2 タイトル画面
無料を謳う怪しい広告にあっさりと引っかかり、私は某ゲームのモニターとなろうとしていた。広告パネルに触れると、「ロマネスコ」の時と同じように、私のいる世界が一瞬にして変わる。
しかし、あの時とは違い雰囲気は極めて落ち着いていた。レンガが敷き詰められた道に古びた町並みというのは確かに怖い感じではあるが、人が悲鳴を上げることもなく、化物がやってくることもない。ただ、遠くに見える塔だけが不気味だった。
「あれ? このパネルは何だ?」
気づけば目の前に何やら長い文章が表示されていた。一番上に「契約内容」と書いてある。そういえば、「モニター」と書いてあったから、普通にゲームという感じではないのかもしれない。とりあえず、ざっと目を通してみる。
そして、全体を流し読みし「こちらの製品をご利用頂く上で、弊社がユーザーに対してご利用料金を請求することは一切ございません」という一文を見つけたのでそれ以外は読まなかった。
一番下までスクロールして「規約に同意してゲームを始める」を触る。すると、今まで静かだったのが嘘のようにざわざわと世界が動き出した。
カラスの鳴き声が響き、どこかでキーキーという金属音がする。ガサガサという葉のこすれる音がして、わたしの顔を生ぬるい風が撫でた。鉄臭さが鼻をつく。
街の中心には見上げるほどの塔がそびえ、その下には白黒のような家々が並ぶ。外国みたいに、どの家もちょっと大きくて日本とは違うみたいだった。どうやら、この街を探索するゲームらしい。
「でも、モニターって言っても何すればいいのかな」
「はいはーい! その質問には私がお答えしましょう!」
独り言のつもりだったが、わたしの言葉に誰かが答えた。びっくりしてあたりを見渡してみる。でも、誰もいない。
「誰? どこにいるの? まさか、直接脳内に……」
「違うよ! ここ、ここ!」
色のない街に黄緑色の線が走る。その線はわたしに巻き付くかのようにして飛び回り、目の前のところで止まった。
「じゃーん! 私でした!」
「誰? っていうか妖精? あれ、これ現実だよね?」
黄色い体の羽の生えた小人みたいなのが、緑色の光を出しながらふわふわと浮いていた。わたしは試しにほっぺたをつねってみたが、普通に痛い。やっぱり夢ではないようだ。
「あれ、こんなことって……」
「あはは、さっそく『ドリームゲームエンジン』を楽しんでるみたいね! 混乱してるみたいだけど、これはゲームだよ!」
目の前の妖精が不思議なことを言う。これがゲーム? こんなにちゃんと感覚があるのに? 到底信じられる話ではなかった。わたしが怪訝な顔で妖精を見ていると、彼女は不思議そうに私を見返してくる。
「あら? 『ドリームゲームエンジン』ハマりすぎ? なら、ちょっと弱くするよー」
そう言って、妖精はしばらく動きを止めた。すると、なんだかさっきまでの自分の考えに違和感が出てきた。あれ? ゲームのことを現実だと勘違いしていたみたいだ。確かにリアルだけど、そんな勘違いをするほどではない。
「そろそろ大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫。……けど、さっきのは何なの? 『ドリームゲームエンジン』って?」
事情を知ってそうな目の前の妖精に疑問をぶつけてみる。このままだとゲームどころではない。
「もー、まだ混乱してるの? 契約内容にも書いてあったでしょ? アプリコット社が独自に開発した新技術『ドリームゲームエンジン』。ゲームをまるで現実かのように錯覚させて、よりリアルに感じさせるものだよ。夢を見てる時って、それが夢だとわからないでしょ? 変なことが起きても、視界が明らかにぼやけてても現実だと思っちゃう。その時の脳の働きを人為的に再現して、ゲームに応用したのがこれなんだ。まあ、まだ開発段階らしいけどねー」
そう言って、妖精はやれやれといった感じに肩をすくめてみせた。
「契約内容なんて読むわけないでしょ!」
という言葉が一瞬でかかったが引っ込めた。言えば無料でゲームができるという話自体がなくなってしまいそうだったからだ。それに、この妖精はちょっと契約内容を覚えてないふりをすれば解説してくれるみたいだし、多分大丈夫だろう。
「そういえば、これってアプリコット社のゲームなの?」
「そうだよー! 天下のホラーゲーム『ロマネスコ』を作ったアプリコット社の次回作になる予定さ! って、もう! いったい何を読んだの? 契約内容にしっかりと『アプリコット社』って書いてあったよ!」
空中で地団駄を踏むように妖精が暴れて見せた。
「ごめんごめん、まだ混乱してるみたいでさ」
適当に笑って誤魔化してみる。でも、あの『ロマネスコ』の次回作なら、わたしはみんなよりもちょっと進んでることになる。しかも“無料”で先取りしてしまっているのだ。めちゃめちゃラッキーじゃないこれ?
