最初の神殿、神子への試練
長い距離を歩き、日が暮れては宿に泊まったり野宿をしたりという日々を経て、ようやく一つ目の神殿にたどり着いた。
「でっ…かー…」
「祈りの間の手前までは誰でも行けるが…どうするんだ」
「もちろん行くけど?」
「言っておくが、神子への試練も一緒にくぐり抜けなければならないんだ。それでもか?」
「ねぇ、行きたくない理由でもあるの?」
「…そうではなくて…」
「大丈夫だって、自分から危険に首突っ込んでくことはしないと思うし、ヒロトに迷惑はかけないよ」
「……そうか。なら行くぞ。神子様たちはもう進んでる」
「わー、ちょっと待ってよもう…!」
ぶっきらぼうに顔を逸らしたヒロトのあとを早足で追う。
「何で怒ってるのさ」
「怒ってない」
「…本当かな…ところで、ここで祀られてるのって…」
「焔の精霊だな。焔は武力のシンボルともされているから、武人や鍛冶師からの信仰が特に厚い」
「へぇー…あ、だから炎のトラップが多いんだね」
「そうだな。前で打ち消してるからこうしてのんびり話していられるが…」
「って、立ち止まってるけど」
「だが、中を見るに大きな炎があるわけでもなさそうだな」
置いていかれていたはずが、ある部屋で愛たちが立ち往生したことにより追いついてしまった。
「お、ヒロトもサツキも追いついてきたか」
「どうかしたのか?」
「このトラップなんだが…同時に六つ、火を付けなければならないんだ」
「俺以外はまともに魔法が使えるんだからやればいいじゃないか」
「あのな、俺とランス、ジルの三人だぞ?どうやって同時にやれって言うんだ」
「え、放射線状に炎を使えば一人でも出来るんじゃ…」
「放射線状?」
ヒロトとハルトの二人に顔をまじまじと見られて、皐は若干身体を引く。
「六角形に並んでるんだから、そこに向かって炎を飛ばせばいいと思うんですけど」
「……ダメだ、イメージできない…なぁサツキ、やってみてくれないか?」
「えぇ?!」
「ランス、サツキがやってみてくれるって言ってるぞ」
「え、サツキが?」
「やり方を説明したら分からないって言われたんで…やってみることに…」
「まぁ、魔法が使えないわけじゃなさそうだし、いいんじゃない?」
「はぁ…」
皐は部屋の中心部に立ち、燭台の位置を確認する。
「よ、よし…」
放射線状に広がっていく炎をイメージする。
魔力を放出する感覚は最初に氷柱を出した時になんとなく覚えていた。
炎が燃え上がる音と共に熱さを感じた時には、部屋の奥にあった扉が開いていた。
「ま、まさか自分の周りに炎を出すってことだとは思わなかった…」
「逆に目の前に出してどうするつもりだったんですか?!」
「すごいね霧野さん!ランスさんみたいに魔法が使えちゃうなんて!」
「あ、あはは…」
「次が祈りの間みたいだから…行ってくるね」
「うん、気をつけて」
祈りの間に入っていく愛を見送っていると、普段は諜報活動をしているという隠密部隊のジルが近づいてきた。
「…あれだけの魔法…何故使うことが出来た。本当は神子と同じ世界から来たのではなく…」
「ジル。変なことを言うな。神子様と同じ術の陣から出てきたんだろう」
「俺は確認していない」
「それは…魔法の適性の低いお前はそうだろうが…兄貴やランスさんが見てるんだぞ」
「……」
「大体、自分に大した魔法が使えないからといって他人を疑う言動というのはどうなんだ」
「…ヒロト、護衛をして情がわいたのか」
「そういうことじゃない。証拠もないのに失礼だと言っているんだ」
「では、神子と同じ世界の人間だという証拠は?」
ジルが皐に視線を向ける。
「んー…鳥山さんが出して見せたかは知らないけど、こんなのは?こっちにはないんじゃない?」
ポケットからスマホを取り出してジルに見せる。
「……そうだな、こちらにはないな」
「で、疑いは晴れた?」
「…ああ。すまなかった」
「いーえ」
