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1 逆エビ固め

「何スヤスヤ寝てんだよ、お前は自分がパズルに何したかわかってんのか!」


 起きて早々、わたしはお母さんに組伏されながら怒られている。


 何をやったかと聞かれてしまうと、ぐうの音も出ない。

 ちなみに、パズルとはわたしの妹の名前だ。

「ルゥ」と呼んでいつも可愛がっていたのだが、わたしは彼女を壊してしまった。


「クローン・モノクローム」というアプリコット社が開発中のVRゲームに彼女を誘い、その結果、わたしたちの日常は崩れ去った。妹は記憶の退行を起こし、体は中学生、中身は小学生という状態になってしまったのである。


 全てはわたしが悪い。ゲームの中で「殺人鬼」エドワード・ゲイシーに勝つため、可愛い妹を犠牲にした。

「VR」という体感型ゲームの中で、それがルゥの精神にどれだけ負担をかけるのかちゃんと考えられていなかったのだから、どんなに責められても何も言えない。ただ、でも……。


「でも、寝てるところをパワーボムはないんじゃないでしょうか」


 ツッコまずにいられなかったので、呟くように言う。

 すぐにギロリと睨まれた。


「まずは『ごめんなさい』だろうがっ!」

「ひぃっ!」


 わたしの返答も待たずに、お母さんはわたしの足を引っ張って体を裏返し、そのまま両足を脇に抱えるようにして腰を落とす。


 逆エビ固めだ。


「うううぅうぅうっ! ごめんなさい! 謝ります! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいっ!」


 プロの技が綺麗に入り、わたしは何かを求めるように手をバタバタさせることしかできない。


 そう、プロの技。


 わたしのお母さんは、何を隠そう女子プロレスラーなのだ。そこまで興味がないのでいったいどんな活躍をしているのかあまり知らないが、結構有名人らしい。

 たまに、真っ白なところへ鮮やかなラインを入れたメイクのお母さんをテレビで見るが、なかなかの迫力だ。だいたい、すぐチャンネル変えられちゃうんだけどね。


 話は少し逸れたけど、そんな母親なわけなので、わたしが何かをやらかすとこうやって技をかけてくる。


 なお、お父さんの目を気にしているらしく、やらかした当日は何もされないことが多い。こうやって、寝起きのタイミングで投げられて極め技に持ち込まれるコトはよくある話だ。それで慣れちゃって余裕なら良いんだけど、なかなかどうしてこれが未だに痛い。というか苦しい。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいぃいぃいい! 謝ってるじゃんんんぅぅう! 放して無理無理無理苦しぃいぃいっ!」

「大丈夫、手加減してるから」

「そういう問題じゃないいぃっ!」


 逆エビ固めといえば有名なプロレス技だ。相手の背中に跨がって、両足を脇に抱えて座るように極めるこの技は、足や背中へのダメージよりも胸部を圧迫されるつらさの方が大きい。叫びまくってしまっているので、酸欠状態にどんどん近づいていく。正直しんどい。


「つみき、そのままで聞いて欲しい」

「え?」


 なんでこのままで語りたいと思っちゃったのこの人? プロレスラーってそういう人種なの? リングの上でしか語れない生き物なの?


「あんま上手く言えるかわかんねぇんだけどさ」

「いや、ちょっと技解いて欲しいん――」


 まで言ったら体重かけられたので黙ることにした。筋肉と脂肪でお母さんすっごく重いからね。太ってる訳じゃないけど、がっしり体型で身長170とかあるし。

 仕方なく、為すがままにされることにした。


「やられたままになってんじゃねぇぞ」


 わたしの困惑をよそに、お母さんが話しだす。


「あ、うん」


 今の状況のことじゃないよね?

 例のルゥのことだよね?

 いや、やられっぱなしになんてなるつもりないけど。というか、何なんだこれ?


