壊れゆく世界
【大切なものはなんですか?】
こんな質問の答えは、人それぞれである。
――金。
――権力。
――自分。
――命。
――家族。
――子供。
――友達。
――恋人。
――物。
本当に、真剣に、それを考えたことがあるでしょうか?
今一度問います。
【大切なものは、なんですか?】
壊れゆく世界
「ゆーいー!!」
朝。
山下家に母の声が響く。
「起きてるー。」
それに答える私の声は、まだ眠いような声。
鏡に自分の姿を映し、髪を解かす。
解かしている時でさえ、瞼が閉じそうになる。
昨日遅くまで、起きていた所為だ。
昨日遅くまで、雑誌を読んでいた所為だ。
「お姉ちゃん?お母さんが呼んでるよ?」
妹の祐里が廊下から顔を出す。
「分かってる。」
私がそう言うと、祐里は一階に降りていった。
AM7:30.
いつもならそろそろ家を出る時間である。
そこで眠気が覚め、急いで下に降りる。
「祐衣。昨日何時まで起きてたの?中学生になったんだから、しっかりしなさい。」
下に降りて、慌てて朝食を食べ始めると、母がそんなことを言った。
「ふぁーい。」
急いで朝食を食べているため、あまり言葉になっていない。
しかし、返事をしておくだけしておかないと、もっと問い詰めてくるから、しっかりする気がなくても、一応返事だけはしておく。
「祐衣。7時45分よ。大丈夫なの?」
「45分!?ヤバイ!!」
母の口にした時間に、私は危機を感じる。
私の住むこの山崗町は、町といえるほど大きくなく、周りを山に囲まれた、小さな村である。
そのため、小学校はあっても、中学校はない。
中学生になると、隣町の中学校まで行かなくてはいけなくなる。
私の家からその中学校までは、走っても40分は最低かかる。
急いで出なければ、遅刻である。
「行ってきます!!」
そう言って私は、家を飛び出した。
髪は乱れても仕方がない。
皆が静かにHRをやっている教室なんかに遅刻してあとから入るなんて、私にそんな度胸はない。
だから、何とか遅刻を免れたいのである。
そう言って、家から道を走る。
長距離嫌いなのに!!
なんてちょっと涙目になりながら。
ふと目の前に、同級生の竜也を見つけた。
「竜也!!」
「おう!祐衣!どうした、慌てて。」
竜也は明るく私に訊く。
「どうした、って。こんな時間に歩いてて遅れないの?」
竜也が歩いているため、私も竜也に合わせて、歩き出す。
竜也は私の質問に明るくこう答えた。
「遅刻か?このまま歩いてたら遅れるだろうなぁ。」と。
笑って、しかも他人事のように。
そういえば、竜也はいつも遅刻ギリギリ、又は遅刻しているヤツであった。
「遅刻なんてヤダよ!ほら、走るよ!!」
私は遅刻なんて絶対嫌だから、何故か竜也の手まで引っ張り、走り出す。
「うわっ!っと。走んのかよ!!」
「走んないと遅れるでしょ!!」
「走んの好きじゃねぇんだよなぁ……」
「あたしも嫌いだ!!」
そんな愚痴を言う竜也一応ツッコミを入れながら、私は手を引っ張りながらも走りつづける。
いつもなら、ゆっくりと、この立ち並ぶ木々を見ながら登校しているのだが、今日はそんな暇はない。
11月の冷たい風が、私の頬をかすめていく。
これも昨日雑誌をずっと見ていた所為だと、自分が悪いと、自分を叱りながら走る。
竜也は、嫌がるわけでなく、おとなしく付いてきている。
女子に手をつながれて(引っ張られて)嫌じゃないのかこいつは?と竜也を見て思った。
しかし、あ、恋に興味ないやつだった。と思い、また走ることに集中する。
あーもー神様、仏様!
学校にどうか間に合わせてください!!
こうなったら神頼みだ!!