肩書きの割には素直に信じたことに若干驚きながらも皐は返事をし、スマホをしまう。
「少し疑問なのだが、何故君はあれだけの魔法が使えた?君たちの世界に魔法はないのだろう?」
「あー…その、私は空想の物語が好きでね。そのイメージが頭の中にあるから。魔力は可もなく不可もなくらしいけど」
「そうか。俺は魔力が本当に少ないらしい。いくら使いたい魔法をイメージしたところで、小規模なものしか起こせない」
「…あれ、逆のパターンがどこかにいたような…」
「事実だろうが俺を見るな」
ヒロトがジト目で皐を見る。
「あははー…あのさ、それなら二人の魔力と魔法力を合わせることってできないの?」
「どういうことだ」
「魔力がバカみたいにあるヒロトと魔法力が十分なジル。ヒロトの魔力をジルが借りられるようになれば、強力な魔法も使えるんじゃない?だってこの世界の魔法は、ある程度ならやりたいことが出来るんでしょ?」
「言い方が気に食わないが、そうだな」
「ヒロトだって魔力の放出くらいは出来る、と」
「あんた実は喧嘩売ってるのか?」
「そんなまさか。いきなりやるのが不安なら、私を実験台にしなよ。私が魔法力の土台になるから、ヒロトは魔力を私に流すの」
「…危険だぞ」
「流す、っていうイメージが悪いイメージしかないなら、繋げる、かな」
「繋げる…」
「自分から糸を出して繋げる感じかな」
「変わった考え方だが、悪くないな」
ジルは肯定的なようだった。
「…そんなの自分の力で魔法を使ったことにはならないじゃないか」
「でも、魔力が足りない人を助けることが出来る。それじゃ嫌なわけ?」
「出来るかどうかも分からないのにか」
「やってみなきゃそれも分からないままでしょ」
「大体、あんた曰く、俺は想像力が足りないんだろう。だったらやったって無駄だ」
「無駄かどうかはやってみてから…」
「二人とも、落ち着け。ここは神殿だ」
語気は決して荒くないが、魔法に関して何でもネガティブな方に考えるヒロトとそれをどうにか説得しようとする皐の話はいつまで経っても終わりそうになく、ジルは仕方なく止めることにした。
ちょうど二人の言い合いに一区切り着いた頃、愛が祈りの間から出てきた。
帰りは、精霊が解放されたことで現れたエレベーターのようなもので、一気に出口まで戻ってきた。
「…ねぇ、次ってどの神殿?」
「次は水だ。近くに港町があるな。話によると、精霊の神殿の中では一番美しいらしい。漁師や船乗りはその神殿で結婚式を挙げたりすることが多いそうだ」
「へぇー。じゃあ、比較的安全ってことかな」
「おそらくはそうだな。だからと言って、魔族が襲ってこないとも限らない。気を引き締めなければ…」
「そんなところに、ジャジャーン!俺様登場!」
現れたのは、全身黒い衣装に身を包んだ男。
雰囲気は剽軽だが、だからと言って通してくれそうにはない。
「は?」
「神子様、下がっていてくれ」
「は、はい…」
「あんたもだ。下がれ」
「け、けど…あいつそこまで警戒するほど?」
「……あんたは分からないだろうが、あいつ、スキがない…」
「ふぅん」
「ふぅん、ってな…」
皐が男を見て思い描くのは、男の頭に巨大な金タライが落ちてくる光景。
殺したいわけではないが、気を失う程度にはダメージを負って欲しいので、その程度でとどめておく。
すると、上空に淡い光。
「あ」
愛が小さく声を上げる。
「あ?」
次の瞬間、鈍い金属音を立てて、タライは勢いよく落下した。
「ぐおっ?!」
「お生憎様。殺気を放てば気づいただろうけど、殺意も何もない攻撃、逆に玄人は警戒しないもの」
タライがぶつかるダメージは、当たり所が悪ければ首の骨が折れるほどだという。
男は頑丈なのか、痙攣している程度だが、それでも動きは封じることは出来たらしい。
一行が走り抜けても、動くことはできなかったらしく、追ってくることはなかった。
その日は近くの街で宿を取り、翌日からまた次の神殿へと向かうことになった。