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7 記憶に溺れる

 わたしを襲ったのは、初見殺しの必殺技だった。


 残酷な光が辺りを埋め尽くし、直撃した白がすべてのものを黒へと侵食していく。

 雷の餌食となったのだろう、机か何かが焦げる臭いがした。


 その惨状の中で、わたしはうずくまることすらもできない。

 耳がおかしい。雷光によって目もまともに機能しなくなっている。おまけに、全身の筋肉も恐怖と驚愕で固まってしまっていた。


――あら、避けられたのですね。


 女神の声を聞いた感じだと、どうやら微笑んでいるようだった。化物め。


 改めてだけど、このゲームは難易度設定がおかしい。

 避けてもこの有様なのだから、当たれば死んでもおかしくない。

 即死はないと信じたいけど、もしそうならどうやって攻略すれば良いんだよこんなの。


 しかし、一度戦闘が始まった以上、やはり勝たないといけない。ルゥの人生がかかっているのだから。

 それにゲイシーもいる。あの人を連れ帰る手段を探すところまで来たのだから、ここで死ねるわけがない。


 頭の中で、わたしの考えとドリームゲームエンジンのバイアスとが混ざっているのがわかる。

 けど、もし作り物だとしてもどちらも本心だ。


 ルゥのため、ゲイシーのため、ここで負けるわけにはいかない。


 それに気になることがある。

 戦闘開始前、崩壊した教会の内部が女神の力によって魔法のように再生した。


 だから、ひょっとしたら彼女を味方にできれば、ないし女神の力を手に入れられれば、ルゥの記憶を戻せるかもしれない。


 希望は目の前にある。気合を入れなければ。


 わたしはギチギチに固まった体を無理やり動かす。

 腕を回そうとしたら指先が細かく震えた。そんなもの武者震いだと言い聞かせて流す。


 頭を振り、体を解すようにピョンピョンとジャンプし、何度か深呼吸。

 肺が空気を拒むが、それでも無理やり酸素を噛む。


 痛みに耐えるのは慣れっこなんだ。

 筋肉がきしむのがなんだ。内臓が震えるのがどうした。心が怯えるのなんて知らない。


 知ったことじゃないんだよそんなの。


 ブルブルと定まらない腕へ限界以上に力を入れて、強引にハンドガンを構え直す。

 体がみちりと音を立てた気がしたが、聞かなかったことにする。

 光の筋がまだ焼き付く瞳で、女神の頭へと狙いを定めた。


――罪の重さに苦しんでいるのに、なぜ避けるのです?


 何故も何もないだろこんなの。


「まだ死にたくないんですよ。妹を助けないといけないですから」


 言うと、女神はクスクスと笑った。


――助ける、ですか。随分面白いことをおっしゃいますね。あなたがその手で妹さんを傷つけたのに。


 心の奥に邪悪な感情が芽生える。

 この女神、良い性格をしてるな。


「だからこそですよ。わたしは、自分自身の手で罪を償いたいんです」


 すると、女神は可哀想な人を見る目でわたしを見やった。


――あなたはご自身が何をしようとしているのか気づいていないのですね。このままでは、あなたはいずれ妹さんの息の根を止めるでしょう。


 言われてゾッとした。何なんだこの女神。

 何が言いたいんだ?


――あなたは、ご自身がそもそもなんで"あんなこと"をしたのかわかっておりません。その上、気付こうともしていないのです。いえ、むしろ目を逸らそうとしている。


 頭の中で、血管がブチ切れる音がした。


「適当なこと言わないでください! わたしはちゃんとルゥのことで反省してます! なんであんなことをしてしまったかも、わかってるつもりです。自分が快楽に溺れたのも自覚してます。だから、もうルゥを巻き込もうだなんて思いません。わたしのことを勝手に決めつけないでください!」


 一息に言い切る。


 気付こうとしていないだと? わたしがどれだけ今回の件で反省したと思ってるんだ?

 自責の念にかられたからこそ、今もこのゲームを続けているというのに、なんでそんなことを言うんだ?


――お黙りなさい。哀れな罪人よ。


 しかし、なお女神は優しい口調で続けた。


――あなたは見落としています。そもそも何故、妹さんをこの場所へと連れてきてしまったのか? 何故、妹さんを救うことに真面目になりきれていないのか? 何故、妹さんをズタボロにしてしまったというのに平気でいられているのか? 考えて御覧なさい。普通であれば正気でいられません。友だちと遊んでなんていられないでしょう。何故今もご自身が正常なのかに気づけたとき、真の安寧がもたらされます。


 ×××××。×××××。

 くそ、やっぱり×××××できない。これも戦闘なのか。精神攻撃とか卑怯だぞ。

 イライラする。なんでこんなにもイライラするのだろう。


――私を睨んでも仕方ありません。本当に妹さんを大切に思うのでしたら、真に憎むべきは自分自身です。最初は、些細な過ちだったのでしょう。それが次第に運命を大きく歪ませ、現状が導かれてしまったのでしょうね。であるなら、ご自身ともっと向き合わなくては。


 慈愛に満ちた柔らかな声が、わたしを追い詰める。

 やめてくれ。わたしが何したってんだよ。ルゥと遊んでただけだろ。


『ねえ、おねぇ。もっとして?』


 不意にルゥの声が頭の中にこだました。

 なんだこの記憶は。わたしはルゥに何をしたんだ?

 ルゥと何をして遊んでたんだ?

 首が締め付けられるように、息が苦しい。

 今にも窒息してしまいそうだ。

 手のひらに、嫌な感触が蘇りだす。


――ご自身の罪に、気づき始めたようですね。


 黙れ。

 お願いだから、黙ってくれ。

 押し寄せる思い出で溺れてしまいそうなんだ。

 ルゥと遊んでただけなのに、それが罪だなんて言われても困る。


 わたしは。


 わたしはただ「ルゥを気持ち良くしたかった」だけなんだ。

 知らなかったんだ。イケナイことだなんて、知らなかったんだよ。


――もうじき、真理へと辿り着くでしょう。思い出しなさい。そして過去へ、己の罪へ触れるのです。


 女神はそう言って、静かに目を瞑る。

 その瞬間だった。


 女神の背後に、光の津波が現れた。

 教会の中を舐め回すような、大きな大きな奔流。 


 説明がなくてもわかる。

 これは"記憶の波"だ。


 そして間もなく。

 ドプン、と。

 わたしはその波へとあっけなく飲まれた。


 ぬるい何かに体をぶん回されて、上も下もわからなくなる。

 しかし、それでも沈んでいっているのがわかった。


 光の流れは紅葉するように橙色に染まりだす。

 間もなく夕暮れのように紫が混じりだし、墨が広がるようにして黒を濃くしていく。


 手を伸ばしても、どれだけ腕をかいても意味がない。


 鬱々と。

 現実が頭上へ消えていく。


 キラキラと光る水面は、遥か遠くへ。

 わたしの意識は、暗い暗い思い出へと墜ちていった。

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