そんなやけくそな私であった。
キーンコーンカーンコーン
8時30分のHR開始のチャイム。
私は息を切らしながらも、教室にいた。
竜也は走るのが嫌いとか言いながら、息切れなんかせずに、普通にそこに自分の席へ歩いて行っていた。
教室に入ったのは、チャイムの鳴り始めとほぼ同時。
来る途中で、竜也が所々道草をした所為である。
「大丈夫?祐衣。」
「何とか…大丈夫…みたい。」
息が荒く、途切れ途切れながらも、同じ山崗町に住む莢に言う。
ガラガラガラ
教室のドアが開き、担任が入ってくる。
慌てて席につき、HRが始まる。
さてと、今日は授業中に何をしましょうか。
昨日は、ルーズリーフに好きなお菓子の名前を書いていた。
それが何。という感じではあるが、先生の目を誤魔化すにはもってこいなのだ。
字を書いていれば、黒板を映しているように見えるし、たまに黒板を見るフリをすれば、意外とバレないものである。
で、何をしようかな?
好きな飲み物でも書こうかな?
でも昨日お菓子書いたしなぁ……。
あ、手紙でも書こうかな。
でも誰に?莢?竜也なんてありえないし…。
じゃあなんて?日頃のお礼……?
そんなん恥ずかしいって!!
あーもー…どうしよう……。
キーンコーンカーンコーン
あ、チャイム。
そんな自問自答を繰り返していたら、いつのまにか1時限目が終わってしまった。
何やってんだ、私……。
自分でやっときながらも、落ち込む。
「ねぇ。」
「うわっ!!」
自分の世界に入りきっていた私は、いきなり声をかけてきた莢の声に驚き、椅子から落ちそうになった。
「なっ…何?」
バクバクと煩い心臓を抑えながら、莢に私を訪ねてきた理由を聞く。
「ん?あ、あのさ、授業中どうしたの?悩み事?それって恋?相手は竜也?」
「はぁぁぁぁぁ!?」
莢は私のさっきの行動に笑っていたが、私の質問に思い出したように理由を話した。
そして私はその理由に素っ頓狂な声をあげてしまった。
だって、恋の話だよ!?
私恋したことないし!!
それに何故相手が竜也!?
「いや、絶対無い!ありえないから!!」
私は、両手を左右に振って全力で否定した。
莢は、そんな私が面白かったのか、笑いながら、「そうなのかな?」何て言った。
「だって朝、一緒に来てたでしょ?」
「付き合ってるとしてもあたし朝からランニングデートなんて嫌だから。」
「じゃあ、竜也のことは好きなんだ。」
「絶対無いから!!」
もー。この子は天使の笑みして性格小悪魔なんだから………。
いや、きっと天然なんだろうけど……。
そんな莢のボケに対して一方的に私がツッコんでいると、チャイムが鳴った。
あ、鳴った。じゃまたね。と言って莢は自分の席に戻っていった。
チャイムが鳴って少しすると、担当の先生が入ってきた。
さて、何をしようかな。ってまた戻ってるし…。
少し斜め後ろを見たら、竜也が寝ていた。
机に肘ついて、その上に顔乗せて。
そういえば、いつも寝ている気がする。
テストとか、大丈夫なのだろうか?
