第五話 道標
夢を見ていると自覚できた。ナノマシンが僕の記憶と心を整えているのだろう。
いつも見る光景にあの日の僕がいた。
戦いの後の地獄があたり一面に広がっている。かろうじて原型をとどめた建物、燃え尽きた畑、若い男のうめき声、人型の炭に泣きつく子供。燻った鉄の巨人。
戦場が傭兵の故郷であるように、日本が新人類の故郷であるように。この地獄こそが僕の故郷だった。
僕らは機械の体を駆り、生身の肉体も機械の体も区別なく銃弾か、そうでなければブレードで殺しを終えた後だった。
悲鳴と怒声が響く戦場ではなく、上っ面の笑顔と善意にあふれた世界ではなく。嘆きと怨嗟の渦巻く、けれどすべてが終わった場所が僕の居場所だった。終わりの場所は空虚だけれど、同時に奇妙な安心感があったのだ。ここからはどこにも行けないが、ここで終わればいいのだから。
景色は何度も移り変わる。山で、海岸で、森で、砂漠で、市街地で、郊外で、雪原で。様々な場所で鉄の体を駆使してその生活や営みを僕の故郷の一部に変えた。
機体の武装をことごとく破壊されてなお向かってくる男がいた。旧時代の起動兵器すらなく、歩兵用の武装だけで抵抗する青年がいた。子供を守る母がいた。石を投げる少年がいた。そしてそれらを僕らは燃やし尽くした。
新人類は地獄を必要とした。自分が旧人類より優れていると感じたいがために。そしてそのために傭兵は戦場を渡り歩いた。行く先なんてなかった。
その生活に不満はなかった。僕は社会に必要とされていた。それが、いつでも使い潰すことができる安物の道具だったとしても。いつか地獄で打ち捨てられる側になるのだとしても。
「関係ない。それが僕に求められたことだから。」
景色が再び切り替わる。僕の故郷で彼女は動かなくなった誰かを揺すり、呼びかけながら泣いていた。当然の結末だ。旧人類はどうしようもなく弱者であり、新人類は救いようのない強者だった。
夢の中の僕は相手が同居人であろうと関係なかった。いや、現実でも同じ選択肢が与えられたなら、僕も全く同じことをするのだろう。それが、傭兵の義務だからだ。
アイビーがライフルを構えた。彼女は気づかない。それほどまでに大切なのは父親か、母親か。ライフルが火を噴いた瞬間。
偶然見えたその亡骸は、僕の顔をしていた。
目覚めるとホームのベッドにいた。服と肌が張り付くほどひどい汗だ。
心身の不快さを解消するためにシャワーを浴びる。
身体の機能についての不調はないが、自分の精神の乱れが本格的になってきている。何が原因かははっきりしている。あのちっぽけな同居人だ。
彼女が僕の家でできることと言えば、せいぜい食事を作ることで、掃除も洗濯もやらせればかえって仕事が増えることになる。戦う力も当然持たず、教育も新人類の受ける教育とは比較にならないレベルで低いものしか受けていない。帰る場所もなく、行く先もない。
なのに。なぜか彼女は笑顔を浮かべていた。なぜ、奪われ、失うだけの彼女があのように生きていけるのか、あるいは彼女を知れば僕は・・・
「馬鹿馬鹿しい。」
そんなものは一瞬の気の迷いだ。行く先への迷いを言葉と共に吐き捨てた。