港町の散策、束の間の休息
夕方。食堂で食事をしていた一同の元に、愛を診ていたランスが戻ってくる。
「おまたせ。結論で言えば、ただの過労だった。過剰症にはなってなかったよ」
「過剰症…?」
「何らかの原因で供給された魔力が生来持っている魔力の許容量を超えてしまうと、身体に負担がかかって、様々な不調が出るんだ」
「え、じゃあ…アレって、まずかった?」
「あんたと俺の場合は違うと思う。俺の魔力が大量に移ったわけじゃないからな」
「なんというか、ヒロトとサツキのアレは、一心同体になるって感じだよな。だからお互いなんともない、と」
ハルトのそんな言葉に、顔を赤くして立ち上がったのはヒロトだった。
「あ、兄貴、何言ってっ…」
「おやおやぁ?俺は別に顔を赤くするような言葉は言ってないと思うけどなぁ?何想像したんだ?」
「か、からかうなっ!」
ドン、と机を叩いたせいで食堂中の注目を集めてしまった。
「…ヒロト、落ち着け」
「ああ…」
「とりあえず、過労なら鳥山さんを休ませてあげないと…」
「…まぁ、どうせ明日はこの街で食料やらの補給もしなきゃならんしなぁ…そうだ、ヒロト」
「なんだ」
「からかった侘びだ、補給は俺たちでやっておくから、明日はサツキと出かけてこい」
「何も分かってないじゃないか!!俺はもう部屋に戻る!」
ヒロトはガタガタと大きな音を立てて立ち上がり、階段を上がっていく。
「まだまだガキだねぇ」
「からかいすぎるハルトが悪いんだと思うけど?」
「あいつがあんなに感情豊かになるの、初めてだからつい」
「あれ、これ…」
椅子に立てかけられたままになっていたのは、ヒロトの剣。
ヒロトの剣はこの世界には珍しく片刃の剣で、刀に近い形状をしていた。
「…あちゃー…これ置いてくほどって、結構キレさせたかな。悪いけどサツキ、それ持ってくついでに様子見てきて」
「分かりました。でも、あんまりからかったらあの手のタイプは心閉ざしちゃいますよ?」
「はは、気をつける」
皐は、ヒロトの剣を持って彼の居場所を探すことにした。
とはいえ部屋に戻ると言っていた以上、まず探すべき場所は一つだが。
「ヒロトー、いるー?」
「…あんたか。どうした」
「忘れ物。入っていい?」
「別にいいが」
「んじゃ、お邪魔しま…なぁヒロトさんや…これは普通ダメというべき場面では」
皐が部屋に入っていくと、着替えの途中だったのか、ヒロトは上半身裸の状態だった。
「見られて困るものでもないだろ。男の上半身なんて」
「そうだけどさぁ…あ、それはそうと剣、忘れてってたよ」
「…頭に血が上ってたんだな、俺は…すまない、助かった」
「ヒロトって、意外と短気?」
「違う、と思いたい…それはそうと、明日はどうする?神子様は休ませなければいけないし、あんたが出かけたいなら付き合うが」
「出かけるっていったって…先立つものがなければ意味がないよね」
「買い物がしたいのか?」
「…動きやすい服くらいは欲しいかなって。毎回服を脱ぐわけにもいかないでしょ?」
「それはそうだな…じゃあ、明日はやっぱり街に行くか」
「いや、だから…」
「あんたが嫌でないなら、俺だって服やちょっとしたもの、明日の昼飯代くらいは出せる。普段から給金が出てもあまり使わないんだ」
「嫌っていうか、ありがたいけど…何か、悪いなって」
「俺にも魔法は使えると、自信をつけてくれた礼だ」
「…じゃあ、明日はお言葉に甘えるよ」
翌日、愛のことはランスが見ているからと、ハルトとジルは補給のための買い出し、皐とヒロトは皐の服を探しがてら街の散策へと出かけた。
「…さすがに港町、見たことのない服も多いが、防水性の高い服が多いな」
「ホントだ…でも、ちょっと動きにくそう」
「しかし、女物のエリアはあっちだぞ?こっちは…」
「男物だけど、この世界の婦人服が動きやすいと思えないし」
「それはそうだが…」
「こういうときユニセックスの服があればいいんだけど…」
