6 罪の重さ
わけがわからない。
突然ちーちゃんが消えたかと思えば、次の瞬間には女神を殺していた。
そして、その女神が明らかに臨戦態勢で再臨してしまったのだ。
勘弁して欲しい。
こちらは実質、ゲイシーとの連戦状態なのだ。装備が整っていない。
リッピーが持つ「一度だけ全回復」の力も、妹のルゥに使ってしまっている。
もう一度使うには、何らかの方法でリッピーの力を取り戻さないといけない。
それと、前から薄々感づいていたが、戦闘に入ると×××××ができない。あれ? 思うこともできないのか。
じゃあ言葉を変えるけど、戦闘に入ると現実世界に逃げる手段が塞がれてしまう。つまり、逃げられない。
おまけに、ちーちゃんはさっきからあの様子だ。錯乱しているのかはわからないが、正常な精神状態には思えない。まともな協力プレイは、おそらく無理だ。
こんな状態で、倒せるのか?
いや、そんなことを考えるよりも前に。
わたしにはやることがある。
戦闘が本格化する前に、絶対にやらなければならないことがあるのだ。
「ちーちゃんっ!」
わたしは怒鳴るように叫んだ。
「ひぃ、わ、私は悪くないわよ。こっちの方が絶対良いんだもの……」
何か言い訳しているみたいだけど、今はどうでも良い。
「ゲイシーを教会の他の部屋に連れて行って!」
キョトンとした顔をされた。
それはそうかもしれない。だって、この場でゲイシーを気遣う余裕はないし、そもそも普通は気遣うべき人でもない。
悪魔に魅入られた大殺人鬼なのだから。
だけど、それでもわたしの愛する存在であり、かけがえのない人なんだ。
こんなどうしようもないわたしを追い詰めてくれて、アレだけの絶頂に導いてくれたのだから、見捨てるなんてできない。
戦いの巻き添えにしてしまう前に、安全な場所に移さなければいけないのだ。
ただ、教会の外には逃がせない。
教会という聖域から抜け出せば、ゲイシーに取り憑いている悪魔が力を取り戻すからだ。
そうなれば、手錠をしていようと両手両足潰していようと関係ない。ゲイシーは悪魔の力で全回復して、再びわたしたちの脅威へと返り咲く。
だからこその「教会の別の部屋」である。おそらく、この教会全体が聖域だ。悪魔の力を無効にするこの領域内であれば、ゲイシーを無力化し続けられる。
それで、ちーちゃんがタイトル画面で披露してくれたワープの力を頼りたいのだ。
「ちーちゃんだったら、ワープでゲイシー連れていけるでしょ? 早く、攻撃される前に!」
話している間、女神は何事かを呟きつつ佇んでいた。
静かに力を溜めるように、杖へと手をかざしている。杖から漏れ出す電撃は、1秒毎にその光を大きくしていくようだった。マズい、おそらく時間がない。
「わ、わかったわ。やってみる」
言い終わると同時に、ちーちゃんは黒い煙になって消えた。
間もなく私の側に現れ、ゲイシーを抱きかかえるようにし、瞬きするうちに二人共煙になってしまった。
仄かに、心の中で火の粉がうずく。わたしだってそんな密着したことないのに。
いや、もっとスゴイことしてるけど、それでも嫉妬の心は止められない。
火の粉は火へ。そして炎となり、業火となってわたしの胸を焦がした。
それもこれも全部この女神のせいだ。
どす黒く燃え盛る感情を抱えたまま、わたしは稲光を携えるその女へと向き直る。
――二人、逃げられてしまったようですね。罪を抱えたまま逃げるだなんて……。
相変わらず頭の中に直接語りかけてくる。
何やら残念そうに女神は呟いた。
「なんですか、罪を抱えたままならなんだって言うんですか」
イライラしながら問いかける。
――罪とは己の身を押しつぶす重しです。いずれは二人共、己の罪の重さに苦しむときが訪れるでしょう。
「でも、人間にはそれを跳ね除けるだけの力があります」
決めつけるような言葉に対して、人間であるわたしは言い返す。
女神は静かに微笑んだ。
――それは罪の重さに気づかぬ者の言葉。誰かに許して貰えてこそ、その者の罪は重さをなくすのです。だからこそ、私が許さなくては。
少しおいて、女神は続ける。
――あなたもいずれ気づきますよ。『ちーちゃん』と呼ばれていた者の罪は特に重いはずですから。
女神を殺したからか? なら、確かに重そうだ。
ここで、わたしはふと気づく。
「わたしたち、戦う意味なくないですか? だってわたし悪いことしてないですし」
そう、やらかしたのはちーちゃんだ。
こういうと責任転嫁みたいに聞こえるかもしれないが私は悪くない、と思う。
――戦う? 何を言っているのです。私は『許す』と言ったのですよ。
確かにそうだ。オーラとか武器の準備具合で判断していたけど、言われてみればずっと「許す」と言っている。
敵だ敵だと思い込んでいたが、ひょっとすると良い人なのかも知れない。
女神という話だし、ルゥの記憶を取り戻す術を知っている可能性もある。
「えっと、それじゃあ、お話をしたいなって思うんですけど――」
――いいえ、その前にあなたはご自身の罪を数えねばなりません。自分が妹にしたことを覚えていますか?
心臓が跳ねた。一番痛いところを突いてくる。
――全て見ておりましたよ。実の妹を自身の快楽のために犠牲にした罪は、さぞ重いことでしょう。
ニッコリと微笑まれた。
冷や汗が滲む。
そうだよ、やっぱり敵だよ。
だって×××××できないもん。
というか見られてたのかよ。恥ずかしい。結構ガチで恥ずかしいんだけど。
カッと熱くなった顔を抑えるように、両手が勝手に頬へと動く。
――さあ、あなたの罪を許しましょう。
女神が杖を振り上げる。
瞬間、彼女を中心に電撃が教会の床へと広がっていく。
その電撃は、六角形を無数に敷き詰めた模様を描きながら、わたしのもとへと迫ってきた。
上と見せかけて地面か。初見殺しかよ。
でも、この速度なら避けれそうだ。
雷撃が描く六角形の真ん中へ目掛けてジャンプする。そして、女神にハンドガンを向けた。
技の後の硬直か、女神は杖を掲げた姿勢から動かない。チャンスだ。そう思った。
しかし、わたしは引き金を引こうとして――引けなかった。
――「裁きの雷」
女神の囁きと共に、轟音がわたしの耳をつんざく。
たちまち教会の中は電気で埋め尽くされ、眩しさで何も見えなくなった。