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閑話6 黒より暗いグレー

 ある日、人理さんが突然「ゲームのキャラ作るから、お前らの脳をコピーさせろやオラ」とか言ってきた。


 それに対して真っ先に立候補したのが、部署のムードメーカーである穂高さんだったのだ。「何それ面白そうですね部長! やりますやります!」と、言葉こそ丁寧だが、例の黄色い妖精のテンションまんまで請け負った。


 そして、数週間後。

 彼女の人格を引き継いで生まれたのがリッピーだ。


 全ては順調かに思われたが、しかしそれから程なくして穂高さんはおかしくなった。「人理さんに魂を抜かれた」だとか「リッピーを見ていると気が狂いそうになる」だとか、ちょっと普通じゃないことを言っていたのを覚えている。


 今思えば、意外と暗示に弱い人だったんだろう。

 もしかすると、ドッペルゲンガーの話もあるし、人は自分そっくりのものを見ると精神に異常をきたすのかもしれない。


 本当に人理さんの作った機械のせいでは? という意見もあったが、それは人理さん自身が自分で人体実験をしたことで否定されている。

 ひょっとすると「その人体実験のせいで人理さんがいよいよぶっ飛んだ性格になったのでは?」と思うかもしれないが、彼女はこれがデフォルトだ。怒りっぽいのも、暴言ばかりなのも昔からである。


 さて、話を穂高さんにもどすが、そんな状態になってしまったため「リッピーを消してはどうか」という話が会議の議題として上がったことがあった。


 だが、穂高さんがおかしくなったこととリッピーとの因果関係があることを証明できず、またリッピーを消したからといって穂高さんが治るとも言い切れず、その上ゲームの制作がそれなりに進んでしまっていたこともあり、誰も本気で消そうとは思わなかった。


 結果、その会議では「リッピーは消さない」というところで意見がまとまってしまったと記憶している。


 かく言う俺も、リッピー擁護派だった者の一人だ。

 理由はいろいろあるが、何より意思を持って動くリッピーが、俺にとって、そしてみんなにとってもう家族のようになってしまっていたというのが大きかったのだと思う。


 画面の中ではあるが、コミュニケーションができて交友関係を構築できる存在を、ただのプログラムとして扱える人間はうちの部署にいなかった。


 今思えば、この時点で人の一生とプログラムの重さが同じになってしまっていたのだろう。ひょっとすると、命よりプログラムの方が重くなっていたかもしれない。


 そんな中、この部署始まって以来の大事件が起きた。

 開発中の「クローン・モノクローム」を動かしているPCが破壊されたのだ。


 わかりきったことだが、犯人は穂高さんだった。


 幸か不幸か、開発中のデータはバックアップがあったため制作面では大きな問題にならなかったが、事情はどうあれ彼女のその行動は厳重に処罰されるべきものだ。

 バックアップがあったとはいえ、最新データの一部は回復できずじまいだったし、破壊されたPCの値段だって馬鹿にならない。最悪、賠償金請求が発生してもおかしくない事態だ。


 ただ、その事件の背景にあった"リッピーの件"のこともあり、ある程度温情がかけられた。

 なんでも、今回の事件について咎めない代わりに、自主退職を会社から勧める形で落ち着いたとのことだ。


 そこは人理さんと穂高さんの二人で話し合ったそうなので詳細はわからないが、退職金にはかなり色がつけられたと噂に聞いた。


 アプリコット社の退職金だ。更に、それに色がついていると言うのだから、今は何不自由なく余生を楽しんでいることだろうと思う。

 だが、嫌な事件には違いない。しばらくの間、軽くトラウマになったものだ。


 未だリッピーを見るたびに「穂高さん今頃何やってんのかな」と考えてしまうくらいだし、俺に限らずこの一件で心に傷を負ったものは少なくないだろう。大量に退職者が出た原因の一端は、少なからずここにあると思う。