そんなことを考えた。
ふと外を見た。
私の席は、窓側の列の真ん中の席。
良いか悪いかと言ったら、良い方の席である。
「烏…………。」
私は外の光景を見て呆然としてしまった。
校庭の多くの木から、数え切れないほど多くの烏が飛ぶたった。
数が多い所為か、少し曇っていた灰色の空が一瞬一面の黒に変わった。
どれくらい外ていたのだろう。
烏が見えなくなったあとも、私はただ呆然と外を見ていた。
その所為か、先生に頭を叩かれ、ちょっと嫌な顔をされた。
そして「外に私と黒板はいないんだが。」と言われた。
その先生の言葉にクラスに笑いが起こった。
先生はフンと言い、授業を再開する。
私は、何もする気になれず、また何も出来ずにその授業を放心状態で終わらせた。
「祐衣?」
授業が終わり、莢が先程以上に心配な顔をして私の名前を呼んだ。
あぁ、可愛いヤツめ。といつもなら思っていただろう。
そう、いつもなら。
でも今は違った。
「莢……。」
と私は彼女の名前を呼ぶだけだった。
「祐衣?何処見てるの?私はここだよ?」
莢がそんなことを言った。
決して私が莢の方を向いていなかったのではない。
ちゃんと莢の方を向いていた。
ちゃんと莢を瞳に映していた。
ただ、莢が言うには、私はまるで莢のずっと先を見ているような目をしていたと言う。
「保健室行く?顔色も悪いよ?」
莢の心配と言う名のメーターが上がっているようだ。
元から多少心配性である莢の心配性を更に強めてしまったらしい。
「大丈夫だよ。ありがとね。」
私は、いつもの元気な私ではないような声で、莢にそう言った。
莢は、「そう…なら、良いんだけど……。」と、心配そうにそう言ったが、私がそう言うのであればと、自分の席に戻っていった。
あぁ、本当に私はどうしたのであろう。
何故こんなにも元気がないのであろう。
莢に凄く心配をかけてしまった。
あとで何か奢ろうかな。
でも、本当にどうしてしまったのだろう。
一時間ほど前、莢にあんなにツッコミを入れていた私は何処へいったのだろう。
パシンッッ
私は自分の両手で、自分の両頬を叩いた。
そして「しっかりしろバーカ。」と自分にそう言った。
そう言った私の声も、決して元気と言えるような声ではなかった。
一日の授業を終え、帰宅部の私は屋上に寝転がっていた。
空は相変わらず曇った灰色だった。
いや、午前中よりも曇りは増しているようだった。
今日の夜は雨かな?
そう思った。
「あ、めーっけ。」
声がしたほうに首から上を動かせば、莢が両手にココアを持ってこちらに歩いてきていた。
「はい、これ祐衣のココアね。」
そう言って莢が私に片方のココアを渡す。
私は起き上がり、そのココアを受け取る。
そして、私がなぜと言うような顔で莢を見れば、「だって祐衣、元気なかったから。」と笑顔で返してきた。
「あーあ。先越されちゃった。」
私は片手をコンクリートにつけ、それに体重をかけて後ろに少し倒れながらそう言った。
そして莢は私とは対照的に少し前のめりになった感じで私を覗き込みながら、頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
「あたしが莢に何か奢ろうと思ったのに。」
私が莢に向かって少し苦笑いしながらそう言えば、莢は笑って、「やっと笑ったね。」と言う。
「でも苦笑いだよ?」
と私が言えば、
「でも笑いって字付いてるでしょ?」
と笑って返してくる。
「ちょっと違う気が……まぁいいか。」
「いいのいいの。笑ってくれればそれでいいの!」
私がちょっと呆れたように言えば、莢は満遍の笑みでそう私に返す。
私がそれに吊られて笑う。
「ありがとね、莢。」
そして私が感謝の気持ちを込めてそう莢に言う。
莢はその言葉が以外だったのか、一瞬キョトンとした。
