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鉄色標  作者: チャッピー
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第七話 自立

大きく見開かれた瞳はとても奇麗に思えた。思えば気の迷いのような言葉を取り消さなかったのは彼女の目を見てしまったからなのかもしれない。


 警備局に知らせなかったものの、捜査が家に来ることはなかった。彼女はもともと反抗的でスタッフとっては扱いに困る人物だったのでわざわざ連れ戻したくなかったのかもしれない。と後に彼女は語った。


 一人が二人になったところで生活が大きく変わるわけではなかった。

僕は相変わらず社会の得にならない人を殺し、かつ、その悪者の役割を背負う。血でぬれた金で日々を過ごした。仕事について彼女に話したことはなかったけれど、彼女も僕がどんな仕事をしているのかは多分わかっていたように思う。

 施設のスタッフを困らせたというのは本当らしい。帰ってきたら家が散乱した状態になったときはさすがに頭を抱えた。本人はこういう意味で困らせたわけじゃないと主張していたが。どうやら掃除をこなすことはできないようだった。

 仕事の話をするわけでもなく、特にかといって仕事以外に話せることは僕にはなかったがから、会話はほとんどなかったが。空虚さは紛らわせられたと、今となっては思う。



――――夢を見ている。


「なぜ彼女を拾った?」

 突然の問いだった。その声の主は僕の顔をしていた。

僕はあの時何かを考えたわけじゃない。なんとなく仕事のストレスがあって、その時の心の隙間に彼女が現れただけのことだった。自分でもよくわからない。

 そのことを告げる。

「君はやりたくない事をしているのかい?」

 重ねて聞かれた。そんなはずはない。自分はこれしかできないから、これを選んだ。自分の意志だ。不満がないわけではないけれど、他のことで仕事をしようなど考えられない。

「いわれたことをやるだけなら、選んだとは言わないよ。」

そのはずなのに。ナノマシンに制御されているはずの心が激しく揺さぶられる。これ以上は聞いてはいけない。なぜそんなことを突然聞くのか。この声は誰の声か。わからなかった。

「そうか。やっぱり。」 

――とどめを刺すように

やめろ。

「君はあきらめたあの子だ。」 

――現実を突きつけ。

やめろ!!

「他に生き方を知らなかったから、それを自分の気持ちだと思い込んだろう?」

——心を思い出させた。

違う!僕は!

―――言葉が出なかった。

 ナノマシンに制御され、痛まないはずの心が痛む。いや、僕はこの感覚を知っている。いつもの戦いの後にくる言葉にしがたい空虚に消えていく感覚を知っている。

 

 かろうじて原型をとどめた建物、燃え尽きた畑、若い男のうめき声、人型の炭に泣きつく子供。燻った鉄の巨人。

初めての仕事から何度も見てきたもの。僕の作り出したもの。いつもの光景。何も感じなかった。これは本当だ。だってこれは僕の作り出したもので、僕の故郷であり、僕自身もまたいつかこの一部になることを知っていたからだ。


 地獄を作るのに加担した人が勝手に僕らに不要のラベルを張ったのが不快だった。社会に従うしかなかったのに、社会はなにも僕らに返すことはない。我慢ならなかった。 その痛みや怒り、悲しみは、すべて僕の心の平穏を守るためにナノマシンが殺しつくしていた。

僕が社会の平穏と建前を守るためにだれかを殺しつくしたように。あの空虚さは虫食いになった僕の心だったのだ。


「僕が、何故彼女だと?」

絞りだした声は掠れていた



「彼女はあきらめなかった。自分が力のない子供でも、相手が自分よりはるかに強い新人類でも、自分で生きる場所と生き方を選んだ。偶然に助けられた部分も多分にあるけどね」

彼女の笑顔が浮かぶ。


「君はあきらめた。力を持ちながら生きる意味と死ぬ場所を他人にゆだねていた。」

僕の能面が浮かぶ。


「僕は・・・ただ・・・」

何を言えばいいのかわからなかった。


「それでももう、あなたは選んだわ。あの子と出会い、あなたは変わった。」

声の色と姿が変わった。その声は聞いたことがないはずの母の声を思い出させた。


景色が変わる。

彼女をホームに置くことを選んだ僕がいた。

プラズマキャノンで腕を打ち抜いて、生を選んだ僕がいた。

自分の選んだことに迷い、元の傭兵(自分)を求める僕がいた。

そして、元の傭兵(自分)よりも自分の衝動を選び、故郷に見捨てられた僕がいた。



「あなたは、あなたの心に気づき始めた。だから、もう。あなたに私たちは必要ない。」

「あなたは涙をしっていた。そしてあの子を通して笑顔を知った。人の本当に素晴らしい物を思い出した。」

「古い時代に私たちを生んだ人が願ったものを貴方は知っている。建前じゃない、人の悲しみに痛みを覚える心、人の喜びを分かち合う心。あなたはもう、一人じゃない。」


彼女の姿が光と共に変わる。シルエットが変わる。鋭角にそして威圧的に。光が消えた後、そこには同じ目線のアイビーが立っていた。





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