 こんな会社にはいられないと思った者もいたはずだ。明日は我が身かもしれないのだから。


「え、だってモトホダカでしょ? うーん、忘れるも何もなぁ。元からそんなの知らないと思うけど……」


 そう言って、リッピーは困ったように頬をかいた。

 人理さんに言われた「元穂高」という言葉が理解できていないようだ。事情を知っている分、不気味な光景に見えてしまう。


 あと、こういう時に人理さんが大笑いしちゃうのも、人理さんの良くないところであり、大量に辞職者を出した原因だと思うんだよな。


「はははははっ! 見ろよおい、お前も笑えよ!」


 何が面白いのかわからない。いや、多分「覚えてて当たり前である自分のことすら覚えていない」という状況が、この人にとっては面白くてしかたないのだろう。


 だけど、それで笑えってのは無理な話だ。俺にとっては恐怖でしかないのだから。

 ただ、何もしないでいるのも居心地が悪いため、なんとなく愛想笑いだけ浮かべておいた。


「え、ええ、そうですね」


 続いて適当な相槌。もちろん、何か言ってやりたい気持ちもあるが、でもそんなこと言ったって仕方がない。

 これまで勇気ある者が彼女のやることに口を出し、そして今がある。


 俺がここで何か言って人理さんが変わるなんてことはないだろう。意味がないことはしたくない。ついでに体が痛いってのもあるし、少なくとも今は何も言いたくないのだ。


 そんな俺の様子に気づいたのか、人理さんは笑うのをやめた。どういうつもりか知らないが、冷ややかな目をしている。


 俺が悪いっていうのか?

 こんな悪趣味なギャグをかまされて、笑わない俺に非があるっていうのかよ?


 言い返す気はやはりないし、歯向かう気もない。

 ただ、この人はやっぱり狂っているのだと再認識した。


 あんなとんでもない発明を見せられたわけだし、これからもついていきたいという気持ちに変わりはない。こんなデリカシーがない発言だって、今まで何度もあったことだし、割り切っているつもりだ。


 でも、だけど。

 しばらく普通に笑えそうにないな。


 胸の真ん中辺りに刺さる、正体のわからない怪物のような感情を抱えたまま、俺は空っぽな笑みを浮かべ続けた。


 それを見て、人理さんは不可解なものを見るように眉をひそめる。それから、すぐにリッピーを睨むようにして話を再開した。


「話は少しそれたが、お前に信用があるってんならとっととゲイシーの家につみきちゃんを連れて行け。そして、つみきちゃんをお前のサポートでしっかりとクリアまで導くんだ。あの子のプレイデータは良かれ悪しかれ貴重なんだよ。早急にエンディングを迎えてもらいたいんだ。できるか?」

「えっと、それはー……」


 リッピーは困ったようにまた頬をかきつつ、明後日の方へと視線を向ける。


「よし、無理だな。なら、つみきちゃんに誰か協力者を募るよう伝えろ」


 さっきまでのふざけた様子とは打って変わって、人理さんは仕事の顔でそう告げた。


「理由は二つ。まず、初期段階でゲイシーが倒されるというイレギュラーが生じた今、ゲームの難易度がどうなってるかわからない。極端に高くなってる可能性がある。ついでに、今の話がつみきちゃんの妹ありきで進んでる可能性だってある。もしそうなら、詰まないにしても一人ではクリアが難しい状態になってるかもしれない。クローン・モノクローム始まって以来のスーパープレイヤーであるつみきちゃんのデータだからこそだ。だから、すぐにできる手段で難易度調整をしたいってのが一つ目の理由」


 ドリームゲームエンジンを基板として作られたゲームは、基本的にストーリーが無限に近い形で変化する。

 もちろん、大筋の話は決まっているのだが、例えばボスを倒す順番を入れ替えたとして、自然にゲームが進むように自動調整される。


 ドリームゲームエンジンとは、そんな優れた「人工知能」だ。


 ただ、ゲイシーはそう簡単に倒せるような仕様になっていない。街の中を徘徊して、定期的に現れてはプレイヤーを脅かす存在という設定だからだ。


 もちろん、最初の段階で遭遇することもできるが、それは完全に負けイベント。

 クローン・モノクロームというゲームは怖いんだぞ、とプレイヤーへ意識付けさせるための仕掛けなのだ。


 そしてそのイベントが起こると、以来ゲイシーはプレイヤーを遠巻きに追い回し、たびたび攻撃を仕掛けるという嫌らしいポジションになる。


 もちろん、実際のボス戦もあるのだが、本当はもっと先の予定。


 それなのに、一番最初に倒してしまえばどうなるか。ドリームゲームエンジンは混乱して「ゲイシーを1ボスの基準にして、他のボスの強さを変えた方が良いのでは?」と考えてしまう可能性がでてくる。


