二十七話
リリアは割とすぐに戻ってきた。手にはいつも彼女が読んでいる革表紙の本を携えている。
わざわざ取りに行ったということは、教えるのに必要な物なのだろうか。
宗司は尋ねてみた。
「それ、リリアが暇してる時に読んでる本ですよね?」
「同じ物じゃが中身は違う。これは、妾がお主のために作った……、えっと、そうじゃな……。まあ、使えばわかる」
そう言って、リリアはその詳細不明な本を宗司に渡した。
なにかしらの魔法が掛けられているのか、表紙に小さな魔石が埋め込まれ、本全体からリリアの魔力が漂っている。
とりあえず宗司が開いてみると、中は真っ白だった。
「これは?」
「ようするに魔法のノートじゃ。お主が書いた物が自動的に保存されるようになっておる。紙は使わないから無限に書き込めるぞ」
「へぇー」
試しに名前を書き込む。書き心地はいたって普通で、書いた文字に何か起こるわけではない。
だが、一度ページをめくって元に戻すと書き込んだはずの名前が消えていた。
「無限ってこういうことか……」
「読むときは念じれば出てくるぞ」
「これは便利ですね」
書いた物、と念じると本当に『天城宗司』と名前が浮き出て来た。他に何も出ないのは新品だからか。
確かに便利だ。勉強前にリリアが取りに行ったのも頷ける。
一通り性能を確認したところで本題に入る。
「では七聖地の前にこの大陸の説明をしてやろう」
「お願いします」
「今いる大陸は【白土大陸】と言ってじゃな……」
こうしてリリアの講義が始まり、宗司はノートを取る。時折、わからないところは質問して要約した内容を書き込んでいった。
彼女が説明した大陸と七聖地の関係。それを要約すると、七聖地にある神の遺物が大陸に結界を張って魔族の侵入を防いでいる、とのことだ。つまり、七聖地とは人類のセキュリティの要である。
その一つである【セガン】を知らないのだからローゴに怪しまれたのだ。
「正確に言うと、教育を受けていない者であれば、七つ全て知らぬのも無理はない。だが、セガンは最も有名なところでの。流石にその名を知らぬ者はおらん」
「なんで有名なんですか?」
「大陸最大の港町じゃからな。交易の中心で人の往来が多い。辺境に住んでいる者でも人伝に聞いておる」
そういう土地だからこそローゴは拠点の候補として挙げてくれたのだ。だからこそ意外な反応をして余計な詮索をさせた宗司の落ち度は大きい。
同じ轍を踏まないよう、宗司はリリアが言った内容を必死にノートに書きこむ。
彼がヴァルラヘイムに来る前に受けていた補習よりも必死だった。
「それと七聖地には教会があってな。それぞれ独自に警備隊を組織しておる。奴らの前で不審なことをするとすぐに尋問されるからな。気を付けておけ」
「はい」
「後は国の名前じゃな。これは言えないからといって疑われることはない。セガンのある国、【フィダル王国】と【ガド帝国】。この二つさえ覚えておけばよい」
「フィダル王国とガド帝国……っと」
宗司はノートの最後に言われた通り二つの国名を書き加えた。
* * * *
もちろん、昨日リリアからもらったノートを宗司は携帯している。
セガンに来た今も、ひっきりなしに書き加え、そして見返していた。
「ローゴ、あれはなんだ?」
「ただの魚だ。一籠50G」
「安い……か?」
「バカ言え。値段は安いがあれは売り物にならない魚ばかり入れてあるんだよ。買うだけ損だ」
「なるほどね……」」
(魚一籠50Gは安い……と)
宗司は物価の情報を事細かく記入していく。
ここは異世界なのだ。どんな些細な情報でも必要になるかもしれないと考えての行動だった。
商店が並び立つエリアを練り歩きながら、店頭の商品に関して逐一ローゴに質問をしていく宗司。
そんな彼の目にあるものが留まった。
「あれは、まさか……武器屋!!」
剣や槍、盾や鎧を扱うファンタジーの王道。武具屋だ。ちなみに武器だけでなく防具を扱っているので武器屋ではない。
テンションを爆上げして、宗司は一目散に武具屋へ駆けていった。
しばらくして、ローゴが魚屋から出てくる。
「好みに合うかわからないが、買うならこういう魚の方が……」
待機させていた宗司が消えていた。
「あの野郎っ……」
悪態をつき、ローゴが辺りを見回す。宗司の姿はなかったが、彼の暴走に眉をひそめている住人たちの様子が点々としているのが見えた。
「武具屋か」
目的地を導き出して、すぐにそこへと向かった。
彼が武具屋へ着くと、中ではちょうど宗司が店主を質問攻めにしているところだった。
「ミスリル鋼ってなんですか!? 銀とはどう違うんですか!?」
「え、えっとですね……」
「大人しくしとけっつったろ」
カウンターから身を乗り出している宗司の頭部に、ローゴは拳骨を入れた。
「あいてっ」
「すまない、店主。お騒がせした」
「いえいえ。熱心なことはいいことです」
武具屋の主人は穏和そうな笑みを浮かべていた。この業界では珍しいなんとも穏やかそうな人物である。
ここなら通報はされないだろう。そう考えて、ローゴは宗司の様子をうかがう。
先ほどまでのハイテンションは鳴りを潜め、普段の調子に戻ったように見えた。
「ソージ」
「なんだ?」
「せっかくだし、ここの店主にいろいろと教えてもらえ。だが、迷惑はかけるなよ」
店主には悪いが、宗司付き合ってもらうことにした。
宗司は先ほどのような興奮こそ抑えているものの、目を輝かせて意気揚々と店主に質問しに向かっていった。




