6 感想戦
しばらく目の前が真っ暗だったが、そのまま待つと「GAME OVER」の文字が浮かんだ。
気づくと、タイトル画面に戻されており、そこの石畳に額をつけてうつ伏せで倒れていた。じわじわと、熱が広がるようにして身体の感覚が戻ってくる。
それと同時に、さっきまでの快感も蘇ってきた。それをハッキリと思い出そうとして涙がにじむ。悔しくて、つらくて、苦しくて、でもそれが気持ちよくてお腹がじんじんしてくる。
「残念! 最初のプレイは負けちゃったね!」
そんなわたしの上から、あの賑やかな妖精の声が降ってきた。
「プレイって、そんなダイレクトな表現やめて! それに、こういうのって勝ち負けというか、お互いが気持ちよくなれたかが大事であって……」
と言おうとして、そういう意味じゃないことに気づく。そうだ、これはゲームだった。全年齢対象のホラーゲームだ。
「あれ? これって全年齢対象だっけ?」
「んーん、いちおうR15でリリース予定だけど……。それがどうしたの?」
だったら、Z指定にしてもっと快感の作り込みを! と言おうとしたが、自重した。なんか今のわたしはテンションがおかしい。さっきまでエキサイティングしてたしその名残りだろうか。
「あ、そういえばさ、リッピー大丈夫だったの?」
登場してすぐわたしに銃で撃たれ、ナイフで斬りかかられ、殺人鬼にナタで切り裂かれるという可哀想な目にあっていた彼女だが、どうやら元気そうである。
「うん、大丈夫だったよー。基本無敵だし」
「無敵ってわりには綺麗にやられてたけど」
こう、キラキラーって感じで。
「ああ、あれね。戦闘中は生き返れないんだよ。敵を倒すか逃げるかすると復活できます」
「へぇー、そうなんだ」
「ついでに、私はこのゲームだと案内係、兼回復係ね。一回だけ体力全回復してあげられるよ。腕がなくなっても足がなくなっても生やせます。ちなみに条件を満たすことでその回数も増やせます」
想像以上に重要な役割で正直ビビる。
「え、マジで? それって魂とか取られないの?」
「なにその怖い発想!? 取らないよ!」
へぇー、あの悪魔の完全上位互換じゃん。あ、でもあいつは願いなんでも叶えてくれる感じなのかな? ゲイシーは変なワープみたいなのしてたし、あの能力は悪魔にもらったんだろうしね。
「なんだー、なら一旦逃げておくんだったなぁ」
「いや、でもめっちゃ善戦してたじゃん。初めてであれはスゴいよ。左腕の痛み我慢して頭に二、三発撃ててれば勝ってたよ」
あー、やっぱりあそこかー。でもさすがに無理だよあれは。めっちゃ痛かったし。
「女子高生でそんなんできる人いたら色々ヤバイよ」
「だよねー」
あはは、と二人で笑い合う。しかし、本当に楽しかった。プラス気持ちよかった。と、そこまで考えてとある違和感に気づく。
「……見てた?」
「え、なにを?」
リッピーがキョトンとする。
「だ、だから、その、戦闘シーン、というか……」
「ミテナイデスヨー」
棒読みで返してくれた。顔が紅くなっていくのがわかる。
「ちょっともー、なんで見るの!? 恥ずかしい!」
「イヤイヤ、ミテナイデスヨ」
「さすがに誤魔化す気なさすぎじゃない!?」
カクカクとロボットみたいな動きと口調で言うリッピーにツッコミを入れる。
「もう! 見てないって言ってるじゃん! 『あん、気持ちよすぎてどうにかなっちゃいそう! もっとして!』とかも聞いてないし、それで相手にキモがられてたのとかも見てないよ! 殺人鬼にキモがられるとかある意味すごいよね!」
「バッチリ見てる!?」
わたしは顔を両手に当てて、貝のようにうずくまる。そして石畳の上に寝そべり、うつ伏せで足をバタバタさせた。
「うぅー、もうお嫁にいけない……」
恥ずかしくて死んじゃいそう。さっき死んだばかりだけど。
「あー、でもこれゲームだし、ね?」
「それもそうか」
ドリームゲームエンジン、だっけ? それのせいでなんだかややこしい。
「あ、でも私が他のプレイヤーに『この間こんな恥ずかしいプレイヤーさんがいて、さながらその様はSMプレイだったよ。見てるこっちが恥ずかしい』って言っちゃうかも」
「言う気まんまん!?」
リッピーがケラケラと笑う。顔が熱い。そっぽを向いて手で顔をパタパタあおぐ。
「でも、こういうのもイヤじゃないんでしょ?」
フワリと宙を舞い、彼女がわたしの顔をのぞきこんでくる。
「い、イヤだよ……」
顔を反対に向け、彼女の視線からどうにか逃げる。
「こらこら、私の目を見ながら言いなさい」
再びフワリと彼女が目の前へとやってくる。
「くっ! これそういうゲームじゃないでしょ!?」
「それもそうだね」
そう言うと、彼女はヒラヒラと蝶のように羽を動かしながら離れていった。
「……なんで残念そうな顔してるの?」
「何でもない……」
リッピーがあごに指を当てつつ意地悪そうな笑顔で見てくる。ぐぬぬ、遊ばれてる……。いや、彼女の言う通りイヤではないんだけどね。
「はい、仕切り直し! ゲームの話をします!」
リッピーが突然そう言って、ペチリと小さな手を叩く。
「はい、先生!」
