僕は常々召喚娘と妹分に踏みつけられる
前回投稿文に登場人物について記載があります。
今日は平和がなくなる日だ。
僕は陰鬱な息を胸の奥から吐き出す。
すぐ近くではてきぱきとこれから行う儀式の準備をする妹分がいる。
妹分は今からの儀式が楽しみで仕方がないのだろう。
この子はこれから呼び出す彼女のことをとても気に入っているから。
嬉しそうに動くこの子を見ているのはとても微笑ましい。
年の割に落ち着きすぎている妹分が、珍しく好意を示している相手だ。情操教育的にもよい傾向だとは思う。
問題は相手が子供の教育に良い影響を与えがたいんじゃないか、と思ってしまうあたりだけど。
それに彼女を呼び出す日になると同じように行動がそわそわしてくる王子も王子だ。
『今日は召喚の日だな』『まだ召喚しないのか』『まだなのか』『もう時間じゃないのか』『さっさと呼べ!』
と朝から顔を合わすたびにうるさかった。
大分遅れてやってきた初恋だと思えば微笑ましいのかもしれないが、妹分と違って王子は男だ。
ぶっちゃけ迷惑以外の何者でもない。
大体彼女と顔を合わせたらケンカばかりしているのだからわけがわからない。
妹分曰く、彼女の世界の言葉で『つんでれ』と言うらしい。
そして僕にとっては問題が起きる日でしかない。誰とはいわないが、彼女が起こした問題ごとの解決やらもみ消しは大概僕の仕事になるからだ。基本的に彼女には甘い妹分と最高権力者の王子が彼女の味方に回ってしまえば、孤軍奮闘することもあほらしい。
ぼんやり考えに耽っていた僕とは対照的に、無駄な動きをすることなく準備をすませた妹分は儀式の定位置へ行ってしまった。
そして無言の視線で『さっさとしろ。脳筋兄弟子』と指図している。
いや、脳筋は余計だ。僕は言われるほど脳筋じゃないと思ってる。
……それを言い返すことはできないけど。
妹分の唱える魔術語に応じて、儀式の間に広がる召喚陣が淡く光を放つ。
魔力を増幅し、術者の意に応じてその方向性を支える宝珠が呪力の場を作り出す。
……はぁ。
僕は間合いを図って己に課せられた魔術語を紡ぐ。
妹分が創り出した世界を渡る道の先にいる、この場に求められている魂を導き招くために。
可愛い妹分が喜ぶため、忠誠を誓う王子のため。そして――彼女の、暇つぶしのため。
一段と周囲が光り輝き、それが最高潮に高まった時。
「女子高生召喚戦士、さーんじょうっ!!」
「ぐぺっ!」
光の中から飛び出した人影に、僕は蹴倒され踏みつけられた。
「な、なんだってあなたはいつも普通に現れないんですかっ!」
「んー? 普通だとつまんないじゃん?」
とても晴れ晴れしい笑顔で、たった今召喚された彼女は言った。
どうでもいいけどさっさと僕の上からどいてほしい。
「や! 一週間ぶりー」
「はい。7日ぶりです」
よしよしと彼女が妹分の頭を撫でる。妹分はちょっと迷惑そうに眉を歪めながらもふり払わない。
嫌なことは嫌だと全力でつっぱねる子だ。つまり、彼女からされるこの行為は、この子にとって嬉しいことなのだ。
だって彼女の手が頭から離れると。少しだけ、ほんの少しだけ残念そうな顔をする。
僕にはそんな顔全然してくれないのに!
というより、僕のことなど眼中にない様子で僕の上で行われるやりとりに、隙間風が心に吹くようだ。
「兄弟子。何をそのようなところで這いつくばっているのですか」
「そーよ。あんた何してんの? 服汚れるよ?」
「……だったら僕の上からどいてくれませんかねぇ」
色々思うところを押し殺して、絞り出すように伝える。
何を言っても無駄なのだ。彼女らには。
彼女らは自分の気の向くまま、赴くままに生きている。
――……だから気にするわりには前より太ってるんだ。
「……なんか、むかつくこと言われた気がする」
ぐりっ、と。僕から降りる前に足に余計なひねりを加えて彼女は降りた。
むかつくもなにも、事実だ。毎回確実に踏まれる僕にだけわかること。
彼女は食べたいものを食べたいだけ、来る度腹に入れて帰っていく。
おそらく彼女の世界でも似たような生活をしているのだろう。
その癖毎回「太った」だの「腰回りが」だの、当たり前のことを口にするのだから。
……妹分はいいんだ。この子は成長過程なのだから!
「……兄弟子は本当にデリカシーのない……。
今日はどのようなご予定になさるのですか?」
「んー。ま、いつも通りふらふら街中動いてるつもりかなー」
「あ。そのことで王子から伝言が」
一呼吸置いて、妹分が口を開く。
「本日の昼過ぎより予定が空くので一緒に食事をとらないか、と」
「別にいいけど、砦で?」
「いえ。お忍びで街へおりると。好きな店を決めておいてほしいと仰っていました」
「でかい財布がくるんだったら、ちょっと高い店入っちゃう?
