文月さん2(仮名・男性作家さん)
この話は、私の高校時代からの話になります。
私は、自然科学部という部活に所属しておりました。
自然科学などと何となんでもありな名前でしょうか。
私に言わせれば、例えば陸上部という名前も看板も大概だと思うのですが、同じくらいかそれ以上に大概な名前だと思います。
もっともそのような話をし出すと、そもそも線引きをどこにするのかとでもいうような不毛な論議が始まりますので、まあ、この辺で留めておきましょう。
さて、自然科学部には男しかおりませんでした。そりゃそうでしょう。大概な名前で理系の文化系の部活なのですから。
女性が所属すること自体、裏でもあるのじゃないかと疑います。
しかし、私が二年に上がり、Tさんという女子が現れました。
得体のしれない部活に裏があるかもしれない女子が入部してきたのです。
何しろ男所帯の部活です。女性という存在は非常に大きいです。
部員は、概ね盛り上がりました。
その子は非常に気立ての良い子で、活発でとても明るい女子でした。
私は表面ズラだけは良いのですぐに仲良くなりました。
そして、そのときがやってきました。
彼女が何故か私のカバンを持って下校を待つようになったのです。
要するに人質のようなものです。
だからと言って告白する訳でもありません。
女性経験などなかった私には理解不能でした。
ですが、やるべきこと、いえ、やらされることにはすぐに思い至りました。要するに一緒に下校しないとカバンを返さないよという話であると。
表面上は人面の良い私は文句を言う訳でもなく、それに付き合いました。
変に抵抗するのは、失礼かもしれないと誰にともなく疑問を投げかけていたのです。本来自身に疑問を投げかける問題なのですが。ですので当然、答えなど出るはずもなく、私はそれに付き合いました。
流石に多少の抵抗はしましたが、彼女にとってはじゃれているようなものだったのかもしれません。
しかし、次第に私は重みを感じて行くようになっておりました。
一体いつまでこんな(私にとって)不毛な日々が続くのかと。
そうして、ある日転機が訪れたのです。
告白も何もない、しかし察することは可能ながら敢えて無視していた問題。
彼女の恋心です。
彼女が私の制服のポロシャツのポケットに紙切れを入れていたのです。
しかし、私はそれに気づかず洗濯機の中で回してしまい、私は後でそれに気づくのでした。
慌てて、丁寧に解して、なんとか文字を読んでみると、その日のある時間にどこどこで会いたいという旨が書かれておりました。
とうとう来たのかと私は暗鬱な気分になりましたが、一番の問題は指定の時刻をとっくに過ぎていたことです。
これは、無条件で私の非です。
私は、慌てて彼女の指定した場所に行きました。
すると、彼女は待っていたのです。
しかし彼女は、怒るでもなく一緒に行ってもらいたい場所があると言い出しました。
私は自分の非を恥じておりましたので、躊躇いもなく頷きました。
電車に乗り、ある駅で降りて、一緒に歩いているとそこはラブホテル街でした。
当然、私は居心地が大変悪くなり、同時に恐怖を感じました。
襲われる……。
しかし、それは杞憂でした。
彼女が向かっている先は、実は彼女の家だったのです。
彼女にホテル街の中を並んで歩かされ、辿り着いたのは古びた平屋の建物でした。とはいえ、決して貧しそうな家格でもなく、ただただ古風な家でした。
門をくぐり抜け、庭を横断した先に玄関があり、入口は木戸で閉じられておりましたが、中から読経が聞こえておりました。
なんだか不気味な雰囲気でした。間違っても明るい楽しそうな音には聞こえません。
彼女の家は、いわゆる新興宗教の教祖でした。
木戸を開けて中に招き入れられると、土間の横の障子に炎と多くの人の影が揺れておりました。読経はそこから聞こえておりました。聞こえるとかのレベルを超越しておりましたが。
思わず腰が引けて逃げだそうかと思いましたが、よりにもよって、その部屋にご案内されてしまいました。
護摩を焚いての熱心な読経でした。私の目には悪魔信仰の類の集団にしか見えませんでしたが。
やがて、邪悪な宴は終わったように感じられたのですが、問題はその後でした。
悪魔信仰の教祖が焚き終わった護摩の灰を袋に移し始めて、その作業が終わると邪悪な笑顔で私に、
「上半身裸になりなさい」
と言ってきました。私はその邪悪な雰囲気に呑まれてつい従ってしまい、そして、背中にその邪悪な熱い袋を乗せられました。
私が「あつつつつつ!」と叫ぶと、邪悪な教祖が言いました。
「男やろ、我慢せい!」
精神論でした。酷く邪悪な精神論でした。
やがてそのよくわからない邪悪な歓迎を受けた私の背中は赤くなり、軽い低温火傷といった感じでした。
私は、Tさんに言いました。
「そろそろ帰らないとご飯の時間だから」
そそくさと帰りました。
これ以上、この子に構うと引き返せない世界に入れられそうだと気持ちを引き締めました。
それでも結局、彼女は決定的なことを私に告げませんでした。
受け入れる気などもとよりありませんでしたが、断ることもできない状態でした。
しかし、それから何ヶ月かして、彼女が私にした告白は、
「文月くんとOくんのどちらにするか悩んでいるんだけど」
でした。
文月くんとは私のことで、Oくんとは私の親しい友達のことです。
私は悩まずに言いました。
「Oくんは良いやつだから、その方が楽しいよ」
と。
譲ったのです。
この苦しみをOくんに譲ったのです。
ああ、親愛なる我が友OくんよRIP(安らかに眠れ)とだけ言っておこう。これは私の心の中でのセリフです。
それから、月日が流れ、やがて彼らは結婚しました。
更にそれから年月が経ち、いつの間にか疎遠になっていた彼らと会う機会が訪れました。
気立ての良い女性が何より、その頃にはそのような考え方を持つようになっていた私でしたが、しかし、思いました。
――昔より化物度が増しているな。
と。眉毛がなくなっていて化粧もしていない彼女が酷く不気味で、私には何かOくんが酷く不憫に思えました。
最初の恋愛相手と結婚をするOくんに賛辞を送りつつ、更に月日が経ち、ある日、Tさんから電話がかかってきました。
その内容は酷く最悪で、Oくんには決して話せない内容でした。当然、私は自分の胸の中にしまいます。
――中身まで化物度が増しているな。
と。
その頃には、女性の怖さを充分に知っていると思っていた私でしたが、認識を改めました。
より悪い方向へと。
今となっては、良い思い出です。