5 「女神」アウラ・パルディナ
――さあ、受け取りなさい。あなたの愛に相応しい「力」を授けましょう。
殺伐とした教会を塗り替える、鮮烈なる奇跡の存在。
無数の光を抱えて、彼女は舞い降りた。
「女神……?」
その存在が、私の問に答えることはない。
ただ立ったまま、像のように硬直している。
「……あ、今のムービーか」
遅まきながら気づいた。
これってひょっとして、ゲイシー撃破のご褒美イベント?
もしそうなら、アイテム入手条件がゲイシーを倒した後「愛」を捧げるって、難易度高すぎない?
これで「癒やしを授けましょう」とか言って、ただの回復アイテムとかだったらクレームだよ?
「きゃっほーい! やったね、つみきちゃん! レアイベきたぁぁあああっ!」
耳元で近くで大声を出されたので、反射的に身体がビクンと縮こまる。
本人狙ってないんだろうけど、タイトル画面でのリベンジを果たされてしまった。というか、いたのねリッピー。
見ると、小さな妖精がガッツポーズを振り回し、全身で喜びを表している。
「さあ早く受け取ろう。いざ受け取ろう。やれ受け取ろう!」
リッピーが急かしに急かす。
だがしかし、ちょっと待ってほしい。
こっそりとリッピーに耳打ちする。
「これ、受け取らないで教会の外出たらどうなるの?」
生ゴミでも見るような目で見られた。
いや、そんな目で見ないでよ。だってやってみたくない?
「はい」と答えないと進まない選択肢は、一度「いいえ」を選びたくなる。
時間に余裕があれば、どこかで詰まるまでサイドストーリーを進めたくなってしまう。
これは当たり前のことだと思うんだ。
どんな気持ちで待ってるのかなーとか、そういうこと考えるとニヤニヤしてしまう。
「別に、あの女神さまは普通に待っててくれると思うけど」
唇を尖らせつつ、リッピーが答えた。
うーん、実際に試してみたいなぁ。けど、そんなことしたら怒られそうだ。
そうそう、あとこれも試してみたいんだよね。
二人の目を盗むようにして、バレないようにハンドガンを構える。
片目を瞑り、じっと女神へ狙いを合わせ、息を止めた。
……いや、やめておこう。
こんなことしたらいよいよリッピーにお説教されてしまう。
「それなら」
突然、ちーちゃんが声をかけてきた。
目の前で煙のように消える。
この時、まるでスローモーションのように世界が見えた。
消えたちーちゃんを探すと、いつの間にか女神の後ろに立っていた。
ナタを振り上げて。
躊躇なく振り下ろす。
金髪の美女が、悲痛な表情を浮かべた。
痛みを避けるように体をよじり、バランスを崩して倒れていく。
綺麗なびかせて、ゆっくりと教会の床に沈んでいった。
――どうして……。
頭の中で、再び女神の声が響く。
多分、わたしが試したそうだったからだろう。
おそらく、この女神はアイテムをくれるだけのキャラだ。そのキャラを攻撃したらどうなるか? というところを代わりに試してくれたのだと思う。
ただのNPCだ。殺してしまっても、おそらくすぐに復活する。
わたしが最初、リッピーに向けて弾丸を放った時と同じだ。
きっと、そうなんだよね?
だから攻撃したんだよね?
でも……。
でも、それなら。
ちーちゃんは、なんでそんなに泣きそうな顔をしてるの?
胸騒ぎがやまない。
冷や汗が全身から吹き出す。
女神の体は、水の中を漂うように、静かに床へと崩れ落ち、間もなく光の粒子へと変わりだす。
そのキラキラとした粒子を見ていると、何故だか鳥肌が止まらなくなった。
恐怖が血液に注ぎ込まれたようで、体がこわばり息ができなくなる。
「ちーちゃんっ!」
わたしは叫んだ。
自分が怒っているのか、焦っているのかよくわからない。
とにかく説明が欲しかった。
そんな怯えた顔をしてないで、早く話をして欲しかった。
「こ、こっちの方が、良いアイテムが手に入るのよっ!」
二人の間に距離があるためか、ちーちゃんも同じく叫ぶ。
こちらに戻ってくれば良いのに、彼女はその場から動こうとしない。
しばしの間、沈黙が流れる。
天使でも通ったように、教会は静かになった。
静寂が耳に痛い。
「あ、れ……?」
気づけば、BGMが全くしなくなっていた。
外のカラスも、風の音も、木々のざわめきも、何も聞こえない。
おかしい。
何かが、おかしい。
「変だよ、ちーちゃ――」
言いかけたその時、天空から響くように、女性たちの声が聞こえてきた。
おそらく、これは賛美歌だ。
ますますわけがわからない。
だが、一つだけわかる。
これは、異常事態だ。
「ちーちゃんっ! 逃げよう!」
咄嗟に、ゲイシーのもとへと駆け寄る。
「勝手でごめんなさい、一緒に逃げましょう」
話しかけるが、しかしゲイシーは何も言わない。
驚いたような目をするばかりだ。
「ゲイシー……さん……?」
その目は、わたしのことを見ていなかった。
遥か後ろを呆然と眺めている。
「……か……神よ…………」
絶望してる?
どうして?
その疑問を探るように、ゲイシーの視線を追う。
すると、そこにはステンドグラスがあった。不思議な力によってもとの姿を取り戻した、あのステンドグラスである。
よく見れば、描かれているのは先程の女神だ。
その絵をバックに、光るものが見えた。
絹のような金髪は、水面をたゆたうように揺れる。
その身にまとう服は、重力がないかのようにゆるくはためく。
手に握られたロッドは、力を誇示するかのように放電を繰り返していた。
安らかに閉じられていた目が、今ゆっくりと開かれる。
――我が名は、アウラ・パルディナ。あなたたちの罪を許す者です。
こうして「女神」アウラ・パルディナは、敵としてわたしたちの前に再臨した。