上司としてより、兄として
「そういえば、どうしてサツキは馬車に乗らないんだ?」
ふとそんな質問をしたのは、ハルトだった。
「別に神子しか乗っちゃいけないわけじゃないし、サツキだって女性だろう?疲れないのか?」
「何でですかね…なんとなく、運動不足も解消されそうだからいいかな、って…」
「…おいランス聞いたか?お前もサツキみたいに歩いたらどうだよ」
「僕は魔力がある分、体力ないから。神殿では頑張ってるし」
「そんなお前が国内最高峰の魔術師ってのが納得いかん…」
馬車に乗ったまましれっと答えるランスに、ハルトが憮然とした顔をする。
「女とは思えない体力だな、あんた」
「それ褒めてるのか貶してるのか分かんないんだけど」
「貶してはいない」
「ホントかなぁ…」
そうして歩いている内に、水の神殿の近くにあるという港町にたどり着いた。
「…潮の香り…これ、天気大丈夫かなぁ」
「天気?」
「潮の香りが変に強いし、空気も湿ってる。雨降るんじゃない?」
「こんなに晴れていてか?」
「今晴れていても数時間後には分からないでしょ」
「まさか…まぁ、今日はもう宿で休むだけだから、構わないだろうが…」
宿に着くと、三人部屋二部屋しか用意できないと説明された。
「え」
「すみませんねぇ…でもこの時期はどこもこんな感じなんですよ」
「へぇ、何かあるのかい?」
「船取り祭りだよ」
「船取り…?」
「知らないのかい?船取りってのは、帆船を持つ船長同士が互いの船を賭けて神殿で決闘をして、船を取り合うんだ。今じゃ成り上がりの儀式ってんで、真似事をするのさ。今は、大事な船なんぞ賭けないがね」
「へぇー…」
「それで、お泊りになられるので?」
「ああ…部屋割りはこっちで何とか考えるよ」
「それじゃあ、鍵はこれとこれね」
宿の主人から鍵を受け取り、部屋の前に着く。
「女の子二人と男で分けたほうがいいよね」
「え、別に衝立とか借りれば、三人ずつでも良くない?ああ、鳥山さんに欲情しちゃう的な?」
「堂々とそういう言葉を口にするな、痴女かあんたは」
「…ヒロトの口からそんな言葉が出るとは…」
「ま、気持ちはありがたいが無理だな。となると誰かが床で寝ないとだが…ランス、真っ先に俺を見るな、多少は躊躇ってくれ」
「…ならば、自分が。床で寝るのは慣れております故…」
「そんな…ちゃんとベッドで休んだほうがいいですよ。私も気にしないようにしますから、誰かお一人私たちと同室にしませんか?」
「だそうだ、ジル」
「何故俺が…?!」
「床で寝ると言ったのはジルだけだしな…」
「…ジルが嫌だと言うなら、兄貴でいいんじゃないか。剣も魔法も使えるから、護衛にはいいだろ」
「それを言うなら、ヒロトだってサツキの護衛じゃないか」
「…俺が二人分の護衛なんて出来るはずがない」
「あのなぁ…」
「まぁまぁ。兄弟喧嘩はそこまでにしてさ。冗談抜きにハルトでいいじゃない。弟に気楽な方を譲ってやりなよ」
「…分かったよ…」
部屋に入ると、当たり前だがベッドが三つ並んでいた。
「…ハルトさん真ん中いきます?」
「絶対駄目だろ?!」
「あは、冗談です」
「…そうだ。サツキには、礼を言わないとな」
「お礼?何かしましたっけ?」
「ヒロトのことさ。あいつがあんなに喋るの、子供の時以来なんだ」
「え?」
「すぐ上の兄貴である俺がこんなんだからな。こうならないように、あいつは厳しく育てられた。クソ真面目なのだって、そのせいだ。だけど、魔法騎士の家系なのに魔法がろくに使えなかったことで、変に劣等感持っちゃってな…」
そう言うとハルトは、困ったように笑う。
「それで、自分にはできない、とかそう言う言葉が多かったんだ…」
「ああ。なのに魔力がずば抜けて高かったから、魔法騎士になるしかなかったんだ。騎士自体にはなりたかったらしくて、剣を極めようと努力してた」
「へぇ…」
「あいつがまだ厳しく育てられる前の夢は…お姫様を守る騎士になること、だったんだ。うちの国には王女はいないんだけど、お気に入りだった童話がそんな内容でさ」
「…護衛対象がこんなので申し訳ないなぁ…」
「俺はヒロトの護衛対象がサツキでよかったと思うけどな」
「っていうか、そもそも私の方に護衛なんていらないと思って」
「そうは言うが…こちらが招いた異世界からのお客様だからな。そういうわけにもいかんのさ」
「…あ、体裁的な意味で?」
「そういうこと」
ハルトが頷きと共に肩をすくめる。
「あ!本当に雨降ってきちゃった…」
窓の外を眺めていた愛が、残念そうな声を上げる。
「明日までには晴れてくれるといいんだがなぁ…とりあえず、腹も減ったし、食堂行くか。神子様、食堂ではくれぐれも一人にならないようにな」
「はい」
隣の部屋の三人にも声をかけて食堂に行くと、ちょうど席が空いたところだった。
六人分頼むよりも早そうだと、大人数用の料理のセットを注文することにした。
「うげー…俺、魚の骨取るの下手なんだよなぁ…」
さすがに港町というだけあって、メイン料理は魚が使われていたのだが、それをみたハルトが肩を落とす。
「取ってあげましょうか?」
「いいのか?じゃあ頼むよ」
半ばからかうように言った皐だったが、ハルトは気を悪くした様子もなく、素直に頼んできた。
魚の骨を身を崩さないようにして取るにはコツがいるが、そのコツさえ知っていれば気持ち良いくらいに取れるものだ。
「はい、どーぞ」
「おぉ、ありがとな。へぇ、器用なもんだ。いい母さんになるんじゃないか?」
「ハルト、そこはまずお嫁さん、って言ってやろうよ。せめて」
「あ、そうか」
「わぁ、ヒロト君、魚の食べ方上手だね」
「そ、そうか…?普通に食べているつもりなんだが…」
「私もこれくらい綺麗に食べられるようになりたいんだけどなぁ…」
「あ、骨入ってた」
そんな会話を聞きながら、皐はもごもごと口を動かして、骨だけを出す。
一応周りに配慮して、口元は隠していたが。
「…神子様があんなのじゃなくてよかった」
「えぇ…?」
「あんた何で兄貴のはちゃんと取ってるのに自分のは中途半端なんだ」
「え、別に小骨くらいなら食べられるし」
「それで太い骨が刺さったらどうするんだ」
「刺さる前に分かるでしょ。あ、そういえば骨出してて思い出したんだけど、舌だけで色々出来る人ってキス上手いらしいよ」
「ぶっ…!食事時になんてことを思い出すんだあんたはっ」
「わぁ、ジル君大丈夫?!」
「もっ、問題ない…!」
顔を真っ赤にしてむせていたジルが、水を一気に飲み干す。
「ありゃ、意外と初心なんだね」
「あんたはもう静かに食っててくれ…」
呑気な皐の言葉を聞いて、ヒロトは疲れたようにため息を吐いていた。