でも高い店ってマナーなってないと浮くしなぁ」
うちの王子を財布呼ばわりしながら、お昼のことしか考えない彼女を見て、こちらとしては溜め息しかでない。この娘の頭には食べることと遊ぶことしか入っていないのだろうか?
王子とて暇ではないのだ。その王子が何故一緒に昼食をとろうとするのか。何故彼女が来る度何かしら理由を付けて会おうとするのか少しは考えてほしい。そして僕を巻き込まないでほしい。
うんうん唸る彼女を楽し気に妹分は眺めている。そして堪能したのだろう。
何か考えのありそうな目をしつつ、可愛らしい口元を弧の字にして言った。
「もしよろしければ、私のお勧めするお店をご紹介してもよろしいですか?」
「え! ほんと!? ていうかあんたからお勧めのお店聞くなんて思ってもみなかったわ」
これについては珍しく彼女と同意見だ。妹分は基本であるかない。ましてや街の美味しいお店なんて興味の範疇にないのだから。……彼女が関係しなければだけど。
「私は街のことをよく知りませんが、師匠はよくご存じですので。
以前連れて行っていただいたお店がありますの。味は保証いたします」
聞けばなるほど納得だ。僕らの保護者兼師匠は色々なことを知っている。それこそ、魔術の珍しい薬草から、剣術の極意。街の噂話から、穴場の店まで。どこから仕入れてくるのか、本当謎な情報源を持っている。そして持っているだけではなくて、活用もしている。師匠が教えてくれる店にハズレはない。僕もよく連れて行ってもらうし、妹分も同様だ。最も、妹分の場合仕事や研究に根を詰めすぎているから、適度に師匠が外に連れ出して息抜きをさせているのが本当のところに違いない。わかっているからこそ、妹分も素直に師匠についていくのだ。妹分が師匠に向ける信用と信頼がちょっとだけ羨ましい。
そんなことをつらつら考えながらも話は続く。
「へぇ! 楽しみー!! どんなお店?」
「ポルポルという魚を中心に出しているお店です。
今が旬の魚で、蒸し焼きにすると美味しいのですよ」
妹分の口から放たれた言葉に僕は凍り付いた。
「え。ちょ、ま」
「後ほど地図を用意いたします。そう難しい場所でもないので、すぐわかると思います」
言うな。黙れ。
ぎりっと足小指を踏みつけられ、絶対零度の睨みが僕を射抜く。
僕は即座に口を閉ざした。
ポルポルは確かに旬の魚で、蒸し焼きにすると美味しい。
これをちょっと濃いめのタレを合わせて食べればお酒が進む進む。
僕もこの季節の食事としてははずせない一品だ。
しかし、好き嫌いがあるように万人が美味しいと感じられるわけではない。
そう。我らが王子のように。
「なんでまたポルポルを……」
「自分で誘う勇気もないのですから、これくらいはしておかないと。自分で動かなかった罰です」
小声で尋ねれば、小声でぴしゃりと返される。
相変わらず王子に厳しい。
妹分は何を間違えたのか知らないけれど、この異世界人の彼女のことが本当に気に入っている。
妹分曰く、王子のヘタレた行動は彼女の傍にいるに相応しくないそうだ。
それでも場のセッティングはしてあげているあたり大概甘いと思う。
「あんたたちは? お昼一緒に食べる?」
「大変残念ですが、私たちは仕事がありますので。
また次の折にお誘いいただけますか?」
これは本心だろう。心底残念そうにい妹分が言えば、気にした様子もなく「そっかー。じゃ、またねー」と言い、彼女は隣の部屋に移動する。妹分はそれを見送ってテキパキ召喚陣の後片付けを始めた。僕もそれに倣い、片付けと共に次の陣の発動のための準備を始める。時間に余裕はない。なぜならこれから妹分がとても張り切って仕事と尾行を始めるからだ。そしてそれに僕も巻き込まれるからだ。
きっと片付けを終えたら妹分は彼女に地図を渡し、街に繰り出す彼女を見送るはずだ。そしてそのあとは彼女周辺の治安維持に全力をかけつつ彼女の行動を見守るのだ。それが、妹分の趣味なのだから。『仕事がある』? 今日の分の仕事を楽しみのために終わらすことなど、妹分には造作もない。緊急の案件もない。趣味に時間を割くのに問題はないのだ。
僕と言えばもちろん仕事はある。しかし一番問題なのは、妹分にとって僕は兄弟子だけれども、職場においては妹分が僕の上官にあたる。上官の命令は絶対だ。
僕は今から妹分の足となり、治安維持という名の暴漢の矢面に立ち、そして彼女が巻き起こす面倒ごとの後始末に奔走させられるのだ。おまけに今日は王子の陰からの護衛も追加される。妹分とずっと一緒にいられることしかいいところがない。
……ああ、彼女がくると僕の平和がなくなっていく。
ちょっと触発されたので。前回投稿した作品と同じ世界観と登場人物です。
わかりにくいのは仕様。