二十九話
それからしばらくして、ローゴが大量の軽食を抱えて戻ってきた。
宗司はまだ何を食べようか頭を悩ませている。
「買い込んで正解だったようだな……」
ローゴは呆れながらパックを一つ手に取ると、宗司の頭に置いた。
「あっつ」
「うだうだと悩み過ぎだ。とっとと食え」
「色々と考えてたんだよ」
言い訳をしつつ、宗司は頭上に置かれた食べ物を手に取る。
出店で売られているものなのだろうか。非常に簡素な入れ物で、触れただけで熱が伝わってくる。
包みを開けると、中から非常に見覚えのある食べ物が出て来た。
「……肉まん?」
「ああ、肉まんだ」
それはまごうことなき肉まんであった。それこそ寒くなればコンビニで売られているそれと全く同じである。
(もうちょっと風情とかさ……)
異世界の食べ物だと思って期待していたが、まさかの肉まん。先ほどまで悩んでいたのは何だったのか、と宗司は落胆する。
だが、そもそも彼が食事を作る際に参考にしているレシピからして現代日本に出回っているそれと大差ないメニューばかりなのだ。世界が違えど、環境が似通えば食文化も大して変わりはしないということである。
諦めて宗司はそのありふれた肉まんにかぶりついた。
「辛っ」
見た目、そして皮までは間違いなく肉まんのそれであった。だが、中身は違う。
想像だにしていなかった辛味。味変にからしを付けたとかそういうレベルではない。餡そのものに香辛料がたっぷりと練りこまれているのだ。
舌を襲う痛みに耐えきれず、宗司は水で流し込んだ。
「ゲホッ、なにこれ?」
「肉まんだ」
「俺の知ってる肉まんはこんな辛くねーよ」
「そういう変わり種もあるがな。この味の方が普通だぞ」
そういいながら、恐らく同じものであろう肉まんをこともなげに食べ進めるローゴ。
彼も額に汗をにじませ時折水を飲んでいることから、悪戯で激辛の物を用意したわけではないようだ。
どうやら本当のことを言っていることは間違いない。
なるほど、と宗司は自分の肉まんを見つめた。
(あんこもピザもカレーもあるなら、激辛だってあるわけだ)
分かってしまえばどうということはない。躊躇なく宗司は二口目を頬張る。
見た目に対して予想外だっただけで、知ってて食べれば普通に美味しかった。
その後もローゴの持って来た物を片っ端から味わってみたが、やはり見た目こそ元の世界の食べ物と似ているものの、味はそれらとは少し異なる事が多かった。
その中で、最も宗司の琴線に触れたのが。
(から〇げクンの変わり種にありそうだな)
柑橘系の香り爽やかな唐揚げである。これに関してはローゴの好みというだけでプレーンのものも存在するらしい。
そんな調子ですべて平らげ、宗司は感慨深げに呟いた。
「揚げ物か……」
今までは調理技術や経験のなさから避けていたが、そろそろ揚げ物に挑戦してみてもいいかもしれない。
というか、普通に食べたい。
ふつふつと彼の心にある衝動が湧き上がってくる。それは、久しく忘れていた元の世界での天城総司。つまり、育ち盛りである男子高校生としての無限の食欲であった。
同時に夕飯のメニューが決まる。
「ローゴ」
「なんだ?」
「町の下調べはまた今度にする。今から夕飯の買い出しだ。手伝ってくれ」
「構わないが……昼飯食ったばかりだし、早くないか?」
「普段ならな。けど今日は俺の食べたいものを作る。できる限り全部だ。量もそうだが種類が多いし、さっさと帰って料理に取り掛かりたいんだ」
鬼気迫る表情でローゴに語る宗司。
迸る欲望を隠そうともしない彼に気圧され、ローゴはそれ以上何か聞くことなく、素直に買い出しに出かけて行った。
* * * *
二時間後。ローゴ宅にて。
「お帰りソージ」
「ただいま戻りました。リリアは今日何か食べたいものありますか」
「いや、特に無いが……」
「気が変わったらまた教えて下さい。それじゃあ俺は仕込みに入るので、何かあったらキッチンに」
大量の食材を抱えて宗司はさっさとキッチンに向かった。
リリアは呆気にとられ、遅れて入ってきたローゴに問いかける。
「どうしたんじゃ、あいつは……」
「わかんねぇ……」
既にキッチンからは異様な雰囲気が漂っている。
二人は揃って首をかしげ、各々の部屋で夕飯まで時間を潰すのだった。
「もう食べられぬ……」
「どう考えても作りすぎだからな!」
「悪い……」