「ユニセックス?」
「男女どっちが着ても違和感がない服」
「ああ、そういうことか…なら、これはどうだ?」
「あ、なんかデザインが可愛い」
ヒロトが見つけたのは、見た目はごく普通の丈の長いパーカーだが、フードが紐で分かれるようになっている。
「多分元々は潮水が入ると布地がすぐダメになるからなんだろうな」
「えーと、これに合わせるなら…これ、かな」
「ちょっと丈が広いんじゃないか?ブーツの中に入れるなら別だが、そんな長さじゃないし…それならこっちの方が機能性はいいと思う」
「いやでも、私の足の太さを隠せるものの方が…」
「あんたの足は充分細いだろ」
「…それ誰と比べてるのさ…」
「それはともかく。これは嫌か?」
「や、嫌じゃないけど…っていうかむしろチョイスのセンス良すぎて…着こなせるかどうか…」
「気に入りはしたんだな?なら、買ってくるから待っていてくれ」
「ああ、うん…」
五分もしないうちにヒロトは服の代金を払い、戻ってきた。
「ほら」
「あ、ありがとう…やっぱり、なんか悪いなぁ…」
「礼なんだから気にするな」
「…分かった」
「そんなに気になるなら、ちゃんと着てくれればそれでいい」
「りょ、了解」
「様子がおかしいが、どうした?」
「な、何でもない」
皐は今まで、ゲームの世界で以外、つまりは現実で異性とこんなふうに接したことがない。
しかもその相手がよりによっていつもは男女として意識しあうこともなく、ぶっきらぼうなヒロトということもあって、彼女は完全に照れてしまっていた。
「さて、そろそろ昼時か?」
「あ、それなんだけど」
「ん?」
「保存状態がちょっと微妙そうな食材で弁当作ったんだ。味はともかくとして、それ食べようよ」
「あ、ああ…」
早朝、今は大丈夫でもこれから旅に出て持って行ったらすぐ腐るであろう食材をハルトが整理していたのだが、まだ使えそうなものも多くあったため、皐はそれを使って弁当を作ったのだ。
港にある適当なベンチに並んで座り、弁当を広げる。
「あ、美味い…」
「あー、何その意外そうな顔。これでも家庭科の調理実習はみんなを引っ張ってくタイプなんだからね?」
とはいえ、料理に慣れているからといって、相手の口に合うものを作れるかどうかは別な話なのだが。
「そういえば、誰かの手料理なんて食ったことなかったな…」
「え、お母さん料理しないの?」
「うちもそれなりの家柄だし、母もいいところのお嬢様だったらしいからな…料理をしない人なんだ」
「そうなんだ」
「だから…誰かが自分のために料理を作ってくれるっていうのは、初めてだ」
「そっか…ってことは、今頃ハルトさんもジルに同じような話してるね」
「どういうことだ?」
「食材管理が料理慣れしてない人なだけに、傷みそうな食材が二人分に収まるわけがなくてさ、ついでだからハルトさんとジルにも作ったの」
「そうか。兄貴の代わりに礼を言う…ん?ランスさんと神子様は?」
「あの二人は宿の食堂があるから大丈夫でしょ?」
「ああ、確かに…だけど、ちょっと可哀想だな」
「え?」
「こんな美味い弁当が食えないんだから」
いつもとは違い、年相応、それより幼く見える表情で弁当を平らげていくヒロト。
彼は緩んだ表情だと幼く見えるタイプなのかと、そんなことを考えながら皐も弁当を片付けていく。
弁当を食べ終えて、しばらく街をただぶらぶらと散策したあと、二人は宿に戻ることにした。
お互い特に見たいものも、欲しいものもなかったからだ。
「あ。おかえり、二人共」
「ただいま。買い出しの方はどうだった?」
「ちゃんと揃えてきたさ。魚の干物も品揃えが多くて、助かるよな」
「…旅人も多く来る港町という分、長持ちする干物は名産ですから」
「あ、助かるといえば、弁当。ありがとなー。美味かった」
「あはは、ありがとうございます」
部屋に戻るため、二階の廊下に着いたその時。
愛が部屋から飛び出してきて、彼女は声をかける間もなく出て行った。