先生? とリッピーが疑問を浮かべつつ見てきたが、あまり気にしなかったようで先を話す。
「このゲームには今みたいに、敗北後こうやって私と話す機会が設けられております!」
「おおー!」
さすが案内係を自称するだけある。ストーリー面などの紹介や補完はここでするということなのだろうか。
「また、このゲームのボスはやたら強いです。本気で殺しにきます。なので、どうしても勝てない時にはここで私に聞きましょう! 『また負けちゃったよぅ……ぐぬぬ』って感じでストレスフルになって恐怖を楽しめないともったいないからね!」
ふーん、よく考えられてるなぁ。確かに、話の展開自体は怖いし良いんだけど、ボスに勝てなくて嫌になってやめちゃう、みたいな人もいるかもしれないか。その対策なのかもしれない。
「でも、基本聞かれないことには答えないので、自分で考えて勝ちたいって時も安心です」
「あれ? 何も聞いてないのに『私は回復役だよ!』みたいに言ってきたけど?」
「それは、ゲーム序盤で説明するはずだったんだけど、あっという間に殺されたからだよ」
ああ、そういうパターンもあるのか。確かに、あの展開はちょっと早すぎたしね。
「ちなみに、つみきちゃんは、アイツに勝てそう? ヒントとかいる?」
心配そうな顔で見てくるリッピー。確かに、普通の人間だとあんなことされたらトラウマものだからなぁ。一方的にやられてたところもあるし、心配になるのも無理はない。
だけど、何も問題はなかった。
「大丈夫、多分次は勝てる」
「マジで?」
リッピーがなんとも言えない表情で聞いてくる。疑いというか、喜びというか、悲しみというか、なんとも言えない顔だ。信じられないということなのだろう。
「いや、今リッピーがいろいろ教えてくれたし大丈夫」
コイツはどちらかというと運営側の考えをもってそうだし、簡単にクリアされるのは面白くないのだろう。わたしが自信満々なのが気に食わないようでつまんなそうな顔をしている。
「はい、じゃあヒントはなしね。次はシステム的なお話をします!」
半ば無理やり彼女は話を変えてしまった。いちおう「リッピーのおかげで!」みたいに言ったんだけど、もう少し苦戦してる感じだした方が良かったかなぁ。
「このゲームにはなんと! 戦闘録画機能があります! ホラーゲームでせっかく怖い思いをしたんだから、その思い出をとっておきたい! そんなユーザーの意見にお応えして、『クローン・モノクロー厶』より実装しました! ちなみに、『ロマネスコ』にはまだないんだよ! 各々の恐怖体験を共有しようって側面もあるから、今後はシェアできるようにもする予定!」
「え、録画? しかもシェア!?」
ホラーゲームでその発想はなかった。確かに、面白い試みかもしれない。
「そうだよー。つみきちゃんの恥ずかしいところもいっぱい見てもらえるんだよ?」
「は、はぁーっ!? 共有とかしないし……」
「でも興味はあるんじゃない?」
「あーもーうるさいっ!」
リッピーの言葉に、わたしは思わず顔を伏せた。
「はいはい、つみきちゃんは正直でよろしい。すぐ顔にでちゃうねー」
そうだよ! そういうの興味あるよ! くそぅ、遊ばれまくってる……。
「あ、そういえば。先生、質問があります!」
「はい、先生じゃないけどなんでしょう」
「録画ってどうやってするんですか?」
そこが重要だ。戦闘入る前にいちいちステータスいじるとかだと面倒だし。
「ああ、基本自動録画だよ」
わたしの中に衝撃が走る。だったら、だったら……。
「さっきの戦闘も……?」
「もち、バッチリ録れてるよ!」
わたしは無言でガッツポーズをし、座りながらちょっとだけ飛び跳ねる。
「わかりやすー。嘘つけない人って言われるでしょ?」
「いや、普段はこういうことないというか……そんなことよりどうやって見るの!?」
我ながら、みっともないくらいに気持ちが急いでしまう。あれだけの体験なのだ。もう二度と味わえないと思っていたことをもう一度追体験できるのである。冷静でなんていられない。
しかも、ディリアルの「ムービー」というのは、それこそその場にいるようなイメージで体験できるようになっていると聞いたことがある。主人公視点なども選べるし、感覚とかも味わえるハズだ。これはもう早速見るしかない。
「えっと、タイトル画面にムービーの項目が追加されてるからそこか、あとディリアル本体の『ムービー』からでも行けるよ」
リッピーが頭の中を探るようにして斜め上を見上げながら言う。
「オーケーありがと。わたしはもう大丈夫。一人でも生きていける」
「何言ってるの!?」
「いや、もう大丈夫だから。うん」
とにかくこれでもう寂しい夜を過ごすことはなさそうだ。
「あ、モニターなんだからちゃんとまた来てよね! 約束だから!」
走り出したわたしの背中を彼女の声が追いかける。
「わかってるわかってる! ちなみに今回は大満足だよー!」
「知ってるー!」
リッピーとそんなやり取りをしつつわたしはどこかへと走る。多分走る必要はないのだが、お目当てのムービーを目指して駆け抜ける。
ちなみに、このあと滅茶苦茶……ごめん恥ずかしい何でもない。