「いいの!だってヘコんでる祐衣より、笑ってる祐衣がいいもん!」
莢はまた笑いそう言った。
あぁ、なんてこいつは嬉しいことを言ってくれるんだ。
本当に、ありがとね、莢。
私は心の中でもう一度お礼を言う。
あえて口にはしない。
口にすると、なんか照れそうだしね。
「さてと莢、帰るか!」
「おーー!!」
私がよっこらせと立ち上がると、莢は座りながらも片手を突き出し私の提案に同意する。
「ねぇ、祐衣?」
「何?」
帰り道、莢が私を呼んだ。
空が曇っている所為か、周りに木々が立ち並んでいる所為か、夕方にも関わらず、あたりは暗い。
私は莢にあたり前に何と返す。
「やっぱ祐衣がヘコんでたのは悩み事でしょ?やっぱり竜也?」
「はぁぁぁぁぁ!?」
本日二度目の私の素っ頓狂な声。
どうやら莢は私が竜也のことで悩み、そしてヘコんでいたと勘違いしていたらしい。
何故そうなる。
そもそも私、悩み事でヘコんでたんじゃないから。
ヘコんでいたってもの定かではないから。
「何でそうなんの?」
「だって祐衣と竜也、仲良いじゃん。」
「それは莢もでしょ。」
私と莢、そして竜也は小さい頃からの幼馴染である。
山崗町が小さいために山崗町では私たち三人しか同じ年の子供がいない。
だから必然的に私たちは幼馴染になるのである。
「そもそも、あいつに恋って感情があるのかが疑問だね。」
「それはオメーだろうが。」
「ひゃっ!!」
私が呆れたように言うと、何処から出てきたのか竜也がいきなり声を出すので変な声をあげてしまった。
「変な声。」
竜也がボソッと言ったその言葉を私は聞き逃さず、「ンだとテメー!」と言い返し、竜也の腹目掛けて蹴りを入れた。
「うわっ!っと、あぶねっ!!」と言いながら、竜也はその蹴りを交わす。
「ゼッテー女じゃねぇ。こんな女好きになるような物好きいんのかよ。」
竜也は頭を掻きながら私に嫌味を言った。
「あんたこそ、女に優しくしないくせに、モテるわけないでしょーが!」
竜也の嫌味に対抗し、私も嫌味を言う。
ただちょっと竜也の方が口が上手いのが悔しい。
「はんっ。俺は惚れた女には優しくすんのよ。」
「変態!!」
自慢げに言う竜也に私は思いっきり自分の鞄を投げる。
竜也は私の投げた鞄を簡単に受け取り、「物は大事にしろ!作った人に失礼だろうが!」と私に投げ返してきた。
「お前も投げてんじゃねぇか!!」
「テメーとは投げ方が違う!!」
私と竜也の間に火花が散る。
「ふふふふふ。」
二人の横の間と言うところだろうか?とにかく私たちから少し離れたところで莢が笑っていた。
とても女の子らしく。
そして私と竜也はその笑う莢を何事かと見ている。
「やっぱり二人は仲良いね。」
莢が笑顔でそう言う。
「「誰がこんなヤツと!!」」
「ほら、やっぱり。」
私と竜也の声が見事に重なり、ついで言うとお互いに相手を指差すことも重なり、莢の言葉を拒否する。
それを聞いた、見た莢は、また笑い出す。
そして私と竜也の間にはまた火花が散る。
数秒睨みあい、私たちは同時に“ふん”と違う方向を見る。
「うぅ〜〜…。莢!帰ろ!!」
私はまた竜也と同じ事をしてしまったことが悔しくて、竜也を睨み、莢の手を引いて家路につく。
莢はいきなり引っ張った所為か、わわ、と間抜けな声を出して歩き始めた。
私たちの後ろを竜也が頭の後ろで手を組みながらついてきた。
「付いてくんな!!」
私がいきなり振り返り、竜也に怒鳴る。
「付いてくるなって、同じ帰り道なんだぜ?」
「遠回りして帰れ!!」
「だったらテメーがしろ!!」
私の無理な要望に竜也がツッコんだ。
ザァーーーーーーーーーー
夜。
私が思った通り、空は涙を流した。
「あーあ。雨かぁ……。」
「明日晴れてほしいなぁ。」
私は居間にある窓のところに手を置きその上に顔を載せて呟いた。
