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さようなら現実、こんにちはファンタジー

本の中にある空想の世界が大好きだった。憧れていた。


でも、それはいつしか逃避だという思い込みに変わり、あくまでも非現実的要素として楽しむ程度に留めるようにと、憧れ続けた世界を空想する幼い子供のような自分に言い聞かせるようになっていった。



「眠…」

「あ、また乙女ゲーで徹夜したの?」

「ふっ…気がついたら三時でね…」

「ホント、集中力は桁外れだよね…それで成績上位でしょ?」

「家でやらない分授業はちゃんと聞かないとねー」


「でもさぁ、乙女ゲー好きな割に、皐ちゃんはお姫様とかには憧れたりしなかったよね。みんなお姫様やりたい!とか言ってる時も無反応で」


「それいつの話?記憶が正しければ幼稚園?」

「うん」

「だって私じゃ分不相応だし。性格的にはヒロインの前に立ち塞がる障害物じゃない?ま、実際は石ころにも満たないモブだろうけど」

「…自己評価低っ?!」


「私らはそれでいーじゃん?あそこにいるよりずっと居心地いいし」

皐が示したのはクラス一の美少女とその周り。


見た目がいい上、誰にでも好かれて、まるで物語のヒロインみたいだと皐は思う。

ああいうタイプを遠くから見ているのは好きだったが、自分がなりたいとは思わない。


「あ、そういや新刊返してこなきゃ」

「ああ、また入荷してすぐ借りたんだ。図書委員の特権だよね、そういうの」

「まぁね。面白いのがあったら登録し次第すぐ借りられるし、なんで人気ないのか分かんない」

「周りをよく見れば分かるんでない」

「それもそうか。んじゃ、行ってくるわ」


ハードカバーの分厚い本を持って、皐は教室を出た。

皐の好きなジャンルはフィクションの中でもファンタジー物で、その要素があれば王道でも和風でも現代風でも何でも読む。

その他のジャンルに手をつけてみたこともあるが、肌には合わなかった。


「ん?鳥山さんだ…ま、関係ないか」


鳥山愛。彼女はクラス一の美少女で、皐たちのようなちょっと二次元を愛しすぎているような女子とは縁遠い。



「っきゃあぁあ?!」

突然上がった悲鳴と、目にしているものが正しければすぐ目の前にあるのは床に開いた黒い穴。

その穴は愛を飲み込もうとしている。


「!き、霧野さん、助け…!」

「え、ちょっ?!」


伸ばされた手を反射的に取ろうとした皐もまた、黒い穴に引きずり込まれていった。



「神子召喚の儀は成功、かな」


「はい。ですが…」


「あれ、神子が二人…?」


ぼんやりとした意識の中で、皐の耳に入ってくるのはそんな声。

夢を見ているに違いない、と彼女は目を閉じたまま聞いていることにした。



「どっちが本物?」


「こちらの方に清廉なる力を感じます。見目からいっても…そちらはお付きの人間かと」



「う、ん…私、どうなって…あ、こ、ここは…?」


「ここは神殿にございます、神子様」

「神殿?神子?あっ、き、霧野さん、霧野さん起きて…!」


揺さぶられる感覚はリアルで、皐は目を開かざるを得なかった。


「…鳥山さん、そんなに揺すられなくても起きられるから」

「ご、ごめんなさい…でも、何が何だか…」



「驚かれるのも無理はないでしょう。これからお話致しますのでこちらへ」


「ん…?」


二人の前に立った、神官のような衣装を纏う女性に感じた既視感に皐は首を傾げた。


荘厳な扉の前に来ると、愛は中に入れるが、皐は部屋の前で待つように指示される。


「…まぁいいか」

おもむろにポケットの中のスマホを取り出す。


「あれ、バッテリー、放課後までもちそうになかったのにな」

バッテリー残量を知らせるアイコンは100%を示している。


しばらくスマホをいじっていると、寄りかかった扉の向こうから足音。

話が終わったのかと思い、スマホをしまって扉から退く。


「…あんたが、神子様のお付きか」

「え、誰」


「今日からあんたの護衛をするようにと、命令を受けた」

扉から出てきた青年は、最低限の防具を着けている以外は、ゲームに出てくる村人Aのような、ラフな服装だった。


「護衛?見張りとかじゃなくて?」

「見張りが必要な人間という自覚があるのか?」

「うんにゃ、そういうわけじゃないけど、どうなろうがいいと思われてもおかしくないと思って」


「それは、この国の人間を薄情だと言っているととって構わないのか」

青年の顔が気色ばむ。

相当愛国心が強いことが見受けられる。


「…なんでよ。私みたいなただのオマケ、放り出されてもおかしくないって意味で言ったんだけど?誰もこの国がどうのとかって話なんてしてないっての」

そう言うと皐は肩をすくめる。


「なら、いい。それで?あんたの名は?」

「あのね…人に名前を聞く時はまず自分から名乗るべきじゃない?」

「…言っていなかったか」

「……聞いた覚えはないんだけど」

そういえば自己紹介の間も与えず、護衛がつくことを変に混ぜっ返したのは自分だと、皐は内心反省した。


「失礼した。俺はヒロト。…魔法騎士団の一員だ」

「そ。私は霧野皐。皐でいい」

「ああ、名の方がサツキか。異世界人はややこしいな」

「異世界…」


予想は出来ていたが、やはりまだ夢の中なのではないかと思ってしまう。

実際は校舎の老朽化で床が崩れただけで、自分はゲームのやりすぎでこんなファンタジックな夢を見ているだけだと。


「おい」


ぱちん、と何かが弾けたような音と小さな痛み。


「イタッ!何、静電気?」

「…ぼんやりしていたようだから、気付けに雷の魔法を使ったんだ」

「魔法なの?ただの静電気かと思ったよ」

「せっ…」


ヒロトが顔を引きつらせたその時、再び扉が開いた。


「き、霧野さん…どうしよう…」

「え、どしたの鳥山さん」

「わ…私…この世界を救う神子、らしいの…それで、魔族軍に勝つために、精霊を解放して回る旅に出なきゃいけないんだって…」

「へぇー、大変だね」

「うん…大変だよね…あっ、もちろんこの世界を私が頑張れば救えるっていうなら、頑張るつもりなんだよ!でも…私、霧野さんを巻き込んじゃって…」

「いや、気にしないで。放り出されなかっただけ…」

「本当?!霧野さんがついてきてくれるなら心強いよ…!」

「ん?」


「勝手に巻き込んでおいて危険な旅にも来てもらうなんて無理だと思ってた…ありがとう!」


(あ、これ脳内会議で話が進んでいた感じですか?)

そういやちょっとせっかちだ、と遠目で見ていた時言われていたなぁ、と皐は訳が分からなくなってきた思考から逃げるように窓越しの空を見上げた。






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