 そうなったら、あのつみきちゃんでもなかなかクリアできないだろうし、彼女のプレイデータだって思うように得られなくなる。

 ゲームの納期が迫ってる現状、それは避けたい。


 人理さんのこの采配も、その辺りを考慮してのことだろう。


「で、もう一つの理由についてだが、これまでのプレイでお前は、あの子をゲイシーの家に連れていけなかっただろ? だったら、今後も同様の流れになりやすいと考えられる。お前一人で案内役をしても上手くいくかわからない現状、ストーリーを少しでも円滑に進められるようにしたい。だから、別の誰かをサポートに加えたいんだよ。これが二つ目だ。わかったら、どうやってつみきちゃんに協力者を増やさせるかすぐに考えろボケ」

「ふえぇ……」


 早口でまくしたてる人理さんに圧倒され、リッピーは返事なのかよくわからない声を出した。


「そ、そんな言い方しなくてもいいじゃんか……。でも、わかりました! あのつみきちゃんをちゃんと説得できればいいんですよね? よーし……」


 そう言うと、リッピーは何かを考えるように目を閉じ、こめかみの辺りに両方の人差し指を持っていき、空中であぐらをかいた。


 ポクポクポクポク……、と木魚の音が聞こえてきそうな光景だ。


「そういうボケは一休みしてる時にでもやってろ。あ、お前を見てたらいいこと思いついた」


 動きに反して、リッピーよりも先に人理さんが妙案を思いついてしまったらしい。

 というか、話がトントン拍子すぎる。おそらく、もとから何か"企み"があって今の話をしていたのだろう。


「"ちーちゃん"いたろ? あの子につみきちゃんのことを話せ。そして、協力してもらえるように言え」


 人理さんが口にした名前を聞いて、寒気がした。

 またとんでもないことを言い出したぞこの人は。


「え、ちーちゃんって、あのちーちゃんだよね? 言っていいの?」


 リッピーも引っかかるところがあったのか、腕を組みつつ首を傾げている。


「ああ、かまわん。アイツはもうほぼほぼクリアしてるだろ? 裏ボスとかはまだのはずだが、エンディングはこの間迎えたはずだ。なら、サポートとしては最高に違いない」


 いや、確かに、確かにそうなのだが、それなら他にも候補はいる。それなのに"ちーちゃん"なのか。


「言う時はこうだぞ、『サンプルとして最高のモニターが見つかった。その子がこのままクリアできたらゲームの完成度をもっと上げられそうだ。だから、一刻も早くクリアして欲しい。そこで、君にはその子の協力者になって欲しいんだ』って感じ。そうすりゃ、アイツは"邪魔をするために"つみきちゃんの協力者になってくれるだろうよ」


 そう、協力者にはなり得ない人物なのに、それなのに。


「えー? それで良いの? というか、邪魔されたら困るんじゃ……」

「あっはっは、これが困んないんだな。ちーちゃんはこのゲームのデータをかき乱すためにクロモノやってたんだけどさ、その乱し方がマジ読みやすいんだよ。ただただ逆やるってだけ。単純すぎて乱れもしなかった。システムの根幹であるドリームゲームエンジンはその逆の行動をうまく取り入れ、普通にストーリーを進めちまったわけだ。それこそ、そのおかしなプレイの仕方が正規ルートだったかのように。じゃあ、その子が他人のプレイの邪魔したらどうなる?」