後ろにあるテーブルで妹の祐里がてるてる坊主を作っている。
「祐里、何でてるてるさん作ってるの?」
「明日遠足だから。」
「そう。」
祐里の作っているてるてる坊主は、すでに五個を達していた。
私はあえてそれを気にしないでいた。
祐里の通う山崗小学校は、その名の通り、山崗町に存在する唯一の小学校である。
前にも言った通り、山崗町は子供の人数が少ないため、必然的に小学校の人数も減る。
なので小学校の在校生全員、といっても五十人足らずで年に一回、遠足に行くのである。
私も去年までは行っていた。
年に一回だけの遠足となれば、とても楽しみだったものだ。
今日は家には私と祐里しかいない。
母は町の会合に行っている。
父は三年前に他界した。
なので必然的に家には私と祐里だけになる。
「はぁー。」
「お姉ちゃん、竜也君のこと?」
「はぁぁぁぁぁ!?」
はい、本日三度目。
まさか妹に言われるとは思われなかった……。
「何でそうなるわけ?」
今日同じ台詞を言った気がする。
「え?違うの?」
「違う違う。全く持って違う。」
なんだかもうツッコム気も起きなくなってきた。
なんて、いつの間にか祐里の作っている、てるてる坊主が十個を超していた。
「祐里、それ、どうすんの?」
「ん?吊すけど?」
「どこに?」
「半分が部屋で、半分が外。」
私が次々に質問を投げかけるのに対して、祐里はそれに答えていく。
一通り質問し終えたので、ふ〜んといって、また窓の外を見ていた。
祐里はリビングにある二つの窓に五つのてるてる坊主を吊す。
それを吊し終わり、祐里は外へ行くために玄関へ行く。
ザァーーーーーーーーーー
未だに雨は降り続いている。
止むどころか、強さが増している気がする。
グラッと一瞬世界が揺れた気がした。
刹那、大きく世界が揺らいだ。
台所の食器が割れた音がした。
家が軋む音がした。
何かが落ちてくる音がした。
何が起こったの?
世界が、暗くなった。
「―――ちゃん!お姉ちゃん!!」
暗くなった世界に光が入るまで、どれくらい時間が空いたのだろう。
光といっても、空は泣いたままで、光という光は入ってこない。
入ってきた光景は、妹の泣く姿。
その後ろに、泣き続けている空。
少し目線を横にすれば、折れたような木と壊れたコンクリート。
すぐ前には私の左手。
それが全て、90度回転して、私の目に映っている。
私は……倒れている?
「お姉ちゃん!!よかった!気が付いたんだね。」
祐里は涙を浮かべて、私を見ていた。
寒いせいか、息が白い。
右手を動かそうとしたら、動かない代わりに痛みが走った。
「うっ!!」
「お姉ちゃん!!」
私が痛々しい声を上げると、祐里が更に涙をためた。
祐里の体は、雨に打たれて濡れている。
私の髪も、少し濡れていた。
「祐里?」
「何?」
私が名前を呼べば、祐里は悲しい瞳の中に私の姿を痛々しく写す。
「大丈夫?」
私の口からそんな言葉が出てくると思っていなかったのか、祐里は目を丸くした。
そして、「お姉ちゃんの方が大変なんだよ!!どこか、ケガとかしてない?」と私を少し怒鳴った。
「大丈夫だよ。挟まって体が動かないだけだよ。」
私はそう言って、笑った。
そして、嘘をついた。
私の体は、挟まって動かないだけじゃない。
所々、怪我をしているだろう。
足の方から、痛みが体中に走っている。
でもこれ以上祐里を悲しませたくないから、嘘をつく。
「祐里。寒くない?」
今は11月。
ここは山奥。
そして天気は雨。
濡れ続けて、寒いはずがない。
壊れた木々やコンクリートを伝って、私の体へも染み渡っている。
「大丈夫だよ。…それよりお姉ちゃん、今上に乗っかってる物…どかすね。」
祐里もまた、嘘をついた。
白い息が、途切れ途切れ祐里の口からはき出される。
衰弱しているのだろう。
