビトフェルは調べ終わったという。あまりにも呆気なく終わり、宗司は本当に終わったのか尋ねた。

 その質問に律儀に答えようとするアビトフェルを押しとどめ、ローゴが口を開いた。



「アビトの魔力探査はいつもあんな感じだ。魔力を通して調べるというよりかは写しを取ってるんだと。で、今からその写しを調べて解析するって寸法だ。わかるか?」

「えっと……。ああ、何となくわかる」



 ローゴの説明を聞くに、レントゲンを撮ったようなものなのだろう。そう解釈して宗司は返事をする。

 だが、魔力の写しを撮るというのは容易な事ではない。そもそもレントゲンですら撮れる範囲には限りがある上に、被写体を再現できるほど精密なわけではない。つまり、アビトフェルが行ったことを例えるなら、魔力のMRIを一瞬で行った、というのがより近い。

 彼は何気なく行っていたが、実はとてつもなく高度な魔力のコントロールが無ければできない芸当だ。

 いまもアビトフェルは再現した魔力の流れを隈なく観察しながら、解析を進めていた。



「なるほどね……うん、大体わかったよ」

「「はっや」」



 予想以上の早さでアビトフェルの解析が終わり、二人は思わずハモってしまう。

 いやいやと手を振りながら、アビトフェルは種明しをした。



「そもそもが簡単な調査だし、僕が知りたいことぐらいしか調べてないからね。わかったことだってせいぜいがソージ君の特質と今の状態ぐらいなものさ」

「それで充分です、ていうかそこまで調べたのに短時間過ぎませんか?」

「伊達に研究してないってことだよ。まあ、君がそういうなら詳しい調査は次の機会にしようか」



 なぜか物足りなさそうな表情でアビトフェルは解析結果を話し始めた。



「本当に断片的な情報だよ。わかったのはソージ君が召喚者であること、隷属魔法が二種類掛けられていること、それと……ちょっと信じられないんだけど、魔力との親和性が異常に高いことかな」

「へえー」

「へえーって、お前な……」



 まるで他人事の様なリアクションをする宗司に、ローゴが呆れた視線を向ける。

 それをアビトフェルが宥めた。



「知らないんだからしょうがないって。というわけで今から説明しよう」

「お願いします」

「まず、君に掛けられている隷属魔法についてだ。僕が見たところ、一つは君の意図で受け入れてるのかかなり魔力に同化してきてる。もう一つはそれに阻まれてるようだね。君の魔力には干渉できないからもう一方にくっついている。どっちも内容まではわからないけど、隷属魔法というのは多少のメリットこそあれ、すべからく術者有利の一方的な契約だ。それが別々に二つあるのは好ましいとは言えないね」

「それって、例えばどんなことが起こるんですか」

「最悪消える」



 さらりとアビトフェルは言った。

 想像以上に重いペナルティに驚き困惑して宗司が言葉を失う。



「え……」

「最悪の場合ね。えっと、隷属魔法にも色々とあるんだけど中には隷属しているものの意識を改変もしくは奪うことができるんだ。君に隷属魔法をかけている二人が同じタイミングで君の意識を奪おうとしたら、術者の力によっては本来の自我はすりつぶされて消える」

「…………」

「君の場合は二つの魔法の進行度がずれてるからあり得ない話なんだけど、万が一ってことも考えられる。個人的には解術をおすすめしたい」

「俺から付け加えておくと、アビトなら隷属魔法だろうが呪いだろうがあとくされなく処分できるぞ」



 話を聞いている限り、予想以上に宗司に掛けられている魔法事情はまずいようだ。ローゴもアビトフェルも本気で魔法を解くことを勧めている。

 もちろん宗司も消えたくはない。せっかくこの世界でも生きていけそうなのだから。

 だが、隷属魔法については引っかかることがあった。



「……解術って魔法を解くんですよね」

「そうだよ」

「解きたい方を選ぶのはできないんですか」

「隷属魔法同士が干渉しあってるからね。難しい……ていうか現状無理。僕に研究させてくれるっていうなら頑張るけど」

「……えっと、二つあるうち俺が受け入れてる隷属魔法のほうが優先されるんですか?」

「受け入れてるっていうのは僕の感想だけどね。魔力に同化している方が優先されるよ」



 アビトフェルの答えを聞いて宗司は少し考えこむ。


(多分、リリアと交わした契約の方が優先されるから俺の意識が消えることは無いんじゃないか……?)


 受け入れている、という例えは間違ってはないはずだ。リリアとの主従契約は間違いなく宗司が望んだものである。それによる効果も身をもって知っている。

 それに、と宗司はあの日のことを思い返した。


(あのメアリスって奴……急に俺と、それにリリアも殺しにかかってきた……)


 リリアの契約が魔族たちの隷属魔法を阻害しているからこそ、激昂したのだろう。魔法を知り解説を聞いた今なら宗司にも理解できる。つまり、これを解けば魔族たちは二人を殺すことなく計画を再開するのだろう。だが今は命を狙われる身だ。解いたところで身柄を狙われるか命かの違いでしかない。

 そしてもう一つ。宗司にとって重要な判断材料。リリアだ。

 狙われているのは彼女も同じなのだ。魔族の標的は宗司とリリアの確保。隷属魔法を解いたところでそれは変わらない。

 そこまで考え、ようやく宗司は結論を出した。



「解術はやめておきます」



 そう言って、宗司は力強くこぶしを握る。

 彼はよくわかっていた。今の自分の力はリリアによるものだと。そしてこの力はリリアの一助になるために使うものだ。解術しても状況は変わらないばかりか、その力すら失う。

 そんな選択をするつもりはない。

 宗司の強い意思が伝わったのか、アビトフェルもローゴもそれ以上何も言わなかった。

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