「ちなみに、このゲームには『AAI』という技術も使われてます!」
ドヤ顔で妖精が胸を張る。また新しい単語が出てきた。
「なにそれ? それも書いてあったっけ?」
「ふふん、これはまだ教えてないよー! 『Advanced Artificial Intelligence』の略で、簡単に言えば『進化したAI』さ! ちなみに私もこれだよー」
へー、最近の科学はすごいなぁ。普通に運営さんと話してるんだと思ってた。
「じゃあ、あなたはコンピューターってこと?」
「うっ、あんまり面と向かってそう言われると傷つくなぁ。まあでもそうだよ。でもね! ちゃんと私も勉強して成長できるんだよ! 生き物と同じ!」
なんかムキになって説明してきた。悪いこと言っちゃったかな。
「私の話は別に良いんだよ。それより、ゲームの話をしよう」
「うん、わたし楽しみで仕方ないよ。どんなストーリーなの?」
話題を変えてくれたのでそれに乗っかる。さすがにこれは契約内容に書いてないだろう。それに純粋に気になるしね。
「ちょっと待ってね。えーっと」
そう言って、妖精はしばらく黙って虚空を見つめた。どこ見てるんだろうこれ。ちょっと怖い。
「はい、じゃあこれから読むよ」
「え、ごめんあなたやっぱり運営さんなの? 紙かなんか探してた?」
言い回しが特殊だったので思わずツッコんでしまった。なんだよ、「読む」って……。
「え? あ! いや、そうじゃなくて、これはモノの例えと言うか、私たちAAIは記憶を文字列で保持できるから、そういう言い方になっちゃっただけで……」
妖精が目を潤ませる。そんな風に見つめられるとなんだか罪悪感が湧いてきてしまう。
「だから、機械だなんて思わないでね……」
めそめそと、絞り出すようにして妖精はそう言った。言い訳をしていた理由は、どうやらAAIだと思われるのがイヤだったからのようだ。
「なんかごめんね、余計なことツッコんじゃって……」
「いいよ、私も変な言い方しちゃったし。次から気をつけます」
妖精となんとか和解できたみたいだ。この対話感もこのゲームの醍醐味なのかも知れない。
「で、どんなストーリーなの? 続き続き」
空気が湿っぽくなってしまったので、無理やり話題を元に戻す。早くゲームしたいしね。
「はい、じゃあ読……言いますね」
また言い方を間違えつつ、妖精は「おほん」とわざとらしく咳払いをした。
「クリスタルシティは風光明媚な観光都市として栄えた街です。緑豊かで、湖もあり、街の中心にはセントラルビルというランドマークもあって、更に遊園地もあったりし、いろいろな人たちが訪れていたのでした。
しかし、そんな素敵な街も“とある事件”によってゴーストタウンと化してしまいまったのです。キラキラ輝いていた街の色はよどんでしまい、いつしか『モノクロームシティ』と呼ばれるようになって誰も寄り付かなくなってしまいました。
ですが、そのモノクロームシティへと向かう人影が二つあります。
一つは『殺人鬼』エドワード・ゲイシー。
そして、もう一つは彼を追う捜査官・みき。
二人を飲み込んだ街は、今もう一つの恐怖を創り出す……」
おおー、と声を上げてちょっとだけ拍手をする。なかなかそそるストーリーだ。「とある事件」とかきっとストーリーに絡んでくるんだろう。見ると、妖精が照れたように頭をかいている。
「そういえば、これって勝手にわたしのニックネームが使われるんだ?」
話の中でいきなり「捜査官・みき」とか言われてちょっと恥ずかしかった。さっき決めたばっかのニックネームだし。
「ああ、変えられるよー。ひょっとしてディリアル初心者? 基本どのゲームでも、最初は登録してるニックネームがデフォで入るから覚えておくと良いかも」
へぇー、そうなのか。なら「みき」とか入れるんじゃなかった。もっとなんか別の可愛いのにしとくんだったなぁ。今度変えとこう。
「そうなんだ、ありがとう。じゃあ、『つみき』にしといて」
わたしはわたしとして蹂躙されたくてこのゲームしてるんだし、今回は本名の方がいいと思う。
「はい、了解。なんか可愛いねそれ。こういうゲームでいつも使う名前なの?」
「そんなとこ。褒めてくれてありがと」
そう言うと、妖精は何か思いついたような顔をした。
「もし弟がいるなら『ブロック』君とかになるのかな?」
「それならお姉ちゃんは『ルービックスネーク』ちゃんだね」
そういって、二人で笑いあった。なんだかこの妖精は話しやすい。ゲームだからなのか、性格的なものなのかはわからないけど、でもそれだけでこのゲームをして良かったと少しだけ思う。
「じゃあ、だいたい話も済んだし、つみきちゃんにはそろそろゲイシー逮捕に向かってもらおうか。準備は良い?」
そう言って、妖精は私の顔を覗き込む。意地悪そうな顔でニヤニヤと笑っていた。きっと、怖がらせようとしているのだろう。
「良いよ。任せときなさい!」
そう言って胸を叩くと、いつの間にか付いていた警察バッジに右手が当たった。いや、「いつの間にか」というのは変か。わたしは警察官なのだし、ヤツを追ってこの「モノクロームシティ」へと来る前からずっと胸のところにこのバッジをとめていたのだから。
なんだか記憶が曖昧だ。ヤツを追いかけ続けていたため疲労が溜まっているからかも知れない。気を引き締めねば。
「そうだ、妖精。ゲイシーがどっちに行ったか知っているか?」
そう言って、この街のランドマークである「セントラルビル」を睨む。その塔の前に「クローン・モノクローム」という謎のロゴが宙に浮いていたが、何故だかあまり気にならなかった。
くすっ、と静かに妖精が笑う。
「それは、オープニングムービーのあとに教えるね」
その言葉を聞いた瞬間、周囲の景色がねじれて黒い渦となり、わたしはそこへと吸い込まれた。