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救世の英雄は吸血姫に忠誠を誓う  作者: 丁太郎
二章 騒乱の始まり
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三十二話

「着いたぞ。ここが奴の家だ」



 町の外れまで来たところで、ローゴが足を止めた。



「……家?」



 宗司はあたりを見渡したが、それらしきものは何もない。ただ、少しばかり瓦礫が散乱しているだけだ。

 念のために聞き返すと、ローゴは「言ったろ?」と片眉を上げ説明を始めた。



「いくら亡命してるっつっても相手がユーリ皇国だからな。身を隠すのも一苦労なんだよ」



 そう言いながらローゴは瓦礫を一つ一つひっくり返し、何かを確かめるように吟味しながら並べていく。

 説明には納得したが、その行動の意味までは分からず、宗司は呆然と立ち尽くしていた。

 ややあって、瓦礫を並べ終えたローゴは、手招きして宗司を隣に立たせた。



「え、なに?」

「いいからいいから」

「おい、おいっ、うおおお!?」



 何を企んでいるのか、妙に笑いをこらえた表情のままローゴは宗司の背中を押す。つんのめってしまった宗司は、大きくバランスを崩して並べられた瓦礫を踏みつけた。

 その瞬間、条件を満たした転移魔法が発動し、宗司は下級区ではないどこかへと飛ばされてしまった。

 一拍置いて、ローゴも出現した魔法陣の上に足を乗せる。そして宗司と同様、彼の姿も一瞬で消えて行く。ローゴが消えたのとほとんど同じタイミングで、魔方陣を構成して浮かび上がらせていた瓦礫は、ひとりでにばらばらと転がっていった。




*    *    *    *




 転移した先で、宗司は無限に落下を続けていた。



「ぅおおおぉ、おおおぉ、おおおぉ、おおおぉ」

「相変わらず嫌なトラップ仕掛けてやがる」



 遅れて現れたローゴが引き気味に呟いた。

 空中で出現し、少し落下した先には転移魔法。それに接触して再び上空に出現して、また落下。それにとらわれた宗司は、あわれにも悲鳴を上げて助けを求めていた。

 ちなみにリリアであれば飛んで脱出が可能である。が、ヴァンパイアでない宗司に脱出の術がない。

 ローゴもまた同じであった。



「俺じゃ助けられんな……。おい、アビト! アビトフェル!!」



 無理に助けようとすれば二の舞になると踏んで、ローゴは罠を仕掛けたであろう人物の名前を呼んだ。野太い声がエントランスを駆け巡る。



「久しぶりだなぁ、ローゴ」



 背後から突然声がした。壁しかなかったのにもかかわらず、だ。だが、ローゴはそのことについて驚くことなく、呆れたようにため息をついて振り返った。

 床につくほど長いローブに身を包んだ痩身の男がそこにいた。

 白髪混じりの頭の横に手を上げて、短く挨拶をする。


「やあ」

「やあ、じゃないぞ全く。またとんでもないトラップ仕掛けやがって」

「単純な仕組みの割にはいい仕事するよねぇ。我ながらナイスアイディアだったよ。……で、あの子が僕に紹介したい子だね?」

「ああ。色々とお前の参考になりそうな奴でな。あと、俺が世話になってる」

「君が家主のはずだろうに」

「「あははは」」



「いいからっ、助けっ、ろぅおおおおおお!!!」



 落ち続ける自分をよそに歓談している大人たちに向かって宗司が吼えた。



「おっと、ごめんごめん」



 ようやく男が罠を解いた。指を鳴らして転移先を元に戻す。ローゴのすぐ隣に魔法陣が浮かび、そこから宗司が現れた。浮遊感に襲われ続けたせいで立ってられないのか、崩れ落ちるように膝をつき荒く呼吸をする。



「はあっ、はあっ……おえっ」

「ごめんね。普段はローゴ以外誰も来ないから、つい忘れちゃった」

「……そうですか」


(……マジか。本気で言ってんのこの人?)



 仮に本当に忘れていたとしたら、のんびりしているというレベルではない。なにせ宗司は悲鳴を上げていたのだ。それを忘れるとはいったいどんな神経をしているのか。

 隣を見れば、ローゴは素知らぬ顔で視線を逸らす。少なくともこの剣聖だけはわざと話を続けていたのは確定した。

 助け起こそうと差し出される手を、恐る恐る宗司は握る。特に何もなく、宗司は立ち上がることができた。



「……ども」

「大丈夫かい?」

「はい、まあ、ちょっと酔っただけですし」



 悪意はないようだ。本当に天然なのか、と宗司は訝しんだ。

 その肩にローゴが手を置く。



「……こいつには本当に悪気がねえんだ」

「……アンタは後で覚えておけよ」



 睨みつけてから置かれた手を振り払う。

 おどけた様に首をすくめて、ようやくローゴが白衣の男を紹介した。



「さて、ソージよ。こいつが俺の言ってた魔法の天才『アビトフェル』だ。で、こいつがソージな」

「ソージ君ね。さっきローゴが紹介してくれたけど、僕の名前はアビトフェル=ユーフラテス。よろしく」

「ソウジ・アマギです」

「とりあえず部屋を移そうか。立ち話もなんだし」



 そう言ってアビトフェルが再び指を鳴らす。一瞬で彼らのいたところが大広間が書斎へと変わった。

 転移魔法である。それ自体は宗司も概要程度教えられている。

 だが、この男はそもそもが別格だった。



(今、魔法陣……いや、魔力の動きすらあったか?)



 魔法を使えば魔法陣が見え、魔力が動く。当然の摂理だ。

 しかし、アビトフェルは何も前兆なく転移魔法を発動したのだ。

 教わったことと全く違う状況に宗司が混乱していると、ローゴがそっと話しかけてきた。



「ボケっとしてるが、アビトは紛れもない天才って奴だ」



 二人の視線の先で、またもアビトフェルは一切の動きなく机と三人分の椅子を用意する。

 そして、にっこり笑って着席を促した。



「それじゃあ、ソージ君の話を聞かせてよ」

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