「えっとお母さん……?」


 問いかけたが、しかし返事はない。

 車に轢かれたヒキガエルみたいにベッドへと突っ伏したまま、わたしは手持ち無沙汰になる。

 しばらく待つと、お母さんが再び口を開いた。


「気に食わないヤツがいるならな、ぶん殴りゃあ良いんだよ! やられたらやり返す。ごちゃごちゃ考えないで、とっとと動け!」

「あ、はい」


 どう返したものか。

 例のゲームを作った運営の人は気に食わないから殴りたいけど、殴ってもルゥは戻らないし、ここは冷静になるべきじゃないだろうか。

 やられたらやり返すのもわかるけど、やり返そうにも向こうは会社だし、殴るって言ったって、どこ殴れば良いのか。

 そして、動きたくても組み伏されてて動けない、と。

 実際「あ、はい」としか言えない。


「えっと、もう良いですか?」


 親に対して失礼とは知りながらも、思わず聞いてしまった。

 だって全然意味わからないし。

 すると、お母さんはぷるぷる震えだした。


「だあぁああぁああっ!」


 突然叫び、わたしの足を乱暴に投げ出すとベッドから飛び降りて床へとしゃがみ込む。なんか不良みたいな格好だ。


「はぁー、やっぱ私はこういうの向いてないんだな、うん。痛感したわ」

「うん? うん」


 一人で落ち込みだしたお母さんに対して、上手く反応できずにただただ戸惑う。


「あ、でも勘違いするなよ? 私マイクパフォーマンスなら大得意だからな。会場ばっこんばっこん盛り上がるし、マジヤバイから」

「いや、言い訳しなくて良いよ。勘違いとかしてないし。で、さっきのは何だったの?」


 一人で落ち込んだり恥ずかしがったりしているお母さんをなだめつつ、質問を投げかける。


「アレだよアレ。なんか病院でさ、話してたじゃん? お父さんと」

「ああね」


 確かにわたしはお父さんと病院で話した。自分がやったことの責任を再認識できて、それでいて心から励まされる感じの、スゴく良い話をされた。


「実はアレ私もちょっと聞こえててさ」


 マジか。いや、あの時お母さんはルゥと遊んでたけど、まあ聞こえなくはないか。耳良いなお母さん。


「それで『やっぱあの人スゲえかっこいいな!』って思ってさ」

「はいはい」


 だんだん話が読めてきた。


「私もお父さんみたいにかっこよく語りたい! って思ったわけよ」

「あ、うん」


 事情はわかったけど、全然真似できてなかったですよ? 言わないけどさ。


「えっと、気持ちは伝わった気がするよ。ありがと」

「ホントにか!? いやぁ、やってみるもんだな。やっぱ勢いだよな! ガーってやって、ウォーって言ってやりゃあだいたい伝わんだよ! 心だ心!」


 急に元気になったお母さんは、跳ねるみたいにベッドを降りてわたしの方へと振り返り、自分の胸をドンドンと叩いた。


 正直、なんとなくしか言いたいことはわからなかったけど、でも何だか元気になれた。そして、お父さんがお母さんを好きになった理由がちょっとだけわかった気がした。

 こんなに一生懸命何かに向き合える人なら、自分よりガタイが良くても、ちょっと抜けてるところがあっても、ガサツでも、何だかんだで好きになってしまいそうだ。


「お父さんとお母さんって、どっちから告白して付き合いだしたの?」


 思わず聞いてみる。将棋九段と女子プロレスラーの恋だ。どんなものだったのか気になる。


「何馬鹿なこと聞いてんだよ。起きたんならさっさと学校行く支度しろ、ご飯できてるから」


 少し恥ずかしそうに吐き捨てて、お母さんは部屋のドアへと歩いていく。

 その去り際、何か思い出したのか、くるりとこちらを振り向き口を開いた。


「そうそう、私が本当に言いたかったことはだ」


 ドアノブに手をかけつつ、お母さんが声を張る。


「ゲームで戦うのも良いかもしんねぇけど、ガチのケンカも悪くねぇってこった。じゃあな!」


 それだけ叫ぶと、お母さんは嵐のように去っていった。


「ふー……」


 結局何だったんだって感じだけど、きっとあんなのことをわたしがやらかしたから親らしいところを見せたかったんだろう。何だか空回りしてたみたいだけどね。


「でも、ガチのケンカか」


 最後のはちょっとカッコ良かったよ、お母さん。

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