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0 プロローグ

 もう高校生だというのに、気づけばランドセルを背負っていた。

 それでもって私服で高校の前に立っているのだから、いよいよ訳がわからない。


 時間は8時25分。遅刻すれすれなので仕方なく足を進める。その時、歩いているのかよくわからないフワフワとした感覚がして「ああ、これ夢か」とようやく気づいた。


 試しにほっぺたをつねってみると痛かった。誰だろうね、夢だと痛くないとか言い出した人は。

 本当に夢なのか? と少し疑いつつ、テクテクと校庭を歩く。すると、右脇から誰かに声をかけられた。


「あんた、こんな時間に登校なんて生意気ね!」


 一瞬「生イキ?」と思ったが、そういうことじゃないだろう。


 腕を組んで仁王立ち。ツインテールに明るい色のフリフリした服で身を包んでいるコイツは、小学生時代に私をいじめていた子だ。名前は何だったっけ、思い出せない。


 その子が、小学生姿のままでそこに立っていた。


 コイツも同じ高校だったのか、気付かなかった。いやいや、夢なんだし、そんなことないんだろうけど。


「ごめん。気をつけるよ」


 生意気とか言われても困るので適当に流す。早く行かないと遅刻しちゃうし。

 しかし、そのツインテールは私の前に周り込んで、再び仁王立ち。


「そういうところが生意気だっていうのよ!」


 ドン、と両手で押してくる。たまらず私はよろけて尻もちをついてしまった。ランドセルが重くてすぐに立ち上がれない。


 仕方なく、ランドセルを降ろした。これなら体も起こしやすい。二本の足で再び地面を踏みしめて相手と対峙する。

 子どもの頃は、どうやって対処したかな。なんか頭使ってギャフンと言わせた気がするけど。


 まあいいや、夢なんだし。


 ランドセルを拾い上げると、教科書がぎゅうぎゅうに詰まったそれをハンマー投げのように振り回し、目の前のいじめっ子へと叩きつける。


 勢いもあってか、まだ小学生の未発達な体は面白いくらいに吹っ飛んだ。


 そうだ、勝たないと。

 最善を尽くさなくちゃ。


 続けて、ランドセルを振り上げて地面に叩きつけるように追い打ちをかける。

 幼い体は成すすべもなくそれを受け入れ、悲鳴も上がらない。


 怖い。怖い。怖い。


 なんでわたしがいじめられないといけないのだ。高校生にもなって、またのこのこ出てきやがって。


 もう忘れかかってたんだから、このまま消えてくれれば良いのに。

 死んじゃえばいいのに。


 私は何度もランドセルを振り下ろす。


 潰れる音がした。

 砕ける音がした。

 弾ける音がした。


 でも、やめない。


 黒い何かが自分の中に降りてくるのを感じた。


「痛いよ、やめて……」


 やめない。やめるわけがない。

 あの時わたしは何度もやめてと言ったのに、やめてくれなかったんだもの。


 私の気持ちを思い知れば良い。

 もう一度、わたしはランドセルを振り上げる。


「やめてよ、おねぇ……」


 その声で我に返る。


 わたしの大好きな妹、ルゥがそこに居た。

 まるでボロ雑巾のように傷だらけで、地面に倒れている。


「え……?」


 どうしてだ? わたしがやったのか?

 そんな馬鹿な。さっきまで確かにいじめっ子のアイツがそこにいたのに。


「ご、ごめんね! 大丈夫!?」


 急いでわたしは彼女に駆け寄る。

 全身血まみれで、保安官の制服に身を包み、痙攣するようにビクビクしている。


「怖い、怖いよ、おねぇ……」


 どうしよう、わたしのせいでルゥが怖がってる。

 早く安心させてあげないと。


「大丈夫、怖くない。怖くないよ」


 そう言葉を投げかけつつ、彼女の内腿へと手を這わせる。

 落ち着かせてあげるときはこれに限る。反対の手を胸へと伸ばすのも忘れない。


 あれ? これで良いんだよね? いつもしてるし、変なことはないはずだ。


 そう、ずっとずっとルゥにしてきた習慣だ。

 これをすると、彼女はとっても喜ぶ。


 拾った本に書いてあったスゴい方法なんだ。

 ルゥの手が折れてしまった時も、ずっとしていた。


 間違っていない。大丈夫大丈夫。

 大丈夫、なはず。


「ぐ……おぇ……」


 急に気分が悪くなってきた。吐いてしまいそうだ。 

 焦げ臭い煙みたいな何かが、わたしの中をモヤモヤと埋め尽くしていく。


「随分楽しそうなことをしているね? 保安官」


 ふと、殺人鬼のゲイシーに声をかけられた。


「あ、えっと、おはようございます、ゲイシーさん……」


 どうしよう、今は拳銃がない。勝てない。

 武器はランドセルだけって、なんだよこの冗談みたいな状況は。


 とりあえず、距離を取らないと。


 しかし、バックステップをしようとしたのにできなかった。

 誰かに足を掴まれている。


「ねえ、おねぇ。もっとして?」


 それを見て、わたしはいよいよ気分が悪くなり、強かに吐いた。胃液が口から伝い、校庭の土を汚していく。


「はっはっは! 随分とご機嫌じゃないか!」


 ゲイシーが高らかに笑う。 

 一方わたしは笑えない。涙が頬を伝うのを感じた。


 どうしよう。いや、もう詰んでるのかこれ。

 だったら、最期くらいルゥとイイコトがしたい。


「ルゥ、こっちへおいで」

「うん!」


 よっぽど嬉しかったらしく、ルゥは仔犬のようにわたしの胸へと飛び込んできた。

 成長期ですっかり大人に近づいたその体を、これでもかと言わんばかりに押し付けてくる。


 それでわたしも嬉しくなってしまい、彼女の身体を蹂躙する。

 胸へと手を這わせ、内腿へと指を伸ばし、奥へと進む。


「はぁ……んっ! おねぇ……きもちぃよ……おねぇ……」


 わたしのことを呼びながら、ルゥがその小さな手でわたしにしがみついてくる。


 ああ、わたしは今とっても幸せだ。もう死んでも良いや。

 そんなことを考えた途端、不意に空気を切り裂く音がした。


 わたしの首は体とサヨナラした。

 痛みもなく、ズルリと視線が下がり、ゲイシーの足が近づいてくるのがわかった。


「本当に気持ちの悪い保安官だ。地獄にしか行けないだろうが、天国に行けるように空まで飛ばしてやろう」


 彼がそんなことを告げると、わたしの頭をゲイシーの足が蹴り上げて、地面が急に遠くなった。

 血しぶきを上げ、ペットボトルロケットみたいに飛んでいくわたしの首は、綺麗な弧を描いて太陽を目指した。


 光に目が眩んで、今度はイカロスみたいに地面を目指す。


 そこで急に怖くなった。


 落ちていく。

 校庭に激突する。

 命が終わる。

 怖い。


「死にたくない」


 つぶやいたその時、ベッドに叩きつけられて世界の全てが砕け散った。

 夢も粉々になってしまったみたいで、その内容はもう思い出せない。


 わずかに、悪夢を見ていた不快感だけが胸に残っていた。


「とっとと起きろよ、我が娘」


 体勢的に、どうもパワーボムを食らったらしい。


「おはよう、お母さん……」


 こうしてわたしの朝は、最悪な目覚めから始まった。

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