このままずっとこの状態が続けば、確実に祐里は倒れてしまう。
私が心配そうな顔をしていると、また世界が揺れ始めた。
きっと余震だろう。
少し強く、祐里は尻餅をついてしまう。
私の上に乗っかっている木が、また軋んだ。
雨に濡れたせいもあるのだろう。
私が最初に聞いた音よりも大きく軋んだ。
私の上に重なっていた木々やコンクリートが私の前に滑り落ちてきた。
「お姉ちゃん!!」
そのとき、祐里がそう叫んだ。
私は、左手を残して完全に壊れた木とコンクリートの中に埋もれてしまった。
きっと祐里のいる場所からは、私の左手しか見えていないのだろう。
「大丈夫ですか!!」
私の耳に微かに聞こえた声は、聞き覚えのない声だった。
目の前の木を退かしたいのだが、両手が言うことを聞かない。
「あ、姉が、この中に…!!」
祐里の声がはっきりと聞こえた。
「分かりました。あなたはこちらに!!」
聞き覚えのない声もはっきりと聞こえた。
どうやら祐里は保護されたらしい。
よかった。
ありがとう。と心の中でそう呟いた。
「大丈夫ですか!!」
聞き覚えのない声がそう言い、私の左手近くの瓦礫を退かし始めた。
徐々に、私の左腕が雨に打たれ始める。
また私の目に、光が入ってきた。
さっきとは見えるものが違うが、それでも外の光。
「大丈夫ですか!!」
聞き覚えのない声は、救急隊員の声だった。
救急隊員は2人いた。
私は1人の救急隊員に助けられ、ようやくあの瓦礫の中から生還した。
「お姉ちゃん!」
祐里が私の方へ駆け寄り、抱きついてきた。
祐里は涙を流している。
あぁ、ごめんね。と心の中で呟く。
私の体からは、所々血が流れていた。
少しして、救急隊員が無線で呼んだヘリがきた。
「祐衣ーーーーーー!!祐里ーーーーーー!!」
ヘリの中から、私と祐里を呼ぶ声が聞こえた。
それは母の声だった。
遠目ではあるが、莢と竜也も見える。
莢が泣いている。
竜也が笑っている。
内心、とても嬉しかった。
私が生きていて、喜んでくれる人がいる。
なんて嬉しいことなのだろうと、思った。
ザァーーーーーーーーーー
空はずっと泣いている。
ずっと、ずっと、ずっと、ずっと――――――――
《風が強くてこれ以上近寄れません!!》
ヘリから無線で救急隊員の無線に声が入ってくる。
「一分でいい!!」
先輩と思われる一人の救急隊員が無線に向かってそう叫ぶ。
するとヘリはそれを了解したかのように、地上へ近づく。
「いいかい、君から連れて行くよ。」
後輩と思われるもう一人の救急隊員が祐里に向かってそう言った。
祐里は一度こちらをみて、救急隊員に頷いた。
ヘリからロープが下りてきて、救急隊員の一人が、それをつかむ。
「しっかりつかまっててね。」
後輩の救急隊員が祐里をしっかりと抱きかかえる。
祐里は私の方をずっとみていた。
「お姉ちゃん。」
衰弱しているせいか、祐里の声が弱々しかった。
その眼は弱々しかったが、しっかりと私をみていた。
「大丈夫だよ。」
私は祐里を安心させるように、微笑んだ。
祐里はそれに言葉を発さずに頷いて返す。
ロープを巻き付け、祐里を抱えた救急隊員が手を挙げる。
するとロープはヘリに向かって吸い込まれていった。
次第に祐里の姿が小さくなり、最後には、ヘリの中へと消えていった。
「次は君だよ。」
もう一人の救急隊員が私にそう言った。
なんと答えればいいかわからなかったから、私も頷いた。
刹那、強い風が吹いた。
強い強い風が吹いた。
そして、ヘリが墜落した。
私達の目の前に。
皆が乗っていた、ヘリが。
そして、燃えた。
涙を流した空。大声を上げて起こった炎。
その赤々とした炎は、私の目に、ずっとずっとずっと、映っていた。
救急隊員の人が隣で、無線に向かって何か叫んでいた。
何を叫んでいたかは覚えていない。