 言われて、リッピーは考えるようにして少し上を見上げ、顎の辺りに指をやる。

 しばらくして、視線をおろしつつ自信なさ気に口を開いた。


「……えっと、自分がプレイした逆を教える?」

「そう。逆の逆、つまり正規ルートを教えるはずなのさ! アイツはそれなりに頭が良いけどバカみたいに単純だ。単純すぎて復讐すらできないどうしようもない凡人なんだよ。おまけに、悪になりきれない笑っちゃうくらいの善人なんだ」


 そして、人理さんは悪魔のように高笑いした。


「ついでにだが、ボクの記憶だとあの子はプレイ中に何度か『つみき』っていうあのキラキラした名前を出したことがある。リッピーなら覚えてるだろ? 多分、つみきちゃんの友だちだ。善人であるあの子は、大事な大事な友だちであるつみきちゃんを本気で傷つけられない。意地悪する程度しかできないに決まってる。なら、"ちーちゃん"で決まりだよな」


 わかってはいたが、本当に悪魔のような人……いや、悪魔だ。


「ということでリッピー、改めて命令する。"ちーちゃん"こと"穂高ちこ"をつみきちゃんの協力者になるよう説得しろ」


 穂高ちこ。この部署を辞めた穂高さんの、実の娘だ。


「あ、アイアイサー! リッピーちゃんに任しといて!」


 一瞬抵抗したようだが、この黄色い妖精は人理さんの"命令"に逆らうことができない。それがどんなに理不尽なものであってもだ。そういう風にプログラムされている。


 しかし、悪趣味だ。自分ヘ復讐しようとしている人物に、その恨みの発端となったリッピーを使って働きかけるなんて。


「何ボケーッとしてるんだ、香取。お前はお前で、つみきちゃんのデータを解析して、今の難易度がどの程度かできるだけ詳細に把握しろ。んで、足りないイベントを挙げろ。通常想定してないルートだから飛ばしてるイベント多すぎて、がんばったハズなのにゲームがつまらなくなってるかもしれないからな。つみきちゃんを飽きさせないようにするのと、未来のプレイヤーたちを楽しませるために早くゲームを手動調整しろ。それと、内容の精査な。ゲイシールートが面白いようなら、そっちのルート選択がもう少し楽になるようにストーリーの見直しをしろ」


 矛先がこちらへ向いた。

 口汚いところはあるものの、人理さんの指示はやはり的確だ。


 つみきちゃんも不思議に思っていたハズだが、ゲイシーを逮捕したのに何もイベントが起きなかったというのは変である。ついでにめぼしいアイテムが手に入っていないのもおかしい。


 拾ってないだけで「悪魔のナタ」を入手できる状態だが、それだけだと物足りないだろう。

 おまけに、妹の頭がおかしくなるというおまけ付きだ。


 あれだけ難易度の高いボスに挑んでこの仕打ちである。

 そんなのはあんまりだ。


 なら、何か「ご褒美」となるアイテムかスキルを与えてやるべきなのは間違いない。


「わかりました。調整の内容について何かご希望はありますか?」

「いや、お前に一任する。その辺はお前の方が得意だろ。あ、でもアレだ。『マリー・ブレア』だけは意識しろ。わかってると思うが」


 本来の最初のボス、「少女」マリー・ブレア。コイツは、冒頭のムービーでプレイヤーが認識する最初のモンスターである。


 確かに、あれをこのタイミングまで放置しちゃってるのはマズい。倒せなくはないはずだが、コイツを意識しておいた方が難易度調整はしやすいか。


「承知しました」


 解せないところは数多くある。でも、この人についていくと決めたのだから仕方ない。


 どの会社だって、多かれ少なかれグレーなことはしている。この会社の、特にこの部署は、そのグレーが濃いだけだ。


 なら、とことん染まってやる。人理さんの色に染められてやるよ。


「さあ、やるぞ。ボクたちで世界を変えよう。全てを塗り替えるんだ」

「はい」

「ホイサー!」


 夕陽は沈み、夜の帳が降りていく。俺たちは、この世界からさらに色を奪うため、人理さんの掛け声と共に作業を開始した。

第1章:殺人鬼編完!


第2章:少女編へ続く!

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