三十一話
昼食を済ませ、二人は酒場から出る。
「それじゃもう少し町の様子を観察してくるか」
「待て」
食事を終えて意気揚々と調査に戻ろうとする宗司にローゴが待ったをかける。
怪訝そうに眉をひそめて振り向いた。
「なんだよ」
「実はこの下級区に紹介したい奴がいてな。調査に戻る前に会ってもらおうと思ってたんだ」
「紹介したい奴?」
なぜ自分がローゴの知り合いに会わないといけないのか。宗司は訝しんだ。
無理もないだろう。現状、彼とリリアはローゴの家の居候である。その人物が向こうから来てやむなく紹介するならともかく、たかが居候をわざわざ紹介しに行くというのは妙な話だ。
仮にリリアならそれでも納得できただろう。仮にも剣聖であるローゴを負かしたのだから。だが宗司はあくまで彼女のおまけに過ぎないのだ。
胡散臭そうな表情を隠しもせずに、宗司はローゴに理由を尋ねた。
「なんで?」
「近くに来たからというのもあるが、そいつがいわゆる天才でな。魔法、特に転移魔法に関しては奴の右に出る者はいないと俺は思っている」
「ローゴがそういうなら本当にすごいんだろ。それで?」
「で、そいつは前々から転移魔法で世界を超えられないか研究しててな。……あとは言わなくてもわかるな」
「なるほどね。その研究のために紹介してやりたい、と」
ようやく合点がいき、宗司は了承して頷いた。
「俺もその人に会ってみたいから付き合おう。……にしても気づかれちゃったか」
「そりゃそうだろ。七聖地なんて知らない方がおかしい。それに吸血鬼の嬢ちゃんと黒の森にいただろ。その二つを合わせて考えればおおかたの見当は付く」
「やっぱばれてたか。そういやリリアも言ってたぞ、腐っても剣聖だ、つって。流石脳まで筋肉ってやつとは一味違うな」
「ぶっとばすぞ」
軽口を叩きつつも、宗司は内心焦っていた。
ローゴに異世界から来たのがバレたからではない。この世界の前提知識を知らないという事実に対してである。
(やっばい。一般人装うと簡単に粗が出るな……)
この世界の一般人が知っているはずの知識を宗司は把握できていない。今回は七聖地でバレたわけだが、今後は何で疑われるかわかったものではない。文明の差異や国土、歴史、魔法など。普通を装うのならそれらは知っておかねばならない。もしかしたら、それを知っているべきか否かを知らなければならないかもしれない。考えすぎかもしれないが、魔族に狙われているからには慎重を期すべきだ。いっそ馬鹿のふりをすることも考えたが、リリアに迷惑をかけるのでやめた。
(とっとと世間を観察できる環境に変えないと)
しかし、そのために怪しまれない程度の知識がいる。
ジレンマだ。
内心頭を抱えるもそんな様子はおくびも出さず、宗司は話を本題に戻した。
「で、その会わせたい人っていうのはどんな人物よ」
「さっき言ったろうが」
「そりゃすごい人ってのはわかるけど、そうじゃなくて性格とか容姿」
(テンプレなら変人ってのが相場だけどな)
「研究熱心だが普通の男だぞ」
「それはそれでどうよ。こんなところにいるのにか?」
「天才って割には本当に普通だぞ。ただ……その、なんだ。色々と不幸が重なってな。ユーリ皇国から追われてんだ」
「帰る」
こっちだって追われてる身だ。
あからさまに面倒な素性を聞いて、すぐさま宗司は踵を返した。
その肩を咄嗟につかんでローゴは引き留める。
「違うって。ここフィダル王国だからもう追われてねえよ」
「結局亡命者なんだろ。それに追われるような研究って時点で会いたくねえ」
「だから不幸が重なっただけだって。そもそもそんなこと言ったら俺だって賞金かけられてんだぞ」
「は? 剣聖様がなんでまた?」
「戦争に首突っ込んだ時に、ちょっと関連国にな。ま、それを抜いても俺に関わった時点で手遅れだ」
「だから出て行きたいんだよ。全く……」
渋々宗司は引き返すのを止めた。
確かに厄介そうではあるが、恐らく自分よりややこしくはないだろう。向こうが拒絶するならともかく、自分が言うのはややお門違いな気がした。それに加えてローゴの存在もある。その会わせたい人物とやらのせいで何か起こるのなら、ローゴの責任にしてしまえばいいのだ。無論彼自身が面倒ごとを引き起こした日には縁を切るつもりである。
「わかった。環境があれなだけで本人はまともなんだな」
「ああ。気さくでいい奴だよ」
本人に問題が無いのならばしょうがない。今回は紹介されるだけ、と宗司は割り切った。
(もしかしたら元の世界に行く方法があるかもしれないしな)
魔法の天才であることを加味すれば、万が一の時には強力な助っ人になる可能性もある。
そう考えて、宗司はローゴの後をついていくのだった。