むしろ、聞こえていない。
私の全神経は、すべてこの炎に、この燃え上がる炎に、人々を、私の知っている人を全員呑みこんだ炎に向いていた。
「あ…あ……燃え…ちゃう…。皆が……燃えちゃう…………」
私の目は虚ろだった。
死んだ魚のように、目に光を燈していなかった。
「危ない!」
そういって、炎のほうへ近づく私を、救急隊員の人が、抑えた。
「やだ…ヤダ……。お母さん…祐里…莢…竜也…皆ぁ……。やだぁ……ヤダァ!!」
私の目から、一筋涙が流れた。
気がしっかりしていない。
私はどうしてもその炎の中に入っていきたかった。
死にたいわけじゃなかった。
ただ、その中に入っていかないと、全てのものを無くしてしまいそうで――――――。
救急隊員の人が、私を懸命に抑えていた。
私は、嫌だ嫌だと嘆いていた。
ただただ、全てのものを無くさない為に――――――――――――――――――――――――――――――――――
《11月○日午後8時頃、××から発生した地震により、△△地方に大きな影響を与えました。
また、□□市の山崗町は、町の全てが土砂と水に巻き込まれました。
町の住民45人は、1人の少女を残して全員死亡しました。
これは、この日上陸した嵐により、住民の乗っていたヘリコプターが3機全て墜落したからだということです。
これにより、町の住民だけでなく、3機のヘリコプターに乗っていた救急隊員9人も死亡しました。
この災害と事故から奇跡的に助かった少女は、山下祐衣さん。まだ13歳の少女です。
それでは、その祐衣さんの所にいる、小林アナウンサーより中継です。》
「はい。奇跡的に助かった祐衣さんの所に来ている小林です。それでは早速お話を聞きましょう。
祐衣さん、この度は大変だったねぇ。辛いかもしれないけど、話してくれるかな?」
その小林と呼ばれたアナウンサーが祐衣に向かってマイクを差し出した。
「…………大切なものを…私の全てを…失いました。」
祐衣は俯いて、その質問に答えた。
決して顔を上げずに。
そしてもう一度、静かに口を開く。
「……せ…の…何………?」
「え?」
祐衣の唐突な言葉が聞き取れず、アナウンサーは首をかしげた。
祐衣は顔をあげ、もう一度、はっきりと、その質問を口にする。
「大切なものは、何ですか?」
この度は、私、夜嵐水龍の作品を読んで頂き、誠にありがとうございました。
この作品は、ある震災の映画を親に無理やり連れて行かれたときに浮かんだ話です。
映画はもちろんハッピーエンドでしたが、この話はバッドエンドです。
主人公の祐衣以外は、町の住民全て死んでしまったという、なんともありえなさそうで無理やりなお話(笑)
では、いろいろとこの話の解説をさせていただきます。
題名ですが、これは主人公のことを言ったんじゃないです。
私的には、環境問題とかで、世界が壊れてるって思ってこの題名をつけたんですけど……でも、書き終えてから、主人公の世界が壊れたってのでも、いいかなぁと思いました。
と言うわけで、この判断は皆さんにお任せします。(おいおい)
祐衣と竜也は、お互い好きなんじゃないですよ?
まぁ、そう思いたい方は思ってくれてもかまわないんですが、作者の私としては、2人をそうさせたいわけではありませんでした。
書き終わって読んでみると、あら不思議!客観的に見れば、お互い好きなように見えるではありませんか。
ま、生ぬるい目で見てやってくださいな。
あ、最後に出てきたアナウンサーの性別ですが、お任せします。(またかよ)
もう最後は、どうにでもなっとけぇ!!という感じで書いたので、そこは皆さんにお任せします。(やる気ゼロだな)
わからないところがありましたら、本人直接質問してください。
その度その度、答えさせていただきます。
それでは